23話 戦いの幕間
ヒカゲの声に歓喜に沸く魔法クラス。普段ならば胸を張りこれでもかとドヤッてみせるアイリスだが、さすがにダメージが大きいこととジョージとアルバーナの一件があり声を大にして喜ぶことができない。
「お友達……」
カルナは瀕死のアルバーナに縋り泣くジョージを見る。カツカツとヒールを鳴らし2人のもとへ歩いていく。
「邪魔なの」
カルナはジョージの肩を掴む。突然のことに、無抵抗なジョージはカルナの細腕に簡単に突き飛ばされ尻餅をつく。そしてカルナはもう動くことすらできないアルバーナの巨体に手を添える。
「癒しの灯火」
カルナの魔法で一瞬でアルバーナは炎に包まれる。
「おい! やめろ!!」
瀕死のアルバーナへの追い打ちをかける行いに、ジョージはカルナに掴みかかる。カルナは足下のふらつくジョージをかわすことなく後ろ回し蹴りを叩き込む。
「黙ってみてろ、人間」
疲弊しきったジョージはカルナの一撃に無様に転がり呻き声をあげる。今の状態では体術ですらカルナに敵わない。
「ア、アルバーナぁ……」
ジョージの諦観したような声に死に体だったアルバーナがゆっくりと首を持ち上げる。カルナの炎に包まれダメージを負うどころか少しずつ回復しているようだった。
「グルル……」
鳴き声をあげてジョージの声に応えようとするアルバーナ。さらに首を持ち上げジョージを見る。
「まだ動いてはだめ。私は癒しは苦手だから時間がかかるの……」
その声にジョージが反応する。恐る恐るカルナに話しかける。
「癒し? ま、まさか治してくれているのか……?」
ジョージの問いかけに、カルナは一瞬だけ視線をジョージにやりすぐに振り返る。カルナは少し考え込むように下を向き返事をする。
「人間は嫌い。特に対価もろくに払わないお前のような人間は大嫌いなの……でも主人のために必死に戦ったアルバーナのことは嫌いじゃないの。だから治すの」
「アイリスの敵」は容赦なく叩きのめす。しかしカルナは主人の為に必死に戦った炎竜に、何か同情に近い感情を持っているようだ。決して得意ではない治癒魔法を使いアルバーナを回復させていく。
アイリスの言った「カルナちゃんは優しい」とはこういうところなのかもしれない。
「これで動けるようになったはず……」
アルバーナを包む炎を消すカルナ。アルバーナは自分を治療してくれたことがわかるのか、カルナに向かって頭をすり寄せる。自分に瀕死の傷を負わせた相手でも恩義は感じているらしい。
「見た目の傷は塞がっているけど完全に治るにはしばらくかかるからゆっくり休ませて」
ジョージに向かい平坦に言うカルナ。まだジョージに対しては敵意のような感情があるようだ。彼を見る目は鋭かった。ジョージは魔法陣を展開してアルバーナを棲みかへと帰す。
「お前が完全に良くなったらまた一緒に空を飛ぼう」
その言葉にアルバーナは天高く雄叫びをあげて魔法陣の中へ消えていった。
「どうやらカルナがうまくやったようですね……」
観客席で身を潜めながら戦況を見守っていたマリア。どうやら心配の種はカルナだったらしい。
(カルナは実力はありますが精神的に不安定ですからね。今日は悪い方へ出なかったみたいで何よりでしたね)
アイリスが危なくなればカルナが出てくることはわかっていた。もちろん上級精霊であるカルナにジョージやアルバーナが敵うはずもない。マリアが想定した「悪い方へ」とはカルナがジョージやアルバーナを殺してしまうことだった。実際カルナはアイリスが止めるまではジョージとアルバーナを殺そうとしていた。
ルール上は相手を殺してしまってもペナルティはない。しかしアイリスの心には「同級生を殺してしまった」という心の傷が残る。さらに周りからも「同級生を殺した人間」として扱われてしまう。マリアはそれを危惧していた。
「いやぁ~楽しんでいるかなぁ~」
マリアの真後ろから誰もいないはずの闘技場観客席に間延びした声が響く。マリアは本能的に柱の影に身を隠す。
(馬鹿な……私が全く気が付かないなんて……)
上級精霊であり実力で言えば生徒はもちろん強者揃いの学院の教師陣にも劣らない自分があっさり後ろをとられた。その事実にマリアはひどく動揺した。
「別に取って食おうというつもりはないよ? とりあえず姿を見せてはどうかな?」
咄嗟に柱の影に隠れたものの元々後ろを取られた時点で姿を隠す意味はほとんどない。下手に抵抗するより相手の出方を窺った方がいい。そう判断してマリアは柱の影から姿を現してフードも外す。
「ほお、完全人型の上級精霊とは珍しい」
声の主は王立魔法魔術学院の学院長代理シャルロット・シルバリアだった。まだ幼い容姿の彼女だがマリアを見る目は追い詰めた獲物を見るようだった。
「なぜ気づいたのです?」
マリアはアイリスの契約精霊だが今日は契約外。アイリスに見つからないようにこっそりと学院へ不法侵入している。当然、アイリス以外の人間にも見つからないように気を配っての侵入だった。自分自身に結界を張り、姿を眩ます魔法と加えて魔力の残り香なども残していない。普通なら見つかるはずがなかった。
「ふふふ……生徒の安全を守るのも我々の仕事だからねぇ。セキュリティには気を配っているのだよ。」
空に展開した大結界。さらに地上には門兵と配備している学院の警備は万全だった。ただマリアはその程度は簡単に突破している。シャルロットの言うセキュリティとは、もっと別次元のものだった。それは何かという問いだったがシャルロットは答えるつもりはなくのらりくらりとかわす。
「まあ君は関係者のようだから不法侵入の件は不問にしよう」
「私が何者かわかっているのですか……」
並みの人間であればマリアが精霊であることにすら気づかない。カルナを精霊と知り驚いていた生徒達がよい例だ。
「ん~? 君はあそこで暴れていた娘のお仲間だろう?」
カルナのことだ。シャルロットはマリアがアイリスの契約精霊であることまで見抜いていた。シャルロットは不敵な笑みを浮かべマリアを見る。
「知らないとでも思ったかなぁ? 君はあのアイリス・アンフィールドの契約精霊だろう?」
マリアの表情が僅かに曇る。
(どこまで知っている……)
敵意を剥き出しにするマリアに対してはシャルロットは変わらず笑みを浮かべたまま言う。
「彼女はアンフィールド社の遺物にして大天使の忘れ形見だ 」




