復帰
「オヤジぃ!! 元気になってよかったぁ!!」
「っっってぇよ… まだ完治じゃねえんだ。ちったあ静かにしねえか…」
「す、すまねぇ。それと、先生もすまねぇ。今までずっと診てくれてたのに、いきなり別の医者引っ張ってきてよ…」
「いやいや、名医のオペを助手として間近で見られるなんて有り難いかぎりだよ。むしろありがとう」
「そう言ってもらえると溜飲が下がるってもんだ」
「もう少しだけ入院しててもらうけど、もう心配ないからね。ただし、あんまり負担をかけないようにだけは注意してあげて?」
「「へい!」」
組員たちが苦笑いして深く深く礼をする。それをタケトが陰から見ていた。
「で、あちらの若者が、か?」
若頭の目配せでタケトは組長の前に歩み寄る。
「はじめまして。白タケトです」
「…『つくも』か。奇妙な縁だねぇ」
「尾は俺が回収させていただきました。その代わりに組長さんの治療費と組の今後を」
「あぁ。上から聞いてるよ。まったく、心臓が止まるかと思ったぜ」
「ん?なんのことです?」
何も知らない若頭たちは頭の上にハテナマークが飛び交いざわつきだす。
「うるさいねぇ。少しは静かにしねえか。なんてこたあねえ。うちらは全員揃って組から抜けたってことだ。今日から晴れて皆カタギだ」
「「えええええっ!?」」
組員たちが、いや、元組員たちが大騒ぎで病院もパニックになりかける。慌てる元組長と本気で怒る院長や看護士たち。結局、彼らの午前中は病院への謝罪で終わることになる。その謝罪の間、タケトと元組長は病室で二人、会話を続けていた。
「あなたも術師ではなかったんですね。なら、あの封印は…?」
「あれは知り合いの術師から託されたもんだ。どこに所属してたか、なんてこたあ聞いてねぇ。詮索はしねえ主義だ。とにかく、仕事でなんやかんやあって偶然に手に入れたらしい」
「…元組員の方、ですか?」
「…察しのいいこった。だが本当に詳細は知らん。聞く前にこれまでの礼だって、あれを置いてさっさと出てったからな。売れば大金になるだろうって言ってねぇ…」
涙こそ流さなかったが、その顔は我が子を思う親のもの。悲痛さが滲み出ていた。
「てなわけでよ、いろいろ面倒見てもらってすまねぇが、俺も詳しいことは全くわからねえのさ。情けねぇこった…」
「いえ。現物が入手出来ただけでかなり上出来な結果ですから。どうか頭をあげてください」
ベッドの上から深々と頭を下げる元組長に対して笑顔で答えるタケト。その対応に安心したのか、元組長はポツリと愚痴をこぼす。
「今回のことはいろいろ考えさせられたよ。あいつらは本当にどうしようもねえバカ共だからねぇ。俺にもしものことがあったら、きっと生きちゃあいけねぇ。上から無理やり鉄砲玉にでもされて悪けりゃ死んで、よくても一生ムショ暮らしだったろうさ。そう思うとおちおちくたばってもいられねぇ。本当に情けねえ話しだよ」
部下たちから信頼される上司。そして信頼するあまりに依存度が高くなりすぎて『先』のない組織。上も上で思惑はありタケトの『取引』に応じて切り捨てる形になったものの、一応の心配はしていたほどである。故にタケトにも考えがあり…
「ま、過ぎた話しをしてても仕方ないですね。前向きにいきましょう。で、明日からのことですが…」
「…おいおい、あんた本気かい?」
「よろしくお願いしますよ?社長」
~三日後・某施設前~
「何が始まるんだ…?」
元組員たち十一名、現無職の大人たちがとある施設の前でそわそわキョロキョロしている。身の置き場のない、頼れるもののない状態では、さすがの腕っぷし自慢たちも心が落ち着かず不安いっぱいで仕方ないようだ。
「はい静粛に~ じゃあ簡単に説明しますよ。あなたたちは新しく出来た派遣会社のスタッフになりました。で、今日からこちらの施設で働かせていただきます。はい、ではご紹介。教育係の小野田ノブタカさんです」
「どうも。小野田です。男手はとても貴重なので、すごく助かります。皆さん初心者と伺っておりますので、初日は説明中心になりますが…」
とまあ、親友ノブのいる介護施設に全員まとめて放り込んだわけで、今まで真逆なことをしていた男たちは既に頭がパニック状態。説明をされても専門用語が出ると知恵熱で沸騰する。なんなら逆ギレする有り様。先が思いやられると思っていると
