実習1《調査開始》
「はいは-い、一度落ち着こうね~ もう少しだけ自己紹介の続きしますね。というか質問はあるかな?ちなみに手品のタネ明かしは出来ないよ」
生徒たちの「えー」という残念と不満が混じった声が響く。それに対してタケトは笑顔を崩さずに話し続ける。
「ごめんね。これはばらしてダメなやつってキツく言われてるんだ~」
なるほど。横から見てもわからない程の大ネタだ。手品の先生に強く口止めされているのだろう、生徒たちも納得し諦めてくれて他の聞ことを質問していく。タケトもそれに対して丁寧に返答していく。
「先生の専門は?」
「専門は民俗学を、主に民話や伝承なんかの収集と解読をしています」
「将来の夢は?」
「もちろん教師だよ。だからここに実習しに来たんだもん。あとは民俗学の普及かな。もっとメジャーな学問になってほしいよね。あ、僕の先生が『同士を探してこい』って言ってたから興味ある人は遠慮なくどうぞ」
「先生の先生って女の人?」
「いやいや、おじいさんだよ。白いヒゲでサンタって呼ばれてるよ」
「なーんだ。話す時のテンション上がったから、そういう人なのかと思った」
「バカ。年上好きの同性愛者かもしんないだろ?めったなこと言うもんじゃねえぞ」
「あ!そうか。先生ごめん」
「いや、まあそういうご時世だけど、僕は違うからね? なんかよく勘違いさせるんだけど」
笑っていいのか悪いのか、微妙な笑いが起こる。
「じゃあ、彼女はいますか?」
「やっぱりくるねそれ。いますよ。婚約者」
「「おお~!!どんな人!?」」
今までで一番の盛り上がり。タケトも嬉しくなり、ついつい長い惚気話になる。
「…でさ、この前の大会でもきっちり有言実行で優勝してね。あの一本はカッコよかったなぁ…」
「タケトくん、そろそろ」
「あ、すみません」
生徒たちがクスクスと笑う。失敗したかと思ったが反応は上々。好印象を与えたようだった。だが、それもたまたまここの生徒たちがそういう話が好きだったからであり、一歩間違えば即嫌悪対象となり、それは今この学校の抱える問題の悪化の要因にすら成りかねない。タケトは深く反省した。
その後は特に問題もなく、普通の教育実習一日目が滞りなく進み、そして放課後を迎えた。放課後も何人かの生徒がタケトに質問の続きをしにきたくらいで特に呪いに纏わるような出来事は無く、そして雰囲気も感じられなかった。
~自宅~
「おかえり。だいたいこのくらいの時間になるのかな?」
家に帰るとチヨが出迎えてくれた。結婚こそしていないがタケトの家で同棲中。ここから彼女は県内の大学へと通っている。いつも先に家に帰っており、家事全般をしてくれていて、帰宅時にはこうして迎えてくれる。それがタケトの最大の癒しになっていた。
「今日は初日だからそんなでもない感じかな。明日からはもう少し遅くなるかも」
そんなことを話しながら、タケトは着替えチヨは晩御飯の用意をしてくれる。既に作っておいていたレバニラ炒めを温めなおしているらしく、タレの香りが漂ってきて食欲が刺激され、着替えの手が自然と早くなる。
「だとすると、暫くはこうして一緒に食事は難しくなるか…」
ご飯をよそいながらチヨが呟く。
「下手すると、帰っても来れないかもね。そんなことないように頑張るけど。どっちも」
「どっちも、か…」
チヨが少し心配そうな顔をする。教育実習だけでも普通に大変なのに、それに加えてメインの仕事として専門家でも見つけられなかった呪いを解かねばならないのだ。しかも素性を隠しながら。
「原因は見つけられそうなのか?」
「まだなんとも。専門家でわからなかった事案だからね。教材の営業を装ってたからじっくり調べられなかったとはいえさ。俺にどこまでやれるか…」
「その専門家に匹敵するレベルの能力者だからご指名されたのだろ? 期待には応えないとな」
