42話 アリス出陣
操られている。そう言い放つアリスがコリンを見る目にいつもの笑顔はなく、完全に敵として捉えている。
「え? え? あの、どういうことでしょう?」
状況が把握できないフーラは混乱した様子だった。アリスは簡単にコリンに起きた異変を説明する。
「あいつ、誰かに操られてるのよ。多分魔術かな?」
「そ、そんなさっきまでいつも通りだったのに……」
常にコリンと行動を共にしていたフーラにはその事実が信じられなかった。
「私が仕掛けた魔法陣は自動で発動するようにしてたけど、クラスメイトの魔力は感知しないようにしてたの。でもあいつは引っ掛かった。」
アリスは無防備になるタイミングでは、自動感知で発動する魔法陣をいくつも周囲に仕掛けていた。自動故にあまり複雑な術式は組み込めなかったが、魔法陣には2つの条件を組み込んでいた。
・一定以上の大きさの生き物を感知したとき攻撃魔法発動
・魔法クラスの生徒は感知しても攻撃しないこと
ちなみにクラスメイトの判別方法は魔力である。魔力にはその強さに関係なく、個人を識別できる周波のようなものが存在する。お互い魔法使いならばその魔力の周波を感知すれば離れていても誰の魔力か探知することができる。
その魔力感知に引っ掛かるということは可能性は3つ。
・完全な魔力切れ
・驚異的な魔力の増減
・別の者の魔力の介在
アリスが知る限りコリンは昨日魔力はほとんど使用していない。その上で朝まで熟睡していたのだ。魔力切れなど起こしようがなかった。
さらにこの短時間で本人だと感知できない程魔力が増減するのは魔力切れ以上に考えにくい。
つまり残る選択肢は、コリンが何者かの魔法か魔術で操られており、その術者の魔力に反応したか、コリンではない別人がコリン本人と入れ替わっているかのふたつ。
「コリン君本人だと可哀想だから控えめに吹っ飛ばしてみたんだけど……」
(アレで控えめなんだ……)
既にコリンは地面に何度も体を打ちつけボロボロだった。トレードマークの丸ぶちメガネも見る影もない。それでも血走った目で、再びこちらにゆっくり歩いてくる。大股で体を左右に揺らしながら歩くその所作は、アリスの知るコリンのものではなかった。
(正直こういうパターンはあんまし考えてなかったなぁ〜)
想定外の事態だがアリスは特に狼狽えることもなく、攻撃魔法を展開する。それ以上近づくと容赦しない、その警告の意味を含まれている。
「お〜いコリン君。それ以上近づくとぶちのめすよー?」
無駄だと思いながらも一応声をかける。
「いひ……きひひひ……いひ」
奇声のようなものを発するコリン。目の焦点も合わず完全に常軌を逸している。
「あ〜こりゃ駄目かな〜。あんまり気乗りしないんだけどな……」
「きひひひ……」
「死んでも恨まないでね」
優しくにっこりと微笑むアリス。直後笑顔が消える。そして展開した魔法陣から魔法を発動する。アリスは杖を取り出し、風の魔法で宙に浮かぶ。
「フーラ下がってて」
フーラにひと声かけて、展開した4つの魔法陣から、2種類の魔法を発動する。アリスは杖を天に掲げる。
「合体魔法 岩石炎弾!」
魔法陣から、火山岩のような炎を纏った岩石が散弾のようにコリンに降り注ぐ。マードックの得意魔法に炎属性を加えた合体魔法。アイリスに次ぐ、強力な魔力の持ち主であるアリスが魔法陣を展開して放った魔法の威力は凄まじく、周囲は航空爆撃を受けたような有り様だった。
「あ、あ、コリン君……」
死を確実にイメージさせるだけの威力。土埃と煙で安否が分からないコリンを心配するフーラの前に、スーっとアリスは降下してくる。アリスは正面に風の魔法を放ち視界を開く。
「コリン君!?」
