210話 もう一方の正義
「手を組む?」
「その通りだ。お前は、追放されたとはいえ姫の子だからな」
「どの口が言っているのですか!?」
ジェノスを唆しリリィを殺害させた張本人が、今度は娘のアイリスと手を組むと言い出す。あまりに身勝手な発言にマリアは怒りが抑えられなかった。
「月の魔法! ――――うぐっ!?」
「マリア!!」
「邪魔をするな上級精霊。今は姫の子と話しているのだ」
「う……ぐ……」
プロミネンスは片手でマリアの首を掴み宙吊りにする。
「マリアを離しやがれですよ!!」
「おっと」
プロミネンスはマリアを開放し、アイリスの拳を避ける。
「マリア!? 大丈夫ですか?」
「ゴホッゴホッ……申し訳ありませんお嬢様」
プロミネンスはふたりと少し距離を取り、そしてアイリスを注意深く観察しながら話し始める。
「姫の子……アイリスと言ったな?」
「ええ」
「もう一度言おう。我等と手を組まないか?」
「私も一緒に人間界を潰せと?」
「簡単に言うとな。だが勘違いするな、別に人間を全滅させようと言うわけではない」
「?」
「我等は人間に扮し、長く人間界を見てきた。そして学んだのだ。人間も様々だとな。全てが我等精霊に仇なす存在ではない」
「滅ぼすのは悪い人だけだと?」
「正しくは我等に仇なす人間共だな。まずは人間共に内戦を起こさせ、数を減らす。そして我等の力で人間界を蹂躙する。蹂躙と言っても無差別ではない。我等に歯向かう阿呆共だけだ。そして我等に友好的な者、従順な者は生かす」
当初、プロミネンス達は裏切り者のリリィを始末した後は、人間界で内戦を起こした後、人間界を殲滅する予定だった。しかし長く人間界で生活する内に考えを改めたようだ。
「そして我等精霊は人間共の上に立つ。これこそが我等の最たる目的だ」
「精霊が人間の上に立つ……」
「そうだ。人間と契約を結ぶ我等は、本来なら人間と対等な関係だ。しかし人間は精霊を自身の所有物、道具として扱うようになった。中には兵器に近い扱いを受けた精霊もいる。だから我等は教えてやらねばならない。精霊こそ人間を使役する存在だとな」
「……」
アイリスはユグドラシルの話で精霊をそういう使い方をする人間がいると知った。だが、精霊の立場になってそうしたことを考えたことはなかった。
「そこまでですよ」
話を遮るようにシャロンが現れる。
「ジェノス・ランドールの記憶を見て全てわかりました。リリィ・アンフィールド、ジーク・アンフィールド、そして王国騎士団上層部による謀反。全て貴女方の仕業だと」
「コソコソ何かしていると思っていたが、記憶を覗いていたのか」
「ええ。無論、目的を知ったからには見逃すわけにはいきません」
「まあ、人間の立場からすればそうなるだろうな」
プロミネンスは冷ややかな目でシャロンを見る。アイリスとは違い、シャロンからは理解を得ようとは思っていないらしい。
「アイリスさん。下がっていて下さい。彼女は私がやります」
「言葉には気をつけろよ人間。まるで貴様ごときが私をどうにかできるように聞こえるぞ」
「さあ、どうでしょうか」
杖を取り出し、シャロンは薄く笑う。間髪入れず両者共に強力魔法を放つ。
「お嬢様! ここはあの方に任せて我々はルイス達の援護に!」
「ええ!」
残るふたりの四大精霊も一方的な展開を繰り広げていた。ユグドラシルは、水を司るルギアが。ルイスやカルナ達は、風を司るグリーンベルがそれぞれ相対していた。
「ユグドラシル……核がなければこんなもの?」
「くっ……主等……力をつけたな」
「確かに私達は強くなった。でもそれ以上にお前が弱くなった」
ルギアは抑揚のない声で、そう言い放ち、追い打ちをかける。ユグドラシルは完全に防戦一方となってしまう。しかし、ルイス達はさらに戦況が悪かった。
「そお〜れぇ〜」
グリーンベルは手が隠れた長い袖を振り、トルネードを発生させる。細く強力なトルネードは壁や床に簡単に穴を空ける。
(クソ……間抜けそうな面とは反対に、なんと暴力的な魔法だ。あれでは近づけん……)
「配合魔法 幽鬼の奏鳴曲」
死角からカルナの反撃。
「う〜わぁ〜くるな〜」
グリーンベルは強力な突風を発生させ、カルナの魔法を跳ね返す。
「冗談なのっ!?」
跳ね返された魔法を転げ回るように回避する。鉄よりも硬いルイスの樹木魔法に穴を開け、カルナの強力魔法を跳ね返す。言ってしまえばたかが「風」だ。しかしその最もシンプルな物理攻撃に上級精霊は手も足も出ない。
「こぉれが神のちから〜 んん?」
エレノラの結界魔法でグリーンベルを囲む。
「なぁんだぁ〜これぇ〜?」
「今だ! 足元の魔法陣に!」
「配合魔法 灼熱の闇光線!」
「呼応する種」
魔法陣へ放った魔法は、グリーンベルがいる結界の中へ繋がっていた。逃げ場のないグリーンベルに攻撃は直撃する。
「カルナふたり分の威力だ。ただでは済まないだろう」
「出てきたらとどめを刺すの」
「さすがにこの程度じゃ死なないだろうしね」
煙が晴れると、繭のようにグリーンベルの周りを可視化できる風が舞っていた。
「ちょぉ〜と痛かったぁ〜」
ダメージはあるようだが、想定していた程の傷は与えることはできなかったようだ。
「冗談だろう……」
エレノラの発言が3人の総意だった。
「今度はぁ〜こちらからいくよぉ〜」
グリーンベルがルイス達に襲いかかる。そんな3人を瓦礫に隠れて見守っている精霊がいた。
「う……うえ……」
半べそをかきながら戦況を見つめるのは水曜日の精霊ベルだった。




