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呪人・廻《カースマン・カイ》  作者: さばみそ
第二章
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潜入調査

「うん。いいんじゃない?行ってきなよ」

ベすレー帽に鼻から顎まで真っ白な髭がもっさりとしたお爺さん。三田教授。タケトが師事する民俗学の第一人者であり、生徒からはその見た目と名前から親しみを込めて『サンタ先生』と呼ばれている。で、何が行ってきなよというかと言えば…


「先生すみません!また協会からの依頼がありまして。教育実習を名目に潜入捜査という内容でして」

「うん。いいんじゃない?行ってきなよ」


とまぁ、簡単に言えばこんな感じなわけで…


「ちょ… 先生!? そこは『また?』とか『勉強と仕事どっちが大切なの?』とか聞きません?」

とタケトが寂しそうに泣きつく。教授はタケトの事情を知る数少ない一般人の一人。そんな教授が少し呆れつつもタケトを諭すように語りかける。

「いや、彼女じゃないんだから。タケトくん?仕事って大事よ?私が大好きな民俗学の研究に没頭できるのもこの教授って仕事があるから。君がここで学べるのも協会に属して仕事を与えられているから。だから不平不満は言わず、さっさと仕事を丁寧にこなして、さっさと帰って来るのが一番じゃあないのかな?」

正直なところ、この大学の中ではあまり人気があるとは言えない学部。しかも特にマイナーな研究室。現に教授自身は人気があっても研究室に所属しているのはタケトと今年卒業予定のもう一人だけ。研究者として生きることの厳しさを誰よりも理解している故の御言葉であるのだが…

「うぅ… でも前回の出張もヤーサンの事務所にカチコミで同行できなかったし… そのうえ今回の学会も行けないなんて悲しすぎますよぉ~」

最近は本当の意味でどっぷりと民俗学にはまり、そして普通の人間から見ればヤバい領域まで達したタケト。後継者としては申し分無い存在ではある。そんなタケトにサンタ先生は諭すように語る。

「タケトくんありがとう。でもちょっとキショい」

「んなっ!?」

「君ね、恋人もちゃんといるのに僕のこと優先みたいな発言はアウトだから。先ずは恋人優先。そして仕事。からの趣味だよ?趣味を仕事にって、実はすごく大変なことだからね?」

もちろんそういう趣味があるわけではないのだが、それでも何か物悲しさというか、寂しさを強く感じるタケトなのだった。

「せっかくの機会だからさ、若者の新鮮克つ斬新な感性を仕入れてきなさい? で、ついでに見込みありそうな同士の発掘をさ、お願いしたいところよ?」

「…はい。了解です。なるべく多くの同士を見つけてきますよ」

「ふふ。面白い情報、期待してるよ」



~都内・某私立校~

そんなこんなで教育実習が始まる。依頼者はこの中高一貫校の理事長。そして事情を知るのは他には校長と教頭のみ。その三名以外は知らず知らされず、タケトは学年を偽って実習生となり、中学部へと配属になり他の実習生と変わらぬ扱いを受けることになる。もちろんそれは望むところであるのだが、この学校の抱えている問題というのが…

(このクラスだけで昨日の欠席者は三名に早退五名。他のクラスも似たようなもんか。保健室も毎日朝からフル稼働。ほんとに資料の通りの状況なんだねぇ)

担当となる一年三組の出席簿を見る。事前に全クラスの資料はもらっていたが、あらためて現物を確認してみた。持病持ちというわけでも、問題児たちというわけでもない。原因も不明の体調不良。頭痛に吐気に発熱と風邪のような症状に加えて肉体のどこかに痛みを感じる者もいる。ひどい者だと高熱と激痛に数日襲われたらしい。感染症の疑いも出たがもちろん反応はなく、医者もお手上げの状態。そこでもしやと理事長が知り合いの術師に相談したところビンゴ。病に罹った者から呪いの残滓を確認。そこから協会へと依頼が回ってきた流れなのだ。

(とはいえ、呪いの存在は確認できたが発生の経緯は不明。祓ってはみたが、翌日また発生。なので、今回は発生源の確認と消去が任務。教育実習をこなしつつ、か)

任務の遂行は必須。そして自身の単位修得のためにも、教授の信頼のためにも教育実習を高査定で終えるのも必須。タケトは人生何度目か、数えることも困難な程に吐きまくったため息をつく。

