61話 大切な人達
激動の一夜が明け、水曜日昼。
「グレースちゃんお願いします!」
「オッケー!!」
「もらったぁー!!」
アイリスと精霊グレースは魚捕りに興じている。昨夜シャルロットが去り、イサミとセシリアが戻ってきた後は、魔法クラス第1小隊、第5小隊、第7小隊の計9名は合流を果たして一夜を明かした。シャルロットの話では、もう森に危険な存在はおらず試練終了まで安全に過ごせそうだ。
しかし対イゴール戦での消耗は激しく魔力切れを起こしたイサミ、コリン、マードックはほとんど動くことができなかった。さらにアリス、フーラは負傷しており、セシリアの治癒魔法、王姉妹による治療を持ってしても完治には時間が掛かりそうだ。そして朝方から看病に追われたセシリアと王姉妹は昼前にようやく眠りについた。唯一元気なアイリスが備蓄の怪しくなっている食料確保を担当していた。
夕方までには何とか人数分の食料を確保することができた。最低限周囲を警戒していたが、やはり森にはもう脅威となる存在はいないようだ。
「申し訳ありませんでした!!!」
夕食時、イサミは意識を取り戻したフーラをはじめ皆に深く頭を下げる。三つ指をつき、地面に頭が着く勢いでの渾身の土下座だった。東洋の習慣に馴染みにないアイリス達にはその行動の意味は完全には分からなかったが、美しさすら感じるイサミの土下座からは十分な謝意を感じた。
「あ、頭を上げて下さい〜」
フーラはイサミからの謝罪など畏れ多いとばかりに首を振る。
「しかし敵に敗北した上に操られ、大切な皆さんに怪我までさせてしまいました。全くもって面目次第もございません!!」
気にしていない。そう言われてもイサミの気は収まらないようだ。しかし意外な人物が口を開く。
「別にいいだろ。全員無事だったんだからよ」
ぶっきらぼうにマードックが言う。今回の一件は誰に責任があるわけではない。想定を超える上級魔族という存在に、誰もが為す術もなかったのだ。「どうしようもないこともある」マードックは経験でそれを知っていた。
「そうですよ! それにその……操られてしまったのは僕も同じですし……」
同じく魔族の手に堕ちたコリンもイサミを擁護する。
「私は前にイサミさんに命を助けられました。だからというわけではありませんが、本当に何とも思っていないんです。だからどうか気にしないで下さい」
「し、しかし……」
困り顔のイサミ。ここまであっさり許されては立つ瀬がないのかもしれない。
「聞きました〜? セシリアちゃん、大切な皆さんですって」
茶目っ気たっぷりで言うアイリス。その意図に気づいたセシリアがアイリスに乗っかる。
「そうですねえ〜いつの間にか随分素直になったようですね〜」
ふたりして全力でイサミをイジる。さらにリンリンが加わる。
「足手まといやらたくさん言われたけど本当はそんなに想ってくれていたのネ〜」
ニヤニヤしながらイサミを見るリンリン。
「違っ! い、いえ……違いはしないのですが……」
顔を赤くしながら言葉に詰まるイサミ。
「まあ、どうしても納得できないなら私の夏季休暇の課題を全部代わりに――――あだっ!」
どクズ発言をするアイリスの頭にゴツンとセシリアの杖が落ちる。
「それは自分でおやりなさいね?」
青筋の立った笑顔でセシリアはアイリスに詰め寄る。
「じょ、冗談じゃないですかぁ〜」
「いいえ、そうは聞こえませんでしたよ!」
こうしてふたりはお馴染みのやり取りを始めてしまう。マードックは呆れた様子でそれを眺めている。真面目なフーラとコリンはふたりを止めようとする。リンリンは指差しながらふたりを笑い、メイメイは少し心配そうにしている。そして、いつもならそれを遠巻きにケラケラと眺めているはずのアリスはイサミの隣に佇む。
「私もさー。今回は色々と思い知らされちゃったんだよね〜」
口調はいつも通りだが、その顔には忸怩たる思いが垣間見える。
「結局さ。弱かったのよ。私達」
イサミが西洋騎士のフランベルに敗れたことも、アリスがイゴールに敗れたことも要は実力がなかったのだ。実力がないから相手に負け悔しい思いをする。ただそれだけだった。
「だから私はちょっと本気で頑張ってみようかなって……」
今まで圧倒的な才能に胡座をかいていたアリスは強さへの執着を見せた。
「イサミはどうするの?」
「私も強くありたい……大切な人達を守るために……」
イサミの目には真っ直ぐな決意が宿っていた。
「ほんと変わったのね」
小さくそう呟きアリスはアイリス達のところへ向かう。もちろん茶々を入れるためだ。イサミはワイワイと騒ぐアイリス達を見て思う。
(全く人が誠意ある謝罪をしていたというのに……)
イサミの謝罪の場は、いつの間にかいつもの日常風景へと変わっていた。イサミの意を決した謝罪はアイリス達にとっては取るに足らないことだった。張本人のフーラですら気にしておらず、今はアイリスとセシリアを止めることに必死になっている。それくらいイサミがしたことをなんとも思っていないのだ。
(この人達を大切にしよう……)
イサミはひとりそう思い静かに笑った。そして試練最終日を迎える。




