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【完結】日曜日のアイリス  作者: 早坂凛
第三章 試練の森〜それぞれが背負うもの〜
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31話 憎しみの理由

「試練の森」に入り数時間が経過した。森の中にあった仄暗い明るさは消え、完全に夜の闇に包まれる。森に入ってからは太陽が見えず、時間経過がよくわからなくなっていたが本格的に日が暮れたようだ。

 アイリス達は幸運なことに、森に入ってからの数時間、一匹の魔物はおろか獣にすら出会うこともなかった。あれから少し歩き回り、最初に腰を下ろした大木の根元を仮の拠点とし、焚き火を3人で囲んでいた。夜の森に光は一切なく、光源は必須だった。また魔法でなく焚き火にした理由は、煙の匂い等でもし近くに仲間がいれば合流できるかも知れないという狙いがあった。当然敵をおびき寄せてしまう可能性もあったが対処もしていた。


「お嬢様」


「むはっ?」


 口いっぱいに干し肉を頬張るアイリスに、見回りを終えたマリアが話しかける。マリアはいつものメイド服に、発光石を袋に入れて懐中電灯代わりにしていた。


「やはり近くにはどなたもおられませんでした。魔物や獣の類いも同じく」


「んぐっ……ぷはぁ! そうですか。見回りご苦労様でした」


 アイリスは、干し肉を水で流し込みマリアを労う。マリアはそんなアイリスにため息をつく。


「お嬢様。殿方もいる前で口いっぱいに食べ物を頬張るのはシンプルに下品です。女子力を疑います」


 マリアはいつもの態度を崩すことなくアイリスに接する。


「セシリア様をご覧なさい。あれが淑女として本来のあるべき姿ですよ」


 干し肉を両手で持ち、ちびちびと少しずつ食べ、咀嚼(そしゃく)する際は手を口元に添える上品なセシリア。野営に加えて簡素な携帯食で、どうしてもいつものマナーなどはおざなりになってしまう場面でも無作法にならないセシリアに、マリアは賛美の言葉を送る。


「私は単に固い食べ物が得意ではないだけで……」


「聞きましたか? この奥ゆかしさこそお嬢様に欠けているものだと思いませんか?」 


「うるさい! うるさい! マードック君だって似たようなもんじゃないですか!」


「いや、俺と同列って女としてやべぇーだろ……」


 マードックも、自分が無骨な人間であると理解しているようだった。アイリスに対して呆れた視線を送る。


「というか、あんた本当に精霊なのか……?」


 マードックは、アイリスがマリアを召喚した瞬間を目にしていたが未だに信じられなかった。マリアの外見は完全に人間と変わらない容姿をしている。街を歩いていても、人間の美女が歩いているようにしか見えないだろう。わずかに違うのは耳がエルフのように少し尖っている点くらいだ。

 マードックの言葉を聞き、真顔のまま僅かに首をかしげて思案する。そして


「必要なら脱ぎますが?」  


 マリアはそう言って、しゅるりと胸元のタイに手をかける。


「うおっ!? マジか!」


「マジかじゃないでしょうがぁぁー!!」


 アイリスがマードックの頭を引っ叩く。


「マリアも思春期の男子をおちょくらないで下さい!」


 解きかけたタイをまた締めながら、くすくすと笑うマリア。


「これは私としたことが冗談が過ぎました」


「冗談かよ……」


 マードックは少し残念そうにぽつりと呟く。


「さて、マードック様の質問にお答えしましょう」


 マリアはタイを締め直すと佇まいを正す。


「私はお嬢様と契約している上級精霊です。月曜日限定ではありますが、お嬢様の身の回りのお世話をさせていただいております」


 マリアは凛とした態度ではっきりと言う。そして言葉を続ける。


「ですからお嬢様は貴方が憎む貴族の出自ではありません。今後、お嬢様に不要な敵意を向けるのはお控えいただけると助かります」


 マリアの遠慮のない一言に、マードックは視線を反らし舌打ちをする。

 召喚されてからの数時間、アイリス達の会話を聞きマードックが貴族に対して憎しみを持っていることを知ったマリアは、アイリスにいらぬ危害が加わらないようにマードックに釘を刺す。

