20話 アイリスVSジョージ
舞台には既にジョージが腕を組みアイリスを待ち構えていた。昼食休憩を挟んでいたが、ジョージの怒りは収まっていないらしい。鋭い眼光でアイリスを睨み付けている。
「ちっ……あの女じゃなかったか。まぁいい、魔法クラスの人間なら遠慮なく潰せる」
イサミに対する怒りは、ひいては魔法クラス全体への嫌悪に繋がったらしい。ことの騒動には関係ないアイリスにも容赦はしないようだ。
「それでははじめ!」
「お、お手柔らかにお願いしますね……?」
「ああ、消し炭にしてやるよ! アルバーナ!」
フーラ戦と同じように炎竜のアルバーナを召喚する。そして前回同様に魔法で肥大化させる。さすがのアイリスもアルバーナ相手は為す術がないのか、箒に乗りアルバーナから逃げ回る。
そんな戦況を観客席支柱の影からこっそりと眺めている精霊がいた。
「少々過保護なような気もしますが……」
伝統的なメイド服に身を包み、身バレを防ぐためかフードつきのローブを被っている。彼女の名はマリア・ヴァレンタイン。アイリスと契約を交わしている上級精霊である。契約日は月曜日であるため、火曜日である本日は契約外である。
そのためアイリスは介さずに、自身の魔力のみで人間界に召喚している。背中には魔力供給装置であるゲインが背負われており魔力はここから供給されているようだ。
(新入生にお嬢様がやられるようなことはないと思いますが、今日はあの娘ですからね)
マリアがわざわざ契約日外に姿を現した理由は火曜日の精霊カルナである。精霊術師は本来、召喚した精霊を主軸に戦略を展開する。しかしカルナは姿を見せることなく戦いはアイリスが孤軍奮闘している。
朝アイリスを起こしてからアイリスと同化してそれ以来は声ひとつ上げていない。戦闘には不向きな精霊なのだろうかアイリスもカルナを呼び出すようなことはしない。
(それにしてもあの少年やりますね……)
冷静に戦局を見つめるマリアはアイリスではなくジョージを称賛する。
(あの歳で炎竜を完璧に支配下におくとは。本来炎竜は気性が荒く、人間にはなかなか従わない品種なんですが……あの個体も既に中級精霊クラスの力はありますね。今日のお嬢様には少々荷が重いかもしれません)
アルバーナを使いこなせていないとはいえ想定外の同級生の強さに不安を覚えるマリア。実際戦局は徐々にアイリス不利に進んでいく。
「アルバーナ!!」
ジョージの言葉でアルバーナは火炎放射を放つ。アイリスは風の魔法で箒を操り紙一重でかわしていく。避けきれない場合は水の魔法で盾を作り炎を防いでいる。アルバーナのテールアタックもうまくかわしていくが、いかんせん防戦一方でジョージへの反撃ができていない。
またジョージ自身が放つ魔法はさすがに防ぎきれず段々とダメージが蓄積していく。
「ぬぐぐ……さすがに今日は体が重いですね……」
アイリスはどうやら本調子ではないらしい。昨日マリアが多重召喚をした時のような負担が今のアイリスにはかかっている。
それでも尚、竜騎士のジョージ相手に善戦しているアイリスにクラスメイトからは応援の声が飛び交う。
「アイリスさん頑張れーー!!」
「騎士クラスに負けるなーー!!」
敗れていった女子生徒から騎士クラスに一矢報いてほしいと感情的な声援が飛ぶ。
「右だ! 右に避けろ!」
「雷がきます! 気をつけて!」
数少ない男子生徒は戦局を見ながら的確にアイリスにアドバイスをする。言葉は違えど、皆アイリスのために声を送っている。
「アイリス頑張って!!!」
そして柄にもなく一際大きな声を出すセシリア。普段物静かな彼女からの精一杯の激励だ。
そんなクラスメイト達の声はアイリスに届いていた。
「クラスメイトの皆さんのご期待に応えて、天才アイリスちゃんやっちゃいますよーー!!」
地面スレスレの高速飛行から急旋回、急上昇する。素早い動きにアルバーナはアイリスを見失う。そしてそのままアルバーナの背中にいるジョージの眼前まで上昇する。
「くらえ! マリア直伝、水球弾!!」
そういうと人間大の大きな水球が激しく回転しながらジョージを襲う。魔法の名前は正しくは「水陣球」入学前の魔法合戦でマリアが見せた水属性の防衛魔法だ。
(違う。用途が違う……)
アイリスの声が届いたのか、観客席の片隅から戦局を見つめていたマリアが心の中でツッコミを入れる。
「こんなもの!」
ジョージは長剣で水球をあっさりと真っ二つにする。しかしその隙にアイリスはジョージの真上から雷の魔法を放つ。
「サンダーボルト!!」
セシリアと違い、詠唱もなく放たれた雷魔法だが威力は十分のようだ。
「ギシャアアアーー!!!」
ジョージの足場になっていたアルバーナにも通電したのか、断末魔のような叫び声を上げる。倒れこそしないもののフラフラと千鳥足になるアルバーナ。
アイリスは勝利を確信してクラスメイトの方向に振り返り、笑顔でVサインをした瞬間だった。
「危ない!!」
「はい?」
一瞬の出来事だった。アルバーナの全身を捻った高速のテールアタックが油断したアイリスを直撃。アイリスは箒もろとも舞台に叩きつけられる。意識は失っていないもののダメージは深刻だった。
「あぐっ……ぅぅ……」
苦悶の表情のアイリス。なんとか体を起こすも、どこかを痛めたのか立ち上がることができない。
「これは……ちょっと……まずいですね……」
息も絶え絶え、自分の体の様子を確かめて呟く。骨折などはなさそうだが、もはや戦闘が行える状態ではなかった。
「グルルルル……」
雷の魔法によりダメージをもらい、理性を失い狂気に満ちた目でアイリスを睨むアルバーナ。口を開き火炎放射を放とうとした瞬間。
「待て! アルバーナ!」
アイリス同様大きなダメージを負ったジョージがアルバーナを制止する。マントは焼け焦げ、甲冑も黒く焦げており、随分とみすぼらしい外見になっていたが、ジョージの目にはまだ戦意があった。
「やってくれるじゃないか……トドメは俺自ら刺してやるよ!!」
ジョージは雷の魔法を放つ。しかしアイリスは残ったわずかな力を絞り、右手を振り土の魔法で土壁を作り、雷の魔法のダメージを軽減する。ジョージはダメージからか片膝を着く。アイリスもダメージが大きいのかその場で蹲る。
「くそが……」
どうやらジョージは体力の限界のようだ。しかしまだ怒りは収まらない。
「アルバーナぁぁ!!!」
その声に反応してアルバーナはもはや動けないアイリスに強烈な火炎放射を放つ。アルバーナも怒りに満ちているのか今日一番の威力だ。
「いやあぁぁぁーー!!!!」
「避けろぉーー!!!」
クラスメイトから悲痛な叫びが飛び交うもアイリスは反応すらできない。そして炎がアイリスを飲み込もうとした瞬間、アイリスの目の前で強力な火柱が上がる。




