214話 最終局面へ
「色々と辛かっただろう……」
優しさと悲しさの入り混じった目でイレイナを見る。
「いや……あの」
「こい」
ジーナはイレイナをその胸に抱き寄せる。
「あの……わ、私はもうそんな歳じゃ……」
イレイナは恥ずかしさもあり、少し間抵抗を見せるが次第に大人しくなり母の胸に収まる。
「あの……」
「いいから」
ジーナはぶっきらぼうに言うと、器用に片手で煙草に火をつける。
ホムンクルスとはいえ体温はある。母の温かさと懐かしい煙草の匂い。イレイナの目からは自然と涙が流れ始めた。
「う……ぐ……」
その涙はまるで、長年の苦労でできた、目の隈を洗い流しているみたいだった。しかし、そんな親子の時間はすぐに終わる。
「お取り込み中、失礼するよ」
「ヒカゲか?」
闇使いヒカゲは地中からヌルりと姿を現す。警戒するイレイナに、ジーナが仕草で仲間だと伝える。
「どうやら騎士団本部の戦況が怪しいらしい。学院長代理が呼んでいる。フランベル、君も来てくれ」
学院の中庭には、シャルロットの他に主だった者達が集合していた。
「集まったようだね。ではあちらの戦況を伝えよう」
シャルロットは魔術で王都側の情報を掴んでいるようだ。
「まず残念だが、我がアイギス8番隊は壊滅状態のようだ」
「あの……」
「うん?」
騎士団からの増援、ランドール小隊のフラーが恐る恐る質問する。
「それは騎士団と戦闘があったということでしょうか?」
「いや、アイギスと騎士団は剣を交えてはいない。損害は全て魔族との交戦によるものだ」
「魔族と……」
「うむ。王都に数箇所出現した魔族の大軍を、席官率いる各部隊が迎撃した。この戦闘で、我が8番隊は大打撃を負ったようだね。4席のブラッド率いる部隊が最も被害が酷く、全滅も有り得る事態だったが、騎士団大将の援護により無事に敵を撃退した」
「騎士団大将……クレア様が!?」
イレイナはクレアの参戦を知り、驚きを隠せなかった。
「イレイナお前、クレアを知っているのか?」
ジーナは旧友クレアのことを尋ねる。
「知っているも何も、私の直属の上官です……え? クレア様をご存知なのですか?」
ジーナとクレアの関係を知らないイレイナは質問に質問で返す。
「旧友……いや悪友だな……」
ジーナは嬉しそうに笑う。全てを理解したようだ。
「あ〜話を続けていいかな?」
「失礼した」
「魔族掃討後は騎士団団員の協力もあり、王都に被害はほとんどない。ただ騎士団本部でマスター……8番隊隊長、以下数名が敵と交戦中だ。ただちに援軍を送る必要がある」
「敵は騎士団元帥かな?」
ヒカゲの問いにシャルロットは険しい顔をする。
「いや、敵は人間ではない」
「まさか魔族? いやしかし彼女に倒せない魔族なんか……」
「敵は精霊だよ」
「「「「……っ!?」」」」
その場にいた全員が理解できなかった。
「ちょっと待ってくれ! 元帥は!? 騎士団元帥は何をしているんだ!? 本部に全員いるはずだ!」
イレイナは大声を出す。大将であるクレアが戦いに加わっている以上は、最高戦力である元帥も参戦していなければおかしいからだ。
「あー……私もにわかには信じられないのだが……」
シャルロットは珍しく歯切れが悪かった。
「その元帥がどうやら精霊だったようだ」
「意味がわからん……どういうことだ?」
「精霊……それも上級精霊を遥かに凌ぐようだが、その精霊が元帥、つまり人間に擬態していたようだ」
その場にいた者達は絶句する。特に騎士団の人間はかなり混乱している。
「向こうの状況は以上だ。それで学院にある魔力兵器をあちらに送りたい。君達にはその手助けをしてほしい」
「具体的には何を?」
ヒカゲがいち早く状況を飲み込む。
「まずこちら側で魔力を使い、転送魔術を発動させる者だ。魔力が強い者が数人はほしい」
シャルロットは結界維持で魔力を消耗しているので除外された。さらにアリューシアとマハードも重症のため外された。また生徒ではアリスがずば抜けて魔力が高かったが魔力切れを起こしているため見送られた。そのため選ばれたのはまず、ホムンクルスのヒカゲとジーナ、そしてエヴァンレッジ学生隊の部隊長、さらに学院教師のモリーだ。
「うむ。起動にはかなり魔力を使うが、人数が多ければいいというものではないからねぇ」
そしてパンドラと共に現地に乗り込む人員は、戦闘力の高いセシリアと騎士団に顔が利くイレイナが選ばれた。
「まあこんなところだろう。では――」
「待ってくれ!」
腕を押さえながら現れたのはリオンだった。腕に巻かれた包帯からは赤い血が滲んでいる。
「何かな?」
「王都へ向かう人員に、私も加えていただきたい」
「ふ、む。しかしだねぇ……君は戦いで疲弊して、軽くはない怪我もしている。無理についていっても何もできまい」
全快のリオンならば戦力になるが、今の彼女は手負いの上、魔力も消費している。シャルロットの中で彼女は負傷者の扱いだった。
「此度の騒動……全ての元凶はジェノス・ランドール。父親のせいであると聞き及んでいます」
「こいつランドールの娘なのか?」
「ええ……」
ジーナはジェノスの娘であるリオンを興味深く見る。
「同じランドール家の人間として、何より娘として、私は始末をつけねばなりません。どうか同行させて下さい」
リオンはシャルロットに深々と頭を下げる。
「うぅ〜む……」
人間の感情に疎いシャルロットは難色を示す。しかし――――
「わかりました。一緒に参りましょう。ですが――――」
修羅場に飛び込む以上、命の保証ないとセシリアは目で訴える。リオンもセシリアの目線に、力強く頷く。
戦いの最終局面が始まった。




