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【完結】日曜日のアイリス  作者: 早坂凛
第三章 試練の森〜それぞれが背負うもの〜
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28話 試練

 土砂降りの雨の中、夜明け前の暗闇。深々と生い茂る木々に囲まれる「試練の森」に光はなく、足元もおぼつかない。


「待ちなさい!」


 クラスメイトのセシリア・グリーングラスの声が耳に届く。毒が回り、嘔吐感と目眩で平衡感覚すら怪しくなっていたが、彼女から逃げるように森の中を全速力で駆け抜ける。


「しつこい!」


 私は独り言のように吐き捨てる。


(私はもう……誰とも関わりたくない……)


 悲痛な決意を覗かせ、体に鞭を入れさらに加速する。セシリアを完全に撒いて、より暗い森の最奥に向かう。

 



 時は数日遡る。


「では、テストを返していくよ」


 担任のヒカゲに名前を呼ばれた生徒達に、先日行われたペーパーテストが返却されていく。期待と不安、そして諦めが入り交じった生徒達の表情は、恐らくどこの学院も同じだろう。

 アイリスも他の生徒と同じように答案をヒカゲから受け取る。


「次はもう少し頑張ろうか……」


 本音を隠し建前を話すのは大人の処世術だ。ヒカゲはアイリスに限りなくマイルドな言葉をかけ、ややひきつった笑顔を見せる。アイリスは席に戻り自身の答案の点数を確認する。


「ふっ……まあまあですね……」


 格好つけたように呟くアイリスの頭を、セシリアがスパーンと叩く。


「何がまあまあですか!? 平均点にも遠く及ばないとは何事です!?」


 テスト前アイリスの学力を心配したセシリアは、付きっきりかつ懇切丁寧にアイリスに勉強を教えていた。それがこの様である。

 アイリス・アンフィールド、座学平均36.2点。大体よくて40点台。悪いものは20点台前半の教科もある。


「どうしてなの……もしかして私の教え方が悪かったのかしら……」


 アイリスの惨状に、頭を抱え出すセシリア。クラスメイトと比較してもあまりにもひどい点数だった。

 

 各人平均点

 セシリア 94.8点

 ステラ 58.9点

 フーラ 76.1点

 イサミ 80.5点

 マードック 63.2点

 アリス 87.2(1教科サボり。受けたテストの平均点数は98.1点)


「ご覧なさい! 何であなただけこんな点数になるのですか!?」


 アイリスの両肩を掴み、前後に思い切り揺さ振りながら懸命に訴える。


「セシリアちゃんのお気持ちもわかりますが、人には向き不向きというものがぁ~」


 ガクガクと揺さぶられながらアイリスは弁解する。実際、アイリスは健闘した方だった。元々の座学の平均点は30点程度だった。普通ならそのレベルの学力の者が、名門の魔法魔術学院に来ればさらに平均点を落とす。マリアの対価である3時間の勉強時間があったにせよ、所詮は週1回。それでもアイリスが以前と変わらぬ点数を維持できたのは優等生セシリアの尽力のおかげだった。


「そろそろ皆いいかな?」


 テスト返却を受けてざわついていた教室で、皆の注目を集めるために二度手を叩く。


「さて、まずはテストお疲れ様。再来週からは長期の夏季休暇に入る」


「待ってましたー!」


 アイリスが無邪気にはしゃぐと、クラスメイトからも気の抜けた声が漏れる。テストで張り詰めていた空気が弛緩していく。


「入学直後の交流戦から始まり、日々勉学に加えて魔法の実技。皆本当によくやってくれたね。君達はこの数ヶ月で確実に成長した。担任としても鼻が高いよ」


 生徒達はお互いの顔を見ながら安堵の顔を浮かべる。入学初日に告げられた過酷な真実。いきなり退学者を出すスタートだった学院生活。座学、実技ともに最高難度であったが魔法クラスは交流戦以降、結束して日々の難題を乗り越えてきた。