「どした?始まる前から憂鬱か?」

正担任の先輩教師が苦笑いしつつ、からかい半分心配半分で声をかける。

「いや~やっぱり緊張はしますよ。年齢も一回り近く離れてますし、あんまりこの年齢の子供と接したこともないし…」

「それを言ったら俺なんて三回り以上離れてるわ。ま、ヤバそうだったらちゃんと助け船だしてやるから、そこは安心して進めてくれや」

ニッと笑って背中をバンッと叩いて気合いを入れてくれる。笑顔に伴いシワが深くなる。その顔、そのシワを見て(ああ、いい教師なんだなぁ。またいい人に恵まれた)と思うタケトだった。

で、そんなやり取りをしつつも自分の入るべき教室が目の前に見えてきたのだが…

「えっと…」

「ははは。まぁ、見ての通りだな。まだまだ子供っぽさが抜けてないんだよ。それに緊張してるだろう君を和ますためのかわいいイタズラってとこだな。いい反応、してやって」

教室の扉が少し開いており、そこにはもはや絶命したと思われたイタズラが、扉に挟まれて黒板消しが宙に浮かんでいた。

(黒板消しはチョークの粉も無くきれいなもの。つまり、本当に悪気の無いかわいいイタズラらしいね)

遠目でも確認できる程度のイタズラ。生徒たちは、この教育実習生の『お兄さん』がどう反応してくれるのかが楽しみなのだ。むしろこれにガチで引っ掛かるような間抜けでは生徒たちも呆れてしまうだろう。逆に、本気で怒るような大人でも程度が低すぎる。ましてやタケトには教員免許とは別に目的があって来ている。子供らの信頼を得るような対応をせねばならないのだ。隣にいる担任もまた、タケトがどう対応するのかという期待の眼差しを向けているのもまた笑えるのではあるが…

(しょうがない。ちょっとかましてやりますか)


ガラッ!


教室の扉が勢いよく開く。勢いはよいが無理矢理にではなくスッと開かれた扉。そしてそのスピードに合わせて教室に入ってくる初めて見る人物。その人物の頭には仕掛けられていた黒板消しがストンと落ちて、そしてそのまま安定して乗っかり、そのまま教壇へと歩いて見せた。その所作はあまりにもスムーズで違和感が無くて、狙って乗せたようには全くもって見えず、ほとんどの生徒たちが、そして担任すらも「マジで!?」と驚いた程である。タケトは黒板消しを頭に乗せたままに喋り始める。

「えっと… 急に知らない人が入ってきてびっくりさせちゃったかな? 聞いてるとは思うけど、教育実習生の白タケトです。よろしくお願いします」

のほほんとしながら黒板消しを頭に乗せたまま自己紹介するタケト。一礼すると頭の上の黒板消しがスルリと落ちる。

「あっ」

という声が上がり、タケトは落ちる黒板消しを追って教卓の下に一緒に隠れるようにしゃがみこむ。

「っと… いや~危ないとこだった」

と言いながら立ち上がると、その手には黒板消しではなく花の入った花瓶が。教壇の端の日当たりのよい場所に飾られていた花瓶が抱き抱えられていた。

「ええええええ!?」

花瓶のあった場所には先程までタケトの頭に乗っていた黒板消しがあり、横で見ていた担任すらも驚いており、タネの無い手品を披露された一同は逆サプライズを受けてしまった。

「ちょ!?マジでか!?」

「なになになんで!?すごいんですけど!!」

「コバ先、横から見てたっしょ!!ネタ解説!!」

「全く見えなかった… 一瞬で花瓶に変わって…」

皆が興奮する様を見て一安心するタケト。もちろんタケトに手品の心得はない。あるのは呪術と体術のみ。震天絶界で視界を歪め、超スピードで入れ替えただけのこと。だが、一般人に対しては効果は絶大だったようで見事にハマる。タケトは一瞬にして興味も人気も得て、生徒たちとの距離を近くしたのであった。


(いくつか考えていたシミュの一つの応用で、なんとかいい感じになったね。素直そうないいこたちっぽいんだけど…)


そんないいこたちが抱え込む問題が明らかになるのはもう少し後、そしてその問題が解決されるのは、さらに少し後のこと。

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