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【完結】日曜日のアイリス  作者: 早坂凛
第六章 それぞれの休暇
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72話 悩めるミーナ・ランドール2

「ここだ」


「こんな所にお店が? 知りませんでした」


 ミーナはイサミを連れて学院近くの人気(ひとけ)のない喫茶店に入る。裏通りに面しており客足は少ない。というよりもミーナ達以外に客はいなかった。


「話をするにはうってつけだろう?」  

  

 単に話をしたり、お茶をするだけなら学院の食堂で事足りる。しかし学院となると休暇中とは言え少なからず人の目がある。ミーナとイサミという異色の組み合わせなら居合わせた人間の目を引くことだろう。ミーナは暗に他言無用の話、それもあまり他人には聞かれたく話をすると言っているのだ。

 ふたりは狭い店内の一番奥の席に座る。カウンターからも遠く店主にも会話は聞こえづらい位置だ。ミーナはイサミにメニューを差し出す。


「私の奢りだ。好きな物を頼んでくれ。ここのブレンドは美味いぞ。あと甘い物が好きならシフォンケーキがお勧めだ」


 勝手知ったるというように、ミーナはテキパキとイサミをもてなす。注文を済ませるとイサミは口を開く。


「よく来るのですか?」


「ああ、自室以外でひとりになりたいときによく来る」


 ここはミーナのお気に入りの店のようだ。端から見ると、客足の少ない寂れた喫茶店なのだが「人が少ない」というところはミーナにとってはプラス要素だった。上級貴族であり、生徒はおろか教師陣からも一目置かれているミーナにとって、ひとりになれる場所は貴重だった。


「まさに隠れ家というやつですね」


 イサミは店内の佇まいを見回して僅かに鼻を鳴らして言った。 


「まあ見た目はな。だが安心してくれ。味は悪くない」


「それはよい所を教えていただきました」  


 イサミは笑顔で返す。


「だがあまり人には話してくれるな、せっかくの場所が騒がしくなる」


 ミーナも笑みを浮かべる。そして店主がコーヒーをふたつ運んできた。波が立つ程に、乱雑にコーヒーを机に置く。


「ブレンドふたつ、あとこちらはお好みで」


 そう言うとミルクと砂糖を置いてカウンターの奥へ消えていった。はっきり言って愛想のない老人男性だ。イサミは店主の態度にやや思うところがあった。しかし――――


「あれは私には有難い」


 ぽつりとミーナは呟いた。それは聞いたイサミは店主への不満を黙殺した。

 それからふたりはコーヒーを飲みながら味の感想や、剣術について会話を交わしたがほぼ初対面であまり饒舌(じょうぜつ)ではないふたりはすぐに話題が尽きる。不意に訪れた沈黙、ミーナはついに核心を話そうと佇まいを正す。イサミもそれに答えるように背筋を一層伸ばした。


「お前……いや……えー……」


 相談をする相手に「お前」呼びは失礼と思い名前を呼ぼうとするがイサミの「クローバー」という名前が出てこない。


「イサミ……で構いませんよ。皆さんそう呼んでいますし、ラストネームは私自身あまり馴染みがありませんので」


 イサミはミーナに助け舟を出す。また親交を深めるためには名前くらい呼んでもらいたいと考えていた。


「そ、そうか。私のこともミーナで構わない」


「承知しました」


「では……イ、イサミには兄弟はいるか?」


「いいえ、おりませんが?」


「そ、そうか……まあ別に珍しくもないか……」  


 当てが外れ、また気まずい空気になる。


「兄弟がどうかしたのですか?」


 ミーナのその言葉に少しだけ黙り込む。そしてゆっくりと口を開く。


「私には姉がひとりいるんだ」     


「お姉さんですか」


「優秀な姉で、学院を首席で卒業して王国騎士団へ入隊した」


「確かランドール家は代々騎士家系でしたね」


 上級貴族ランドール家。王都の筆頭貴族であり、他の貴族のみならず国王のいる王家からの信頼も篤い名家中の名家である。歴代の当主を始め、子息達は(みな)揃って王国騎士団に入団し組織の中核を担ってきた。特にミーナの実父であり、現ランドール家当主のジェノス・ランドールは騎士団の中でも5人しかいない「元帥」の地位に就いている。