 いきなり臨んだ交流戦でも重症者こそ出たが全員健在。卒業までの死亡率75%、そんな絶望的な数字も、日々を過ごす中でぼやけていった。しかしぼやけていても()()()()()事実は変わらない。ヒカゲは声のトーンを落として生徒達に告げる。


「さて、君達にもついに『時期』が来た」


 ヒカゲの言葉に、さっきまで弛んでいた空気が一瞬で変わる。生徒達にはこの『時期』というものに心当たりがあった。入学初日に説明された学院のカリキュラム。「有事の際、王都防衛の戦力になれるように魔族と戦う訓練をする」そして学院は「実戦教育」こそが理念である。つまるところ。


「私達……魔族と戦うってことよね……?」


 生徒の1人がぽつりと話す。皆この数ヶ月知っていながらも、考えないようにしていたことだ。入学初日に絶望に近い現実を突き付けられて、次の日には重傷者も出した交流戦を経験した。残った生徒達は生半可な覚悟ではなかったが、それでも日々の平和な学院生活で、その覚悟もどこか弛みつつあった。しかしその絶望を再認識させられる。自分達が身を置いている場所がどういうところなのかを。

 教室が重い沈黙に包まれる。


「話を続けていいかな?」


 ヒカゲが『時期』を詳しく説明していく。


「まず君達は『試練の森』と呼ばれる学院所有の森へ入ってもらう。ここには『魔界の生き物』が生息しているんだ。」


 「魔界の生き物」この言葉に生徒達は息を飲む。ヒカゲは少し冷たい目で生徒を見る。


「この森は特殊でね。学院と同じように結界で覆われているんだ。だから普段魔族が森から出ることはない。言い換えれば森に入ってしまえば()()()()()()()()()()()


 (まさか……)


 アイリスが思ったことを、生徒全員が思っただろう。そしてヒカゲはそれを的確に言葉にする。


「君達にはこの『試練の森』で、3日間過ごしてもらう。」


 結界で逃げ場のない魔族の巣で3日間。腹を空かせたヒグマの檻に幼子を放り投げるような行いは、もはや自殺行為である。


「3日も……」


 生徒達の顔は恐怖に包まれている。魔族の恐ろしさは皆わかっているのだろう。直接襲われた者はいなくとも、新聞の記事や書物で、魔族がどれだけ危険な生き物か知らない者はいなかった。剣や魔法が使える者のいない集落に、魔族が侵入して30人を惨殺。そんなニュースはよく目にする。また魔族の数や強さ次第では、王国騎士団の熟練の戦士でも殺されることは決して珍しくない。

 選りすぐりのエリートと言えど、所詮は学生に過ぎないアイリス達にはあまりにも荷が重い。


「自信のない者はこの試練を棄権してくれて構わないよ。ただそれは学院を去ってもらうことになるけどね」


 最低限の救済措置は用意されているが、それは救済措置と言うより生徒達の判断力を問うものだった。


()()()()()()()今日中にこの用紙を提出してほしい」


 同意書のような用紙を渡される。自分の力量を弁えて、試練に挑むか否かを決めるためだ。熟考する時間を与えられないのは、即時性を鍛える一環だろうか。

 アイリスは用紙を配られると、尻込むクラスメイトをよそに即座に参加に丸をつけ、署名をしてヒカゲに渡す。


「実戦こそ私の見せ場ですからね!」


 いつもの能天気全開で腰に手を当て胸を張る。魔族への恐怖はなく即断即決であった。するとアリスも用紙を提出する。


「魔族か魔物か知らないけど、全部やっつけちゃえばあとはキャンプみたいなものでしょ?」


 アリスも、自分が殺されるなどとは微塵も思わぬ大胆不敵な発言だった。この二人に触発されたのか、クラスメイト達は次々に参加に丸をつけ、署名を行い用紙を提出する。


「魔法クラス27名。全員参加でいいね?」


 提出された用紙を揃え生徒達に尋ねる。生徒達の表情は、各々違っていたが皆力強く頷く。ヒカゲは少し呆れたように、しかしどこか嬉しそうに笑った。


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