後編 葵桃白受難記
己の過去を語り終えた桃白。
そこに、共に旅をした姜玄流がやって来ました。
桃白の運命や如何に。
どうぞお楽しみください。
「だぁ! くそっ! くだらねぇ話は終わりだ! 酒飲んで口の中清めてくる!」
苛立ちを吐き捨てた桃白が、立ち去ろうとしたその時です。
「桃白。何の話?」
「げ、玄流……」
見聞きした事全てを完全に記憶する少女・姜玄流がやって来ました。
己が詐欺師として失敗した過去を記憶されてはたまらないと、桃白はありもしない話をでっち上げようとします。
「いやぁ、今度の休みに皆でどこかに遊山にでも行こうかと話していてな」
その言葉に、玄流の顔が曇ります。
「……玄流?」
「……桃白、何か隠してる」
「何を言ってるんだ? 何も隠してなんか」
「村で、私に隠し事をする時、皆そんな顔してた」
「っ」
「……また、除け者……」
昏く落ち込む玄流に、桃白は自分の頭を激しく掻くと、膝を曲げて玄流と視線を合わせました。
「悪い。嘘ついた。さっき嬉州刺史の娘で陽天華って奴と会ってな。そいつとその親父を嵌めてた奴をこてんぱんにしてやった話をしてたんだ」
「……何で隠したの?」
「盛大に策を打ったのに、儲けを出せなかったからな。詐欺師としては恥なんだよ」
「……そうなんだ。でも、人助け、立派……」
「詐欺師が立派な事してどうするんだよ」
「私はそれに救われた」
「! ……そっか」
少しぎこちない、しかし心からの笑顔に、桃白も顔を緩めて玄流の頭を撫でます。
「ふふっ、くすぐったい」
「おっと、悪い。嫌だったか?」
手を引く桃白に、玄流は首を横に振りました。
「ううん。桃白達に会うまで、撫でられる事なかったから嬉しい」
「玄流ちゃん……!」
それを聞いて甘香が、玄流の頭を優しく撫でます。
「姫様……」
「それならこれからいっぱい撫でちゃいます! 玄流ちゃんが『もう飽きちゃった』って言うまで!」
「嬉しい。でも飽きないと思う。だからみんなでいっぱい撫でて」
「では某も」
熊星の大きな手が、玄流の頭に伸びました。
「どうかな?」
「おっきい手。安心する」
「そうかそうか!」
「じゃ、じゃあ僕も……」
青風が撫でると、玄流は若干不満そうな表情を浮かべます。
「弱い。変な遠慮がある」
「ひ、人の頭を撫でた事があまりなくて……」
「桃白や姫様や熊星みたいになる為に、玄流の頭で練習した方がいい」
「しょ、精進いたします」
朗らかな笑いが廊下に響きました。
すると、玄流が青風に真剣な顔を向けます。
「青風」
「何ですか玄流殿?」
「胸を大きくする薬って作れる?」
『!?』
全員が絶句する中、平然と続ける玄流。
「さっき胸の大きい女の人が、『あの細目眼鏡! 私の胸にふしだらな手を伸ばすなんて!』と言っていた。細目眼鏡は桃白。つまり桃白は大きい胸を触りたい」
「い、いや違うんだ玄流。それは話を終わらせる為の方便で」
「村でも『女は胸が大きくないとな』と酒場で男の人達が言ってた」
「あの村子どもに何を聞かせているんだ畜生!」
「私の胸はまだ小さい。桃白は大きい方が嬉しい。だから大きくする薬が欲しい」
「それは、その、何というか……」
大きい方が良いと言っても小さいままで良いと言っても破滅しか見えない気がする桃白は、言葉に詰まります。
その様子を見て、玄流は何かを察したように頷きました。
「青風お願い」
「え、いや、その、そんな薬は……」
たじろぐ青風に、真剣な面持ちの甘香も続きます。
「せ、青風、そんな薬があるなら私にも……!」
「ひ、姫様まで!」
「早く大人になる薬でも良い」
「ですからそんな便利な薬は……!」
「何なんだこの状況は……。何でこんな事に……」
追い込まれる青風。
憔悴した桃白。
一人熊星だけが、からからと笑います。
「はっはっは! やはりその場凌ぎの嘘は良くないな桃白!」
「うるせぇ! そんな綺麗事言ってる暇があったら、この状況を何とかしてくれよ旦那!」
賑やかなやり取りは、次の天帝の薬の時間までわちゃわちゃと続くのでした。
読了ありがとうございます。
桃白のために胸を大きくしたいと願う玄流。
もはやのがれることはできぬぞ。
そして甘香は誰のためにその薬が必要なのか……。
リクエストのお陰で楽しい後日談が書けました!
藤倉楠之様、ありがとうございます!