 さらにミーナの姉、リオン・ランドールも王立魔法魔術学院を首席で卒業。鳴り物入りで王国騎士団へ入団。幹部候補生としていきなり将校である「少尉」の地位に就く。

 学院入学までのほとんどを皇国で過ごし、時勢に疎いイサミでさえ、名家ランドール家がどういう存在なのかは知っていた。入学直後にも関わらず、プライドの高い騎士クラスの生徒達から慕われていたのもミーナが「ランドール家」の人間だからだ。


「そうだ。私も卒業すれば騎士団に入団する」


 その言葉は既に騎士団に入ることが当たり前であるような言い方だった。そこに慢心や驕りはなかった。かと言って、気負いや義務感のようなものも特別感じなかった。ただ水が上から下に流れるように、騎士団に入ることは自然なことであり無意識に持って生まれた使命感だった。


「だが、姉様は……」


 つい先程までは「自慢の姉」のように話していたが急にトーンが落ちた。そして絞り出すように言った。


「姉様は騎士団を退団したらしい……」


「お辞めになられたと?」


「ああ、帰省したときに父上に聞かされた……」


 イサミは理由を聞きたかったがミーナの二の句を待った。


「父上に理由を問い質したが『姉様が自らの意思で辞めた』以外のことは話してもらえなかった」


 ミーナは姉リオンのことを慕っていた。歳が離れていたこともあり、小さい頃からよく可愛がってくれた。リオンが学院に入学してからは会える機会はめっきり減ったが、休暇には実家に帰省したときはミーナを構ってくれた。

 リオンが首席で卒業、騎士団へ入団が決まったときは自分のこと以上に喜んだ。リオンは国のため、家のために心血を捧げると誇らしげに話していた。そのリオンがなぜ騎士団を辞めてしまったのか、その理由がわからないことと騎士団を辞めたという事実がミーナの心に暗い影を落としていた。


「お姉さんは今どちらに?」


「わからない。手紙を出そうにも居場所がわからなくては……」


 実際は姉を探す方法はいくつかあったが、見つけて会ったところでミーナは姉に対して何と声をかければよいか分からなかった。それ(ゆえ)姉を積極的に探すことに二の足を踏んでいた。


「姉様からの連絡もないし、今はもしかしたら私には会いたくないのかもしれないな……まあしばらくすれば何らかの知らせがあるかもしれないが……」


 ミーナは自分に言い聞かすように言った。しかし内心は荒波が立った。


(なぜ騎士団を辞めてしまったのか?)


(なぜ父上は理由を教えてくれないのか?)


(なぜ連絡がないのか?)


(今、どこにいるの?)


(姉様は元気なの? 会いたい……)


 ミーナはぐるぐると思考を回しながら沈痛の面持ちだった。そんなミーナを慰めるようにイサミが口を開いた。


「お姉さんがなぜ騎士団をお辞めになったのか、他人の私には正直見当もつきません。ですが話はしてみるべきだと思います。まずはお姉さんの居場所を探してみては?」


「……会って何を話せばいい?」


「思っていることを素直に口にすればよいと思います」


「思っていることを……」


「妹として姉を心配している。それを言葉にするべきです」


「姉様は気を悪くされないだろうか……」


 その言葉に普段の自信満々の態度はなかった。ミーナは姉リオンに対してかなり気を遣っている。イサミはそんな心証だった。


「お姉さんのことを大切に想っているのですね」 


 イサミの言葉にミーナは慌てたように言った。


「なっ! そ、それは当然だ! 姉様は私なんかと違い、優秀で美しく、気高いお人なのだ!」


 ミーナの姉を賛辞する言葉の裏には自分への卑下があった。


「だから……」


「だからそんな完璧な姉が、なぜ騎士団を辞めてしまったのか気になって仕方なく、稽古もうわの空……というところですね」


 イサミがミーナの感情を要約する。


「――――っ!? いや、まあ……その通りだ」


 ミーナは図星を突かれ狼狽えるがすぐに事実を認めた。







「今日はご馳走になりました」


「いや、礼を言うのは私の方だ。イサミに話しを聞いてもらって心が落ち着かせることができた」


「問題は解決せずとも人に話すことで気持ちが楽になることもありますからね」


 イサミの言葉は経験談だった。杏里を失った悲しみは消えないが、セシリアに自分の過去や気持ちを話すことにより恐怖を仕舞い込むことができた。


「色々と助かった。ではまた」


「ええ」


 少しだけ憂いの晴れた顔をしたミーナを見送る。見えなくなるまでミーナを見送ると、イサミは誰にも聞こえないくらい小さく言う。


「友達というのも悪くないものですね」

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