フーラが叫ぶ。コリンは生きていた。アリスの魔法はコリンの直撃することなく、コリンの周囲に着弾していた。
コリンはアヒル座りになり両手を地面につき、頭だけは上を向き、先程と変わらない意味不明な奇声を発している。
「うん。これでわかった。アレは本物のコリン君だ」
「な、なぜわかるんですか……?」
「もし偽物ならあれだけの魔法よ、まともに食らわず逃げるか防ぐかするでしょ? でもあのコリン君は逃げも防ぎもしなかった。ようは誰かさんからしたら死んでもいいってこと。つまりあれは本物のコリン君」
アリスはコリンが本物か偽物かを見破るために、わざとギリギリ当たらない強力魔法を放った。直撃すれば死亡しても不思議ではない威力なので、偽物ならば必ず防御か回避のリアクションがあるはずだった。何の反応もないことによりアリスはコリンを本物だと判断したのだ。
(う〜んやっぱり合体魔法は制御が難しいなぁ〜)
そんなことを考えているとコリンが再び立ち上がる。まだこちらに対して向かってくるようだ。
「とりあえず縛り上げよっか。解術は後でゆっくりとやるとして……」
「白百合の拘束鎖」
アリスは白く光る鎖でコリンを拘束する。コリンは抵抗することなく大人しく拘束され無力化された。
「これで暫くは大丈夫かな〜」
「コリン君……大丈夫でしょうか……」
「さあ〜? まあ、なるようになるんじゃない?」
もはやコリンに興味がないという態度をとるアリス。そしてフーラに向かって振り返り満面の笑みを浮かべる。
「てか、フーラは自分の心配をした方がよくない?」
笑顔のまま一歩フーラに詰め寄る。
「え、あの……どういうことでしょう……」
アリスの言っている意味がわからないという態度のフーラ。
「コリン君がああなったのなら、あなたも疑って然るべきでしょ?」
笑顔を崩すことなく右手でパリパリと雷の魔法を練る。目視できる程強大な魔力だ。
「そんな……私違います!」
身の潔白を訴えるフーラだがアリスは聞く耳を持たない。恐怖から後退るフーラに笑顔のまま一歩ずつ距離を詰める。最大まで魔力を練り上げフーラに言う。
「今度は外さないからね」
「あ、あ……」
顔は笑っているが、発せられる殺気と魔力で意識が飛びそうになるフーラ。アリスが腕を振り上げた瞬間、フーラの足元に魔法陣が現れて3体の下級精霊が召喚される。フーラの契約精霊である。
「ぴいっ!」
3体はアリスに向かって氷の魔法を放つ。アリスはとっさに左手で炎の魔法を放ち氷の魔法を相殺する。
「ぴいいっ!!」
フーラの契約精霊であるハウ、ホー、ヒウンはフーラを守るためにアリスに一撃を加えると、彼女を飛び越して後方の何もない場所へ魔法を放つ。ただ魔法が地面に直撃したように見えたが、僅かに歪んだ空間をアリスは見逃さなかった。
「なるほど、そこね」
右手に溜めていた魔法をその歪んだ空間に向かって放つ。
「雷の魔法 雷迅の帝!」
天に向かって振り上げた杖の遥か上空から、多数の雷が地面に降り注ぐ。その内1発が当たったのか、何もない空間から煙が上がる。
「ぴい! ぴい!」
「さすが精霊。感が鋭いのね」
姿を隠していた敵の居場所に気づいた精霊にご褒美とばかり頭を撫でながら3体の精霊を褒めるアリス。
「ぴいっ! ぴいっ!」
しかし3体の精霊はフーラの方を向きながら吠える。主人であるフーラに対して演技とは言え殺意を向けたためだ。
「あはは、ごめんね〜」
アリスは大して気にした様子もなく再び精霊を撫でる。
そして攻撃が命中した空間が今まで以上に歪む。
「み〜つけた」
アリスがくすくす笑いながら白煙が上がる場所に近づく。
すると歪んだ空間からついに敵が姿を現した。




