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癒されたい占い師はワンコな年下彼になつかれる

作者: 猫の玉三郎

 今日も今日とて、路地裏の一画で小さなお店を開いている。客がふたりも入れば圧迫感を感じるようなせまい個室に意味深な飾りや置き物。いかにもな怪しげなお店だ。いや自分の商売を怪しい言うなって感じだけど、怪しくすると雰囲気がでるのよ。


 リタ・エルクストン。37歳。

 占い師やってます。



 ◇



「いやばばあじゃないから」

「あはは」


 仕事おわりに馴染みのお店でお酒をのむ。塩気のきいたナッツと一杯のソーダ割りが日々の潤いだ。隣に座っているのは同じように仕事あがりの友人。職種はちがうけどこの町に来てからできた初めての友人で、こうやって仕事おわりによく並んでおしゃべりしている。だというのに、彼女はばばあという単語に打ちひしがれる私を慰めてくれない。というのも、今日店にきた客が開口一番「ここらで有名な占いばばあの店はここか」と言い放ったのだ。


「占い師っておばあさんのイメージあるし仕方ないさ。それに言われたの初めてでもないじゃん」


 占い師といえば途方にくれた人たちへ人生の助言を与える特殊な職業。人生経験が少ない若造がえらそうに指図しても誰の心にも響かない。謎があって、包容力があって、説得力がなくちゃいけない。すがりたいのは不思議な力をもつ人生の大先輩なのだ。それはそうだとわかっているし、私だって年配に見えるようカモフラージュしてるとこあるけど……!


「もうばばあって呼ばれるのが切ないお年頃なんですぅ」

「確かに。同年代はだいたいみんな結婚して子育てしてるし、早い子は孫もいるもんなあ」

「それあんまり言わないでえええ」

「あはは」


 店の中は昼間でもうす暗く、仕事中は灰色の安っぽいローブを頭からかぶっている。さらにベールで目から下を隠しているし、お客さんが来る時には声が変わるアメを食べているから老婆のようなしゃがれた声だ。きっと町なかで私としゃべっても占い師とわかる人はいないだろう。


「はあ、癒しがほしい」

「わかるー。あたしペットでも飼っちゃおうかな」

「ペットかあ」


 友人と仕事おわりの一杯は人生の潤いだけど、心を洗ってくれるようなそんな癒しの時間がほしい。ペットはかわいいけど、お世話できるか心配なんだよなあ。仕事中は留守番になっちゃうし、責任とかもろもろ考えたら生きものを飼うのは正直ためらわれる。うーーん、他になんかないかな。




 ということで翌日占ってみることにした。お店はお昼からなのでその時間よりちょっと早め。万が一お客さんが来てもいいようにローブは着て、声変えのアメはもったいないから後にしよう。


「私の癒しはどこにありますかーっと」


 ふだんは自分のことを占うことはしないんだけどたまーに未来をのぞきたくなる。手に持つのは20枚のカード。それぞれに意味があって、順番や位置で結果を読み解く。


「……もうすぐ出会う。しかも今後の人生に大きな影響を与える」


 なんだか大そうな結果が出てしまった。

 真剣にやってたわけじゃないから見え方も大ざっぱなはずだけど、これだけ確定めいた結果が出るのは珍しい。なんだか不思議だなと思いながらまた1枚めくると黒色を暗示するカード。


「……黒?」


 その時だった。

 表の扉ががたんと開いて、外の光とともに何かが勢いよく店へ入ってきた。目の端にうつった色は闇のような黒。まさか運命の出会いをさっそく果たしたのかと心躍ったのだが……


「すまないご老人、かくまってくれ」


 それは人間だった。

 自分よりは年下だろう黒髪の男が、息も絶え絶えな様子で転がり込んできたのだ。


 外は何やら騒がしい。この男を追っている人たちがいるようだ。かくまうか追い出すか。悩むヒマはなさそう。こんな時は自分の勘にたよりましょう。


「こっち来て」


 私は着ていたローブを脱ぐと男に押し付け、客席の方へすばやく移動した。結んでいた髪を手でほぐし、そこらに飾っていた赤い布をショールのように肩へかける。


 間を置かずに開かれた扉からは壮年の男が顔を覗かせた。目付きは鋭く、体つきはたくましい。


「……おい、男が逃げ込んでこなかったか」


「なぁに? 今アタシが占ってもらってんだからちゃんと順番守ってよ」


 室内の空気がピリッとひりつく。でもこれ以上厄介ごとが起こっても困るからなんとか帰ってもらうしかない。ふてぶてしい態度とは裏腹に私の心臓はドキドキと高鳴っていた。


 かくまってくれと言った男はすでに灰色のローブで顔を隠し、占い師のように座っていた。よく見ると肩で息をしているけれど、店の中はうす暗いし誤魔化せていると思う。


 男は私たちを交互に見てチッと舌打ちをし、店から出て行った。しばらくは二人とも息をひそめて周囲の音を拾う。もう大丈夫だろう。


「……うまくいったみたい」


 ほっと胸をなで下ろす。

 向かいに座る男も安心したようだった。


「あの、老人と勘違いしてすまなかった。助けてくれたのにとんでもない失礼を」


 灰色のローブを脱ぎながら男が申し訳なさそうにうつむいた。改めて見るといい男だ。清潔感のある身なりにすっきりした黒髪がよく似合う。さらに言えば着ている服も上品。


「俺はセルジュです。あなたは……」

「リタ」


 互いに名乗りあったけど、セルジュの事情は何も聞かなかった。なんで追われているのかとか何者なのとか知らなくていい。この場限りだろうし、これ以上巻き込まれるのは勘弁だしね。