 アイリスやセシリアは、マードックの貴族に対する憎悪を知ってからも極力その話題には触れないでいた。きっと並々ならぬ事情があると察していたからだ。しかしマリアにとっては契約主のアイリスこそが最も大切であり、アイリスに危害が及ぶ可能性があるなら他人の心情など知ったことではない。マリアは決して人の心がわからないのではなく、マードックの心情を理解した上でそこへ踏み込んでいったのだ。


「では私は見張りに戻りましょう」


 空気が悪くなったのを感じ取ったのか、マリアは背を向けて歩き出す。気まずい空気をどうにかする気はないらしい。


 マリアが姿を消して数分。相変わらず気まずい空気が流れていたが、マードックが一度舌打ちをしてから話し出す。


「悪かったな。その、つまらねえことで突っかかってよ」


「いえ……」


 マードックの口から謝罪の言葉が出るとは思っていなかったらしく、アイリスは呆気にとられる。


「仮にお前が貴族だろうが何だろうが関係ねぇのによ」


 マリアの言葉に毒気を抜かれたのか、マードックは冷静に自身の落ち度を認める。その姿にアイリスとセシリアは目を見合わせた。


「その、嫌でなければ何故貴族を嫌うのか教えてもらえませんか?」 


 マードックの態度が軟化したのを見て、アイリスがついに理由を問いただす。


「アイリス!」


 セシリアが制止するがそれをマードックが構わないと手を差し出す。一度だけ深呼吸のような深いため息を吐いて、マードックは語りだす。


「アンドレ家って貴族はわかるか?」


 アイリスは首を傾げたがセシリアは顎に手を当てながら答える。


「コンゴール地方の下級貴族ですね」


「さすが優等生。よく知ってるな」


 博識のセシリアへの称賛だった。マードックは、一本薪を焚き火に放り込んで話を続ける。


「俺の一族は、元々は遊牧民だったらしい。温暖で住みやすい場所を転々としていた。だがある時期からアンドレの家に一族丸ごと召し抱えられることになった」


「家臣になったと?」


「まあな」


「一族は俺みてぇな身体がでかくて戦闘向きの人間が多くいて、魔法の才覚がある人間もいた。傭兵として抱えるには最適だったんだろよ。村の外れだがでけぇ屋敷まで貰ってよ。俺のガキの頃は貴族さながらの生活だったんだぜ」


「傭兵」その言葉を聞いてセシリアはひとつ納得できたことがある。それはマードックの戦い方だった。ほとんどの生徒は、学院に入学するまでは模擬戦くらいしか実戦らしい戦いをしたことがなく、対戦すれば純粋な剣技や魔力の強さが勝敗に直結する。練度のない者同士が対決した交流戦では、一方的な試合ばかりだったのはそのためである。

 しかしマードックは違った。テスト後の決闘では、炎竜を操る格上のジョージ相手に、しっかりと対策して戦略的な戦闘を展開していた。明らかに訓練された練度のある人間の戦い方だった。結果、ジョージ相手に白星を挙げた。

 直情的な性格のマードックとは思えない洗練された戦い方をセシリア含め見物客は不思議に思っていた。普段他人に関心の薄いイサミやアリスが、わざわざ試合を見学していた理由はマードックの高い戦術を観るためだったのかも知れない。


「ガキの頃から戦い方ばっか叩き込まれてたけどよ。悪くなかったぜ。階級こそないが、村の人間は俺達の事を貴族みてぇに扱ってくれたし、平和な内はアンドレの奴からの待遇もよかったしな」


「平和な内は……」


 アイリスは悲しそうに、マードックの言葉を声に出して反芻する。


「平和な内はだ。それが終わった時に気づかされたぜ。所詮、俺達はアンドレのスケープゴートに過ぎなかったってな!」


 静かに語っていたマードックの声に、憎しみの色が増す。マードックの憎しみの追憶は核心へ続いていく。

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