33話 動き出す森
時刻は23時半。試練の森1日目が終わろうとしている。半日、外敵と遭遇しなかったことで拠点とした大木の根元で休むことにした。
「う〜どっかに川が流れていないですかね〜」
水を染み込ませたタオルで体を拭いながら、アイリスがサバイバル生活に不満を垂れる。
「仮に川があったとしても、水浴びなんて不用心な真似はできないでしょう。ただ気持ちはわかりますが……」
アイリスとセシリアは、入浴できないことへの不満を口にする。女性である2人にとって、3日間も風呂に入れないことは死活問題だった。仮にバスタブがあったとしても、何時敵と遭遇するかわからない状況下では呑気に湯に浸かるわけにもいかない。
アイリスとセシリアは女性としての最低限の尊厳を守るためにタオルで汗を拭う。
「おっぱいに汗疹ができたら一大事ですよ!」
「ほんと……何をしたらそんなに育つのかしら……」
大木の裏側で、年頃の女性らしいガールズトークを繰り広げるアイリスとセシリア。マードックは聞き耳を立てていたわけではないが、2人の会話が聞こえ少々気まずそうに下を向く。マリアは護衛も兼ねて、2人を見守りながらマードックに話しかける。
「残念でしたね。近くに水源がなくて」
「知らねーよ!」
くすりと笑いながらマードックをからかう。しかし、すぐに態度を改め残り少ない時間で今後の話をする。
「先程も申し上げたように私はあと20分程度しか人間界に留まることができません。その気になれば自力で召喚できなくもないですが、数時間は間が空きます」
「契約日ってやつか。でもよ、曜日が変わりゃあ別の奴が出てくるんだろ?」
「ええ。火曜日になればカルナという精霊が召喚されるはずです」
「カルナ?」
その名前にマードックは聞き覚えがあった。
『私はカルナ。アイリスの契約精霊』
そう、あれは入学直後の交流戦のことだった。巨大な火柱を何本を上げてジョージとアルバーナを圧倒、基半殺しにした少女。
実戦経験豊富なマードックから見ても異様な光景だったため、数ヶ月経った今も記憶に色濃く残っている。
「カルナってアレか? ゴスロリの……」
「ええ。ゴスロリのアレです」
マリアはカルナに対するマードックの印象が良くないと察して補足を加える。
「確かにカルナは精神的に少々不安定なところもありますが、私と同じ上級精霊です。さらに純粋な戦闘能力で言えば私よりも上です。お嬢様に何かあれば、この森は焦土と化すでしょう」
「おい」
「冗談はさておき、彼女がいればさほど危険はないでしょ
う」
「一応頼りにしとくぜ……」
カルナに関しては半信半疑だったが、味方だと考えれば心強い限りだ。
そんな会話をしている内に、アイリスとセシリアが身支度を整え戻ってくる。
「ではお嬢様。時間です」
去り際に慇懃なカーテシーを披露するマリア。そしていつも通りに、光に包まれ消えていく。マリアが消えて数秒後。カルナ召喚のためか、またアイリスの眼前が眩く光出す。
「計ったように現れるのね……」
「今日は魔力で呼んでますからね!」
カルナはいつもなら朝方召喚されているが、今日は曜日が変わった瞬間にアイリスがカルナを呼び出したのだ。
徐々に光が強くなり、まもなく召喚されるという瞬間に、光がいつの間にかアイリスの足元にできていた闇に、とぷんと音を立て突如沈む。
「カルナちゃん?」
アイリスからの呼びかけに、火曜日の精霊カルナからの返答はなかった。
同時刻。魔法クラス第7小隊イサミ・K・クローバーの前に、ランスを持った純白の西洋騎士が現れていた。西洋騎士は無言で構え、イサミにも構えるように動作で促す。
「ふっ……騎士道というやつですか? 試練の森と聞いていたのに何も現ず退屈していたところです。あなたがお相手して下さいますか?」
ニヤリと笑みを浮かべ、愛刀を抜くイサミ。そこに恐怖はなく、未知の相手との闘いを楽しむかのような表情だった。
「凛凛さん、美美さん! そこを動かないで下さい!」
イサミは同じ魔法クラス第7小隊の、双子の姉妹である王凛凛と王美美を気遣う。2人は寝床にした、傾いた大木の根と地面の隙間で手を繋ぎながら身を寄せあっている。2人は薬草学や魔法薬学に関しては、教師陣が舌を巻くほどの才女だったが戦闘能力は低く、2人合わせてもイサミの足元にも及ばない。
イサミもそれを分かっているので、森で敵と遭遇した際は戦闘は全て自分が行うと買って出た。
「えいっ!」
双子の妹メイメイが空に向かって光の球を放つ。攻撃魔法ではなく、イサミが戦いやすいように光源を作ったのだ。上空数メートルの地点で留まった球は周囲を照らす。
西洋騎士の出で立ちは、全身甲冑で兜から僅かに目が覗いているだけだ。そのため相手が男か女、人間かそれ以外かすらわからない。純白の甲冑を身に纏う西洋騎士だが、甲冑には汚れやキズが目立ち、一見すると敗残兵のように見える。
「魔物か亡霊か知りませんが勝負を挑んでくる以上は容赦致しません!」
イサミはバットを寝かせた野球選手のバッティングフォームのような独特な構えで西洋騎士に相対する。
双子の姉のリンリンが、カウンターでも狙っているのか杖を構えるがイサミがそれを静止する。
「手出しは無用です」
短く言い放った言葉は冷たい響きだが、本心は相手の矛先が2人に向かないようにするためだ。
西洋騎士は2人には目もくれずイサミだけを見据えた。そして両足を揃え、ランスを胸の前に構えゆっくりと斜めに振り下ろすと、軽く礼のような動作をした。
騎士の作法に馴染みのないイサミだったが、相手が何らかの礼節のある行いをしたのだとわかった。
「これは失礼致しました」
イサミは構えを解き高らかに宣言する。
「我が名はイサミ・K・クローバー!」
「いざ尋常に――――」
再び刀を構える。
「推して参る!!」




