209話 解術
その後、プロミネンス達は持ち帰ったジークの血肉を媒体にホムンクルス、ジークフリードを造る。剣聖ジークを彷彿とさせる圧倒的な剣術に、創造主や騎士団に対する絶対的な忠誠心を備えた青年は、まさにジェノスが求めていた存在そのものだった。
ジークフリードを得たことで、ジェノスは心の平静を取り戻した。
(随分と遠回りしたが、我等のもうひとつの使命を果たすとしよう)
ジークフリードという懐刀を手に入れたジェノスは、資金難を解決するために、上級貴族のコネクションを活かし外交活動に精を出す。ジリ貧からの状況から脱却するも、それ以上のスピードでアイギスは成長を続け、ついに騎士団本部のある王都にまでアイギスの駐屯を許す事態になる。
こうなるとジェノスを再び唆し、アイギスをターゲットにすることは容易かった。プロミネンス達は一部配下にした魔族達をジェノスに与え、人間同士の戦争を始めさせた。そして人間同士が潰し合い、疲弊した頃合いで魔族より先に人間界を食らい尽くす。これが彼女達の狙いだった。
(なるほど……全ては手のひらで転がされていたと……)
シャロンは記憶の捜索を終えて、意識が現実世界に浮上する。体感では何日も記憶に漬かっていたが、実際は1分も経過していなかった。
「満足したか?」
シャロンの意識が現実に戻ったと気づき、怨めしそうな視線をよこす。
「やはり相当な精神汚染を受けているようですね」
「精神汚染?」
「ええ。もう何が自分の意思で、何が影響を受けたものか区別できないほどに」
「そうか」
「自覚はあるみたいですね」
「もうずっと、凝り固まった何かに縋り付きながら生きてきた。そんな感覚はあった」
「…………」
シャロンはある提案を思いついたが口にはしなかった。それはあまりに残酷な仕打ちに思えたからだ。
「君なら……」
「はい?」
「大魔導と呼ばれる君ならば、奴らが施した洗脳とやらを解くことができるんじゃないか?」
「それは……」
シャロンが口を噤んだことを、ジェノスは自分から口にした。
「結論から言うと可能です。ですがあまりお勧めは致しません」
シャロンは記憶の捜索でジェノスの半生を見てきた。本来の彼は、青いほどの正義感を持つ好青年だ。悪を憎み正義を愛する、まさに騎士の手本に相応しい人物だった。シャロンはそれ故に、正気に戻れば自責の念で精神が持たないと考えた。
「構わない。やってくれ」
ジェノスは真っ直ぐシャロンを見た。彼なりの覚悟があるようだ。
「本当によろしいのですか?」
「ああ。ジークフリード」
「はっ」
「私が正気を失い、使い物にならないと判断したそのときは迷わず私を殺せ」
「そ、それは……」
ホムンクルスは本来なら命令に絶対服従だが、ジークフリードは迷いを見せる。
「やってくれ」
「わかりました。では――精神の分離」
シャロンは手のひらをジェノスにかざす。そして眩い光に包まれる。
「お、お、おおおお――――!!」
脳にかなりの負担がかかっているのか、ジェノスは苦悶しながら声を上げる。
「あ、おあああぁ………」
洗脳の解術が終わり、光が収束していく。
「う……」
ジェノスが虚ろな目でシャロンを見る。
「……」
「ランドール元帥!」
「ジークフリード……私は……」
ハッとした表情をしたジェノスはみるみる内に苦虫をすり潰したような顔になる。そして両手で自分の顔を覆う。水が砂に染み込むように、過去の記憶が正常になった脳内に流れ込んでくる。
「今の貴方の心中は察するに余りありますが、今は戦いの最中です。私は行きます」
正気に戻り罪悪感に打ち震えるジェノスだが、いつまでも彼に構ってはいられない。アイリス達を援護すべくシャロンは戦線に復帰する。
戦いはアイリス達が遊ばれている状況だった。
「どうした! 精霊の王の力はこんなものか!」
覚醒状態である青の魔力を纏うアイリスだったが、プロミネンスの力には遠く及ばなかった。
「むっきゃ〜!! なんで当たらないんですか!!」
既に上級精霊のマリアやルイスと同等の力を持つアイリスだったが、上級精霊のさらに上に立つプロミネンスには子供と戯れているような感覚だった。
(リリィの子供がどんなものかと思ってみれば、ただの砂利ではないか。所詮人間の血が入った出来損ないか。しかしまあ……)
「どっせい!」
アイリスが魔力を込めた拳でプロミネンスに殴りかかる。しかし簡単に攻撃は受け止められる。
「うぐぐ……」
「お嬢様!!」
「動くな!!」
プロミネンスはアイリスを羽交い締めにして、マリア達を牽制する。
「う、ぬぬ〜!! およっ!?」
プロミネンスはアイリスを開放する。
「えっと……アレ?」
プロミネンスを見るも反撃してくる様子はない。
「もう止めにしないか。姫よ」
「はい?」
「姫も、姫に付き従う者も皆精霊だ。我等が争う道理はない」
「仕掛けてきたのはそちらでしょう!」
「はっはっは。その通りだな」
マリアの追求も笑顔で躱す。
「ユグドラシルやあの黒髪を痛めつけたことは謝罪しよう。我等も実力を見せつける必要があったのでな」
「何が言いたいのですか?」
マリアがアイリスを庇うように前に立つ。プロミネンスは不敵に笑う。そして――――
「我等と手を組もうではないか」




