43話 アリスVS上級魔族
「イヒヒヒ……さすがでございますねぇ……」
白煙の中から姿を現したのは枯れ枝のように細長い手足、そしてガリガリに痩せ細った背の低い老人だ。大病を抱えているような血色の悪さだが、眼だけは生気が漲っている。そのアンバランスさがアリスには不気味に思えた。
「あなたが森に生息する魔族なの?」
最大限警戒しながら、いつもと同じ口調で相手から情報を引き出そうと会話を試みる。
「いかにも、私は魔界の民でございますよ。生息と言っても私はまだ新参者でございますがねぇ……イヒヒヒ」
アリスはダメ元で聞いただけだったが、意外にもこちらの問いに丁寧に返答をくれる。それは捕食者としての余裕なのか、別の意図があるのか現段階では判断できない。
「私はアリス。天才よ。あなたの名前は?」
アリスは傲慢不遜とも言える大仰な自己紹介をする。文字通り魔族に怯えた様子はなく、実に堂々とした態度だ。
「これはご丁寧に。私はイゴールと申します。イヒヒヒ……天才……そうでしょう……そうでしょう。先程は実に見事でございましたよ」
イゴールと名乗る魔族はコリンを操っていたことを見抜き、さらに自分の居場所まで突き止めたアリスの頭脳と技量に素直に称賛の言葉を口にした。
「人の言葉が随分流暢だけど、ひょっとして上級魔族なのかしら?」
あくまで笑みを崩さず、私達は対等だ。そう思わせるため細心の注意を払いながら尋ねた。
「上級魔族……いかにも、人間どもにはそのような呼ばれ方をされておりますねぇ……」
「へぇーそう」
雑談のような軽いノリで流したアリスだったが、首筋からは汗が伝う。
(流石に不味いわね。どうしよっかな〜)
負ける気はないもののコリンは敵に操られており、フーラは戦力として計算しづらい。
「ねえ提案なんだけど」
「イヒ…なんでしょうか?」
「コリン君を元に戻して。大人しく従うならこの場は見逃してあげる」
さあ、どうでるか。アリスは相手の力をまだ測りかねていた。だが同時に、相手もアリスの実力は未知数だと考えているはず。ハッタリに屈して去ってくれるならそれが最善だった。
「ほお〜〜?」
イゴールは首を90度傾けてアリスを物珍しそうに観察する。相変わらず血走った不快な眼だ。しばらくアリスを眺めるとイゴールは堰を切ったように笑いだした。
「イヒャヒャヒャーー!!!!」
侮辱の含まれた不愉快な笑いだったがアリスは表情を崩さない。
「ヒャヒャヒャ!! これは愉快! 実に愉快! ハァー! 初めてでございますよぉー! 人間でありながら私にそのような口を聞いた者はぁ!!」
イゴールはよほどツボに入ったのか息切れを起こして咳き込むまでひとしきり笑ったあとに不気味な笑顔を浮かべアリスに詰め寄る。
「大変愉快な思いをさせていただきましたねぇ……ただ」
イゴールの顔は嗜虐に満ちる。アリスも表情が僅かに強張る。
「嘘はいけませんなぁ〜」
アリスはイゴールと対等以上である。その思わせるように振る舞ったがあっさり看破されたようだ。
攻撃を避けようとした訳ではない。アリスはイゴールの発する邪気に触れ、本能的に距離を取るために後ろに飛び退いた。その瞬間アリスが立っていた場所がべこリと凹む。
「ほお、よく避けられましたなぁ」
偶然の回避だったが距離を取ったことによりアリスは戦局を冷静に分析する。
(今のは重力の魔法? 特定の条件を満たすと相手を操ることもできるはずだから接近戦は危険。遠距離で様子を見ながら出方を窺うのが無難ね。フーラは逃げるくらいできるでしょ。コリン君は今は無視)
アリスは風の魔法で上空に飛びイゴールと距離を取る。イゴールは余裕綽々といった様子でアリスを眺めている。
「イヒヒ、まずはお手並み拝見とまいりましょうか……」
アリスは上空に魔法陣を5つ展開する。
「炎、水、風、雷、土どれがくるんでしょうな〜」
基礎となる五大魔法を口にしながらアリスの攻撃を待つ。
(とりあえず様子見……なんてね)
「宇宙魔法 大星群の鉄槌!」
「は? なんですとっ!?」
突き出した左手に右手を打ち込む動作で放たれた宇宙魔法。空から直径十数メートルに及ぶ強大なエネルギーの固まりが降り注ぐ。轟音とともに高純度エネルギーのハンマーはイゴールをあっさりと飲み込んだ。
地面には先程のイゴールの魔法など比較にならない巨大なクレーターを作っていた。
「油断大敵ってやつね……」
地面に着地したアリスは息が上がっていた。彼女が放った宇宙魔法は最上級の魔法であり本来学生が行使できるようなものではない。天賦の才が与えられた彼女だからこそ使用することができたのだ。
(さすがに死んでくれたよね……)
少しフラつきながらイゴールの様子を確認する。クレータの中央に体が通常ではあり得ない方向にねじ曲がった状態で地面に刺さっていた。イゴールの死を確信したアリス。
「ふぅ〜……」
余裕のないため息だった。敢えて敵を挑発してこちらのとっておきを食らわさなければ勝ち目は薄かっただろう。アリスにとって格上との実戦は初めての経験だった。
「まあ作戦勝ちかな……さすが私」
弱々しく自画自賛するアリス。勝利こそ収めたが魔力の消費は激しく額には汗が滲んでいた。
「フーラ出てきてー。コリン君治すの手伝ってよー」
戦いに巻き添えにならないように避難したフーラを呼び出しながら拘束したコリンの様子を見る。
「魔族が死んだからって解術されるわけじゃないんだ。めんどくさいなぁ〜」
そう言いながらも頭の中で解術の手順を考えていくアリス。ブツブツと呟きながら段取りを立てる。そして後ろからの足音に気づきフーラに声をかける。
「フーラってさ、薬草とかって―――――」
後ろにいた人物から刀を振り下ろされる。僅かに反応が遅れたものの寸前で回避に成功する。地面に転がるもすぐに立ち上がり臨戦態勢になる。
まさかフーラまで操られていたのか。あの上級魔族め、抜け目がないことを――――。
しかし顔を上げたアリスの目に映ったものは全くの想定外のものだった。
「イ、イサミ?」
アリスの眼前にいたのはクラスメイトのイサミ・K・クローバーだった。