「大の大人が揃いも揃って情けねえ!」
とノブがキレた。一斉に睨み付ける男たち。一触即発かと思われたが、タケトがさらりと魔法の言葉を放り込む。
「小野田さんは社長、オヤジさんのことね。から直々に「頼んだ」って言われてんのよ。つまり、彼の言葉は社長の言葉と同じくらいに重いよ?」
全員がハッとして姿勢を正す。効果はバツグンだ。
「いいか? もう一度言うが、今日から俺がお前らの上司だ。意味はわかるな? わかったらしっかり命令を聞きやがれ!」
ノブが一喝した。一同はその圧に萎縮し、声がまともに出せない。
「ここの人たちはほとんどが社長と同年代だ。社長と同じと思って接しろ!わかったら返事!わからなかったら返事の後に質問しろ!わかったか!?」
「へ、へい!?」
「返事は『はい』だ!」
「はい!!」
その後はなんとか形にはなったようで、一週間もすると年寄りたちと穏やかに会話を続けることも可能になる。組長、もとい社長効果様々だ。
「やるねえ」
「いや、演技するこっちの身にもなれよ。俺は普通の人間。ケンカもそんな強くねえの知ってんだろ」
「見た目は族の総長あがりって言ってもいいくらいなんだけどね~」
「うっせ。てかサンキューな。人手はマジ助かる。しかも安い」
「こっちも社会復帰の場をご提供頂いて助かるよ。更正目的ってことで超合法的に薄給にさせたし、今後もこういうのを集めて飼う予定だからウインウインな関係だね」
「さらっと恐ろしいことを…」
「今回のことで裏とも少し繋がりが出来たからね。あとは、より利を生む組織を見定めて…」
「厄介事は持ってくんなよ…」
「それはもちろん。ノブもそろそろだからねぇ」
「あーそーだ。だから安い労働力はいいがマジで厄介事だけは…」
「おー!?タケトじゃん!ひっさしぶりー」
親友であり、ノブの彼女でもあるマッつんのご帰宅だ。ぐったりしたノブとは真逆に超元気。高校卒業後はなんとかストレートで大学の看護学部に入れたと聞いていた。ノブとも順調に続いており、先の話にもあった『そろそろ』とはつまりそういうことであり…
「久しぶり。日取りは決まった?」
「いきなりそれかいっ! あたし的にはまだ早いってゆーか?卒業後でいいんじゃね?って思うんだけどねぇ。いやぁ、まわりが押す押す」
困ったような口振りではあるが、顔はニヤついており、嬉しさは隠しきれていない。それが面白くてしょうがない。
「仮に無事に卒業したとして国家試験があるだろ。それに合格したとして、いや不合格でも直ぐにここに就職。余裕があるとでも?」
ノブが言う。まったく持ってその通りで、むしろ卒業してからのが忙しいのだ。のんびり結婚式&ハネムーンなど難しいのが現実なのだ。
「別にいいじゃん。学生結婚。困ること、なんかあるのかい? まさか言い寄る男たちからのアプローチをお楽しみ中とか…」
「ざけんな!んなわけあるか!どんなキャラよ!
いやさ~既に結婚してる人とかはいるけど、在学中に結婚ってなるとさ~私、あんまり目立ちたくないんよね~」
つまりは嬉しいけど恥ずかしい、ということで、
つまりは何も問題は無い、ということで…
「結婚ネタでいちゃついてるだけか」
「そ、そういうまとめ方すんなし!!」
タケトの突っ込みに顔を真っ赤にして怒るマッつん。笑って呆れるノブ。そして、そんな光景を見てほっこりするジジババと介護士たち。遅れて、てんやわんやな新米介護士たちも気が付く。
「あ、姐さん!お疲れ様です!」
「お疲れ様です!!」
「いや、だからその姐さんもやめてって…」
今度はぐったりしてはっきりと嫌がる。その姿があまりにもおかしくて皆で笑ってしまった。
「んじゃ、俺、帰るわ。何かあったら連絡くれ」
「おう。そっちも頑張れよ。あと、死ぬなよ」
「あんたらこそ、そろそろなんだからね?」
「ん。ありがとう。それじゃ」
タイミング的に全員に見送られての帰還になってしまった。たしかにこういう目立ちは恥ずかしいものがある。チラッと上を見ると、無事に退院して入居した社長と目が合い軽く手を上げてくれた。タケトも手を上げて返し、そしてそのまま皆に手を振る。
「さ~て、連中も無事に社会復帰したし。報告書の提出と今後の相談もしなきゃだな~」




