213話 真の姿
アイリスの表情を見て、ルギアは無意識に半歩後退る。
(落ち着け。別に奴らの戦闘力が上がったわけではない。冷静に対処すれば問題ない……)
冷静に戦況を分析して落ち着きを取り戻そうとするルギアだったが、さらに不測の事態が起こる。
「があっ!?」
プロミネンスが魔法で吹き飛ばされ、壁に盛り込む。
「お、の……れ」
悪態をつこうとするプロミネンスに、シャロンからさらに追撃の魔法が飛んでくる。
「プロミネンスっ!?」
「ぐおおおっ!!?」
非情、そう思える程に最上級魔法が連続してプロミネンスを襲う。
「人間ごときに……この私が……」
シャロンが放つ禍々しいオーラに、味方であるはずのルイス達も血の気が引く思いだった。
「と、とんでもない魔力なの……」
「あれが『大魔導』の真の力ですか……」
直接対峙したことのある精霊達は悟る。あの時の彼女は実力の一端しか見せていなかったと。
(不味い……まさか我々の力を上回る人間が存在していたなんて……)
ルギアはプロミネンスのもとに駆け寄る。
「大丈夫か? プロミネンス」
「ふ、ふはははは……」
プロミネンスは気が触れてしまったのか高笑いをあげる。
「プロミネンス……?」
「やはり我等は正しかった。この数十年の間に、人間達は飛躍的に力をつけてきた。神である我等に手が届く程に」
プロミネンスは真っ直ぐにシャロンを見る。その瞳に怒りはなく、理知的な色が浮かんでいた。
「故に、我等はお前達を野放しにはしておけん」
「それはこちらも同じです。人間界を陥れようとしている貴女方を放置しておくわけにはいきません」
「なら戦うしかあるまい。徹底的にな」
その瞬間、城内に地響きが起こる。
「地震っ!?」
「いや、違う! これは―――」
怪物のような鳴き声と共に城全体が揺れる。まるで砲撃されているような揺れ方だ。
「よぉ〜くぅ〜もぉ〜!」
グリーンベルを城外へ落とした穴から巨大な双眸が覗く。巨大な生き物は壁をぶち破り、室内に舞い戻ってきた。
「ド、ドラゴン……?」
「いや、まさか……」
緑色の東洋龍のような生き物が、とぐろを巻きながら城内に出現する。手はあるが、足は生えておらず一見するとドラゴンに見える。
「グリーンベルめ。やっとその気になったか」
東洋龍の正体はグリーンベルだった。人間容姿から本来の姿へ戻る。纏っている魔力も人間容姿のときの比ではない。
「貴様達は強い。その強さに敬意を表し、我等の真の姿を見せてやろう」
プロミネンスとルギアもそれぞれ炎と水に包まれ容姿を変えていく。
プロミネンスは歩行タイプの炎龍へ、ルギアは青白い体毛を持つ鳥類へと姿を変える。ふたり共、グリーンベル同様に大きく魔力がアップしている。
「さあ、人間共。第二幕を始めようか」
王立魔法魔術学院。
「副総督。魔族の討伐、完了致しました!」
「ご苦労様でした。学生隊には十分な休養を与えて下さい」
「はっ!」
エヴァンレッジ学生隊の尽力により、学院を襲撃してきた魔族は殲滅することができた。
「それで? これからどうするのよ?」
アリスがセシリアに意見を求める。
「そうですね。こちらの危機は去りましたから、とりあえず学院長代理に状況を確認しましょうか。こちら側の被害も把握しておきたいですし……」
「セシリア・グリーングラス!」
シャルロットがすっ転ぶような勢いで現れる。
「すぐに私と一緒に来たまえ!」
セシリアはシャルロットの後ろについていく。少し校舎に入ったところで、ふたりは立ち止まる。
「一体何事ですか?」
「私もよくはわからない。ただマスターからパンドラを送れと連絡があった」
シャルロットとシャロンは魔術を介して、何らかの連絡を取れるようだ。
「あの兵器ですか……」
かつてアイリスへの使用を検討されていた魔力兵器だ。
「恐らくはかなり苦戦されておられるのだろう。一刻も早くパンドラを届けなければ」
「届けるといってもどうやって?」
「空間転移魔術だ。術式も予め組んである」
「さすが用意周到ですね」
「だが魔術を発動させるだけの魔力が足りない。この戦いで想定外に疲弊してしまったからね」
「なるほど。代わりに私がこれを先生の所へ転移させればいいんですね」
「いや、君にはパンドラごと現地に飛んでほしい。こちらは片付いたからね。あちらにできるだけ戦力を送りたいのだよ。もちろんこちら側に私の代わりに魔力を供給する人間は必要だが……」
シャロンの危機に、珍しくシャルロットから焦りの色が見える。
「状況はわかりました。とにかく人を集めましょう」
一方、学院西門では負傷者の回収が行われていた。
「イレイナ、後は任せろ」
「あ、ああ悪い……」
イレイナはゆっくりとある人物のもとへ歩く。
「ふー」
純白の鎧を纏ったジーナは、殺した魔族に腰掛け、勝利の一服をする。
「あの……」
イレイナの声でジーナはゆっくりと振り返る。
「でかくなったなイレイナ」
優しげな目でイレイナを見る。イレイナのよく知っている母の目だった。
「本当に……」
死んだはずの母親の存在が信じられなかったイレイナは目を見開いた。反対にジーナは少し寂しげな顔をした。
「実は生きてました、生き返りました、なんて訳じゃない。私はきっちり死人だよ。この体はホムンクルスだ」
「ホムンクルス……」
「まあゾンビみたいな物だ。体は造り物だ」
そう言ってジーナは手をぷらぷらと揺らす。
「そう……なんですね……」
死んだはずの母と、こうして言葉を交わせている。だが、母は自分は死人だと言う。だからなのか、ジーナはイレイナと積極的に言葉を交わそうとはしない。しかしイレイナには母に伝えたいことが山のようにあった。
「あの、私も騎士団に入ったんです。今、少佐なんですよ……」
遠慮気味に階級章を見せる。
「そうか。立派なもんだ」
「妹達も元気です。マリーは魔法学校に入って――――」
イレイナは無心で母に語りかける。ジーナはそんなイレイナの頭をポンと撫でた。
「イレイナ……苦労をかけたな」
「え?」
「私が死んだときは、まだお前も子供だったろうに」
ジーナはイレイナの若くして「少佐」という階級、そして目元にある隈を見て、自分が死んでからの娘の苦労を察する。




