80話 奇策
シャロンの言葉を聞いて、アリスは飛び退くように後退する。一度距離を置いて態勢を立て直すためだ。シャロンは上空に杖を構えた。生徒達が身構えた瞬間、シャロンは透明な三角錐に閉じ込められる。
「あらあら、防衛魔法ですか」
セシリアが防衛魔法を発動させてシャロンの動きを封じる。アリスとの攻防を見て、シャロンの実力を理解したセシリアは全力でやらねばこちらがやられると判断した。
「皆さん攻撃魔法の用意を! 一斉に行きましょう!」
「「「せーの!!!」」」
セシリアの合図とともに各々が攻撃魔法を放つ。セシリアは攻撃が直撃する寸前に防衛魔法を解く。そして生徒達の魔法がシャロンを襲う。
「このタイミングなら……」
最初の魔法が直撃する50センチ手前まで防衛魔法でシャロンの動きを封じた。これから直撃は避けられないだろう。
「そんな……」
セシリアが目にしたのは無傷のシャロンだった。黒いバリアーのような球体の魔法がシャロンを包んでいた。
「発想は悪くありませんでしたよ」
そう言って再度杖を構える。シャロンから発される多大な魔力にセシリアは後退る。
「おらぁっ!!」
真正面からマードックが岩石弾を放つ。反対側からフーラの契約精霊ハウ、ホー、ヒウンが氷の魔法を放ちシャロンを挟み撃ちにする。
「無駄です」
両手を広げ魔障壁でふたりの魔法を防御する。その瞬間真上からイサミがシャロンに斬りかかる。
「覚悟ぉぉー!!」
イサミの斬撃にすぐに頭上に杖を構え迎撃の用意をする。
「白百合の拘束鎖」
アリスの拘束魔法でシャロンの動きを止める。
「はあっ!!」
イサミの真向斬りがシャロンを一刀両断する。
「え?」
イサミは戸惑いながらシャロンを真っ二つにする。しかし違和感に気づきすぐに周囲の気配を探る。
「残念。それは偽物です」
完全に背後を取られ、黒く光る魔法剣でイサミは背中から真横に真っ二つに斬られる。しかし魔法剣はイサミの体をすり抜けただけだった。
「ぐっ……」
イサミは体に傷を作ることはなかったが膝を着く。脱力したのか起き上がることができない。
「ふふふ、安心して下さい。この剣は体を傷つけるものではありません。直に動けるようになります」
そう言葉を残すと、テレポートして生徒の背後を取り次々と魔法剣で斬りつけていく。
「きゃあ!」
「あうっ!」
「ぐおっ!」
魔法剣は、全て生徒達の体をすり抜けていくが斬られた生徒達は力無く倒れていく。あっという間に残り数人に追いやられる。
「さあ、まだまだ楽しませて下さい」
魔法剣を手にジリジリと残りの生徒達へと近づいていく。残っているのはアイリス、セシリア、アリス、ステラ、リンリン、メイメイの6人だけだ。
「あの魔法剣は斬った者の魔力を吸収しているようですね……」
セシリアは斬られた者を観察して答えを口にする。
「御名答。これは斬った者の魔力を吸い上げ、自らの魔力に変換する便利なものです。あなた方、生徒の魔力なら一度斬りつければ魔力切れ寸前まで魔力を吸い取れますよ」
シャロンは解説しながらゆらゆら魔法剣を揺らして見せる。
「要するに一撃必殺というわけネ……」
「接近戦は魔法剣、遠距離攻撃はバリアーってもう打つ手なしじゃん!」
ステラは開き直るように言う。実際戦局は絶望的だった。クラスメイトの大半がダウンしており、頼みのアリスもかなり魔力を消費している。
(魔力を吸収する……おや? ……むむむ)
「ちょっとタイムいいですかっ!?」
急にアイリスが大声を出す。生徒はもちろん、急なタイム宣言にシャロンも呆気にとられる。シリアスな空気は一瞬でぶち壊される。
「え〜と……まあ認めましょう……」
アイリスの勢いに押されたのかタイムを認めるシャロン。アイリスは残りのメンバーを集めて作戦会議を開く。シャロンから距離を取り小声で話し合う。
「絶対そうですよ」
「でも確証はないでしょう」
「でも確かめる訳にはいかないネ」
「まあ賭けてみる価値はありそうね」
都合1分に及ぶ作戦会議を終えて残りのメンバー6人はシャロンと向かい合う。
「いくヨ! メイメイ!」
「はいです!」
ふたりは一斉にガラス玉をシャロンに投げる。シャロンの前方2メートル程で割れたガラス玉からは炎と水の魔法が放たれる。
「残念でしたね」
シャロンは魔法剣でふたりの魔法を斬りつけて吸収する。
「これは相手の魔法も吸収できるのですよ」
テレポートで背後を取り、リンリンとメイメイを斬りつける。ふたりは崩れるように倒れる。魔法クラスは残り4人。
「せああーっ!!」
ステラが単身シャロンに挑む。魔法はもはや意味がないと体術で挑む。飛び回るように連続した回し蹴りを繰り出す。まさかの体術に面食らったのか、シャロンに僅かに動揺が見えた。
「えい!」
「えい!」
それを見たセシリアも、自身の杖をこん棒のように振り回す。体術の心得がないのかめちゃくちゃな振り方だ。
「ちょっと! 杖をそんな風に振り回すものではありません!」
名門に通う生徒にはあるまじき暴挙にシャロンは声を荒げる。しかし即座にセシリアとステラを斬り捨てる。魔法クラス残り2人。ふたりを斬った、その一瞬の隙をついてアリスがシャロンを背後から羽交い締めにする。
「なっ!?」
「先生。目じゃなくて魔力で人を追ってるでしょ?」
アリスは魔力絶縁で気配を断ちシャロンに接近していた。
「アイリス!」
「よっしゃー!!」
アイリスはシャロンに向かって突進する。魔法は一切関係ないただの体当たりだ。
「もらったぁー!!」
「え?」
シャロンに体当たりをかます瞬間テレポートでシャロンはアリスの拘束をすり抜ける。アイリスは、勢いそのままアリスとぶつかりアイリスはクレーターにできた池に落ちる。
「ぶはっ!!」
アイリスが池から上がると、アリスもシャロンに切り捨てられ、魔法クラスはアイリス以外全滅していた。
「さあ、残るは貴女だけですよ」
シャロンは、ようやくメインディッシュに辿り着いたと言わんばかりの笑みを浮かべアイリスを見る。
「やっぱり肉弾作戦は上手くいきませんでしたか……」
「突拍子もない豊かな発想力は評価しましょう。しかしここは魔法魔術学院。やはり魔法の才を披露していただかなくては」
シャロンは顔は笑ったまたアイリスを威圧する。物理攻撃も彼女がその気になれば如何様にもなった。しかし生徒の戦略を見るためにわざと受けてみたのだ。面白い奇策ではあったがやはり彼女の是とするものではなかった。
「まあ私も夏季休暇の特訓の成果を披露したいと思っていたんですよ」
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