タケトは苦笑いした。その笑いに深い意味はなく、いつも通りのリアクションだったのだが、チヨはなんとなくタケトを気遣う。
「仕事の話はこのくらいにして、そろそろ感想のひとつも聞かせてほしいんだが…?」
「言うまでも… は逆に失礼か。今日もとっても美味しいよ。なんか隠し味でも入れてる? お店で出てくるような、深味っての? ある気がする」
「お、わかるか! 実は… じゃーん♪ ちょっと高級な調味料セットを頂いたんだよ~」
「社長からじゃん!? どうしたんだろ」
「手紙もあったぞ。タケト宛てだからさすがに読んではいない」
手紙を手渡されて目を通す。どうやら社長たちは海外支社の設立のための視察でアジアを巡っているようだ。その途中で気に入ったものがあったから送ったとのこと。
「あれから仕事で関わることはほとんど無いんだけど、こうして繋がりを持ち続けてくれるんだよね」
「私も一度一緒に食事をさせてもらったが、本当に気に入った人には見返りはなくとも助力を惜しまない、というタイプの人と感じたな」
「そういう人の気に入る人ってさ、絶対に恩に報いるよう努力するじゃん。結果、両方とも絶対成功するんだよね。やっぱりすごい社長だよあの人」
「それ、自分も誉めてるよな?」
「気づいた?」
予期せぬ贈り物にお腹も心も満たされて、食卓もまた笑顔で満たされる。二人で食器を片付けて、憩いの時間を共に過ごす。明日も早い二人には、それほど長くはない時間。だが、今はまだそれでも十分。
教育実習二日目。初日と変わったところと言えば、自己紹介の時間が無くなり、授業をしっかり行ったということだろう。そもそもそれが本来の教育実習の姿。タケトの本当の目的が別にあると言っても、それを怠ってしまってはいけない。生徒も教師もそんな事情は知らないのだから。
「やっていけそうかい?」
放課後、提出物をまとめていると担任のコバ先こと小林先生が声をかけてくれる。そしてホットコーヒーの差し入れだ。どこにでもいそうな風貌の中年教師でありながら、意外と若者受けする気さくさで生徒、教師両方で男女問わず人気が高いが、モテるわけではないと本人は嘆いていた。ちなみに既婚者であり年頃の娘と息子がいるそうだ。
「まだなんとも、ですね。聞いていたよりもやることが多くて、慣れるだけで実習が終わりそうです」
「実習期間で慣れるんなら優秀なもんだ。俺みたいな古い人間は新しい機械とか導入される度にしばらく四苦八苦さ。お前ら若いのが頼りだよ」
「こちらも先輩方のご指導ご鞭撻がなければ授業もまともに進められませんしお互い様というか。あ、あれですね。ウインウインの関係ってやつです」
「本来ならそうなんだろうけどな。っと、部活の準備しねえとだ。白くんも今日から参加だね?」
「はい。文芸部に。古典同好会も兼ねているんですよね。楽しみです」
「あんまり部を増やしても顧問が足りねえが、似たようなもんなら同好会にすればまとめて見てやれるからな。この学校の方針つーか理事長の意向か? ま、やることは変わらんから俺らも反対する理由は無いのさ」
「同好会でもイベントの参加や運動系も一般の大会への参加はありそうですが…」
「ま、それはそれで」
そういえばそういう事もあったなと、少し渋い顔になる。が、心底嫌だという感じでもない。横で聞き耳を立てていた隣のクラスの担任も似たような表情だ。そもそも年収が高いわけではない、人間関係が大変、やることが多い、責任重大、と悪い面ばかりが目立つようになった職業。にもかかわらず現在も続けていてこういう表情が出来るのだ。教師という職業が好きで仕方ないのだろう。天職というやつだ。こういう人たちにはこれからも教師を続けていってほしいと思うし、その努力に見合うだけの報酬が支払われてほしい。タケトは切に願った。そして生徒たちもいい子ばかりで…
(だからこそ早く解決してあげたいんだけどね…)




