30話 セシリアの疑念
魔法陣が光に包まれて、その眩しさに目を覆うアイリス。そして閃光が消えると、視界にはまだ日中にも関わらず薄暗い樹木が現れる。
「防御壁展開!!」
森に召喚されると、すぐにセシリアが防衛魔法を発動。3人を囲むように透明な防御壁が現れる。敵はいないか、3人は背中合わせに立ち周囲を観察する。遠くから獣か怪鳥の不気味な鳴き声が聞こえるが、目に見える範囲は安全のようだ。
「……ひとまずは大丈夫のようですね」
「なんか拍子抜けですね」
「おめぇみてーな調子こいてる奴が最初に死ぬんだよ……」
軽口を叩くアイリスに、マードックが悪態をつくがいつもの勢いはない。いきなり魔物に襲われるという最悪のケースは防げたが、自分達が危険地帯に足を踏入れている事実は変わらない。
「とりあえず移動しましょうか。ここは少し開けた場所なので目につきやすいです」
森の少し開けた場所から大木の根元に移動する。森の中は巨大な木々が重なり合い、日光を遮っているため昼間だというのに夕暮れ程の明るさしかない。日光が届かないせいか、生い茂る木々は人の身長くらいまで苔が生えている。
3人は木の根元に座り込み、これからのことを話合う。相性の悪いアイリスとマードックも、状況を理解しているのかいがみ合うようなことはしなかった。
「食料は十分にありますから、ここが安全そうなら拠点にしてみるのはどうかしら?」
「悪くねえな。別に討伐する必要がねえなら大人しくしとくに越したことはないぜ」
普段好戦的なマードックだが、さすがに魔物相手となると慎重になるのかセシリアの案に賛成する。
「他の皆さんと合流するという話はどうします?」
アイリスは一度提案した全員で合流するという話を持ち出す。
「合流できれば確かに心強いですが、無闇に歩き回るのはかえって危険だと思うわ」
「合流はしない方がいいとかヒカゲの野郎も言ってやがったしな」
「言ってましたね~。あれどういう意味なんでしょうか?」
「知るかよ。あの担任優男ぶってやがるがいつも肝心なことは話さねえ。正直信用できねえな」
「担任の先生をあまり悪く言うものではありませんよ」
ヒカゲの陰口を言うマードックを窘めるセシリアだったが、マードックの言葉には思い当たる節がある。自分達は有事の際に、王都防衛のための戦力となれるように魔族、魔物と戦えるようにならなくてはならない。だから今回、魔物の巣である「試練の森」に挑む。ここまでは筋が通っている。しかし森では、魔物を討伐するでもなく『ただ3日間生き抜けばいい』ここが引っ掛かる。
セシリアは下を向いて考え込み、2人に話すべきことを頭の中でまとめる。そしてある程度考えがまとまると口を開いた。
「あの、お二人とも少しよろしいですか?」
「お、おう」
「なんですか?」
セシリアのいつも以上に真面目な声色に、アイリスとマードックも佇まいを正す。
「今さらなのですが、お二人はこの学院のことをどう思っていますか?」
「……卒業までにほとんどが死ぬってくだりだよな?」
マードックも日頃から思うところがあるのか、抽象的なセシリアの質問の真意を汲み取る。
「先公共の説明は一応の筋は通ってる……だが違和感つーか、なんだその、上手く言えねえけどよぉ……」
「腑に落ちない点があると?」
「そう! それだ!」
思考の言語化が得意ではないのか、マードックは言葉に詰まるが、セシリアの補足がしっくりきたのか力強く頷く。
「アイリスはどうですか?」
じっとアイリスを見るセシリア。普段から頓珍漢な言動の多いアイリスだが、彼女には人とは違う独特の感性がある。セシリアはそれに期待してアイリスの言葉を待つ。
「う~ん、前にルイス君も言っていたんですが……」
「ルイス? ああ執事の方ね」
この言葉にマードックが噛みついてくる。
「執事だと……? おめぇ、ひょっとして貴族なのか?」
アイリスに鋭い視線を向けるマードック。ミーナ・ランドール、ジョージ・レスリーといった騎士クラスにことごとく喧嘩を吹っ掛けていたが、その明確な敵意はミーナ達が「騎士」や「強い人間」であるからではない。「貴族」だからである。ある理由から、貴族に対して憎悪とも言える敵意を向けるマードック。
アイリスに対して、憎まれ口を叩きながらも仲間として接していた先ほどまでとはうって変わって、憎しみを込めた目を向けるマードック。
「ちっ違いますよ! 私はただのド平民ですよ!」
「ええ、間違いないわ。ごめんなさい。私の言い方が悪かったわ」
「……」
貴族階級だと疑われたが即座に否定するアイリスに、セシリアもフォローを入れる。彼女も以前はアイリスは貴族の出自だと思っていたが、カルナだけでなくマリアやルイスもアイリスの契約精霊だと知り、アイリスの「平民」という言葉を信じた。
マードックも納得はしていないが、ここで争うことは不毛だと理解しており態度を崩す。
「混乱させてごめんなさい。アイリス、話を戻して」
「あ、はい。ルイス君も言ってたんですが、なんと言いますか、学院側は私達のことはどうでもいい……と言うか」
「私達のことはどうでもいい……?」
「だって入学式でいきなり騎士クラスの人が学院長代理にぶっ飛ばされましたし、いきなり交流戦をやって何人も退学させたり、それでいて交流戦は途中で打ち切られてしまいましたよね?」
アイリスの目には、学院側は生徒を蔑ろにしていると映っているようだ。ここ王立魔法魔術学院は国随一の名門校であり、アイリス達はその狭き門を潜り抜けたエリートである。同世代の魔法使いや騎士と比較しても、間違いなく抜きん出た実力を持っている。その優秀な生徒達を蔑ろに扱う学院側にアイリスは疑問を持っていた。
「この試練だって、ただ3日間生き抜けばいいってなんか適当じゃないですか?」
「確かに……そうね。魔族の巣であるこの森では生き残ること自体が困難なのはわかります。ですが例は悪いですが、無様に逃げ回っていても、3日間生きてさえいればよいというのには得心がいきません」
「試練つーからには敵をぶっ倒したり、なんかしらの目的があるのが普通だよな」
再びセシリアは下を向いて思案に耽る。2人の話を聞き考えをまとめていく。セシリアは学院に入学する前は、優秀さ故に独りよがりな考えをすることが多かった。以前の彼女ならアイリス、マードック、アリス等は「問題児」というカテゴリーでくくりそれ以上でも以下でもなかった。しかし学院に来てからは、アイリスやイサミのように考え方は違えどしっかりと自分を持っている人間に出会い、他人を尊重することの重要さに気づいた。
だからこそ、見方によれば生徒を蔑ろに扱う学院に不信感を持ち、学院側の本意とは一体何か日々考えていた。