 今すぐ外にでても怪しまれるかもしれないので時間つぶしに占ってあげることにした。特別サービスだ。店を出たあとにすぐ死なれたら後味が悪い。


 カードを机に並べていく。それから口の中で小さく呪文を唱えると三枚のカードがふわりと浮き上がった。その様子を見たセルジュが息をのむ。あら、こういう占いは初めて見るかしら。私は手順にしたがってカードを手におさめ、上から一枚づつ確認して未来を読み解く。


「あなたが抱える問題は近々山場を迎えるわ。立ち向かうのも逃げるのもあなた次第。だけどどちらを選んでもそれなりに苦難はつづくから、まあ好きなほう選んだほうが後悔は少ないかもね」


 勝手な予想だけど、お家の跡取り問題かな。この子は自分がふさわしくないと思っていて、しかるべき相手がその椅子に座れるように今は逃げ回っている、とか。


「何か知りたいことはある?」

「……もし逃げきったらどうなるでしょう」

「安寧を得るわ。信頼できる人と出会い、穏やかな時間を過ごせる。その代わり得られるはずだった名誉は違う人へ渡るでしょう」


 もし彼が立ち向かうことを選んだのなら、輝かしい功績と引き換えに長い孤独にさいなまれる。こちらは言わないけれど、彼もそのことはわかっていそうだ。神妙な顔をしてわたしの言葉に耳を傾けている。


「こんなものかしら。セルジュ、もう外が大丈夫なら行ってちょうだい。あんまり無関係の人を巻き込んではだめよ。ちなみに逃げるなら北へ向かうほうがよさそう」

「ありがとうリタさん」

「今夜のお代を払う気があったらまた来ていいわよ」

「わかった」


 店から出ていくセルジュを見送り、自分もお店の準備をはじめる。もうすぐ悩めるお客さんがやってくるだろう。ローブをすっぽりかぶり、内装を整えながら先ほどのことを考える。あれは厄介に巻き込まれたと思うべきか、人助けをしたと思うべきか。


「……まいっか」


 深くは考えない質なのだ。

 それが人生ラクに生きるコツ。

 声をかえるあめをポイと口の中へ入れれば途端に声がしゃがれてくる。さあて、占いばばあを始めましょうかね。




 ◇




 誤算だったのはセルジュがちょくちょくお店に来るようになったことだ。例のごたごたは片付いたらしい。いやまた来ていいとは言ったけどさ。こんな頻繁にくるとは思わないじゃん。お代はとっくの前に色付けて渡してくれてるし。


「リタはどう思ってんの。そのセルジュって子、どう考えたってあんたのこと気に入ってるでしょ」

「……なんか、かわいいよね。犬になつかれた気分」


 そんなことを話しながらいつもの酒場で友人とちびちびお酒をのむ。


 高そうな果物やらパンやらを差し入れと言ってもってきてくれて、少しおしゃべりもするんだけど商売の邪魔になるからと帰っていくセルジュ。何度も続くとさすがに申し訳なくなってきて、もういいよと断ったつもりが気づけば一緒に食事をすることになっていた。なんでこうなってしまったんだろう。


「そんで? 食事の約束はいつよ」

「……今日。このあと」

「え! じゃあ外で待ってるかもしれないじゃん。早く行ってあげなよ」


 まだお酒は残っていたのに半ば無理やり外へ出された。あきらめてぐうっと腕をのばせば夜の冷たい空気がここちいい。そうしているとこちらへ駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。


「リタさん」


 セルジュは私と顔を合わせるとパッと明るい笑顔を見せてくれる。


 ああ、なんかかわいいな。


「どこに行く? 実はおすすめのお店があるんだけど」


 頭に犬耳、そしてぶんぶん豪快にゆれるしっぽが見える気がする。私はなんとなく手を伸ばしてセルジュの頭をわしわしと撫でた。きっと疲れているんだろう。今日は厄介なお客さんが続いたから。


「え、あの、リタさん……?」


 セルジュの髪はさらさらしていて、撫で心地がとてもいい。

 ああ癒されるなあ、なんて思っているとセルジュの顔がみるみるうちに赤くなっていく。なにか言おうと口を開いてはつぐみ、私が満足して手を引くと残念そうな表情をする。


 私はそれを見て胸がきゅううんと締め付けられた。

 こらこらこら、何やってるの私の心臓。


「リタさん。そういうことされたら俺、勘違いしちゃいますよ」


 口はへの字に曲げつつも、まっすぐにこちらを見つめる瞳には熱がこもっている。その熱にやられたのか、お酒を少しのんだせいか、セルジュの背後に光の粒や花びらが舞っている。これは目もおかしくないか。


「えーっと……」


 ちがうのよ。今さら恋とかしたくないのよ。

 ドキドキはいらないの。

 ああもう、顔が熱くてたまらない。


「行こう」


 そう言ってセルジュが私の手をとって歩き出した。

 しっかり繋がれた彼の手はなんだか熱い。どうしようどうしよう。かわいいとか思ってる場合じゃないのよ。背が高くてかっこいいなとか魅入ってる場合じゃないのよ。


「……今日のリタさん、なんかすごいキレイだね。気のせいかな」


 前を向いたままセルジュがつぶやく。耳まで赤くしちゃってさ、そんなの見せられたらキュンキュンしちゃうじゃん、やめてよ。私は癒しがほしいんだってば。



 ……まあでも、こんな気分も悪くないかも。

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