195話 白銀の魔女
「ぐおぉっ!!」
突如現れた黒いローブの魔女は、上級魔族を魔法で簡単に吹き飛ばす。
「え……」
この場面で現れるはずのない助っ人に、アリスの理解が追いつかない。
「ぐっ……何者だ、おめぇはよぉ!!」
苛立ちを魔法に乗せ、魔女に魔法弾を飛ばす。
「危ない! 避けて!」
上級魔族が放つ魔法弾の威力を身を持って知っているアリスは叫ぶ。しかし魔女に慌てた様子はない。
「私ですか?」
魔女は片手で魔法障壁を展開して魔法弾を全て防ぐ。舞い上がる土煙のせいで、すっぽり被っていたフードがはらりと取れ素顔が晒される。
「え?」
「は?」
魔女の顔を見て、アリスとリンリンは間抜けな声を出す。彼女らが見た、魔女の正体とは――――――――
「私はアイギス本部主力戦闘部隊、8番隊副隊長のセシリア・グリーングラスと申します。以後お見知りおきを」
以前の白いローブではなく、今は黒のローブを身に着け、長く美しかった銀髪は首元で短く切り揃えられていた。だが彼女は魔法クラスの皆が知る『セシリア』で間違いなかった。
「セシリア……え、なんで?」
魔力切れにより、思考が回らないアリスには状況が飲み込めなかった。
「ステラから連絡を貰いまして。学院が危機だと言うので仲間を連れて応援に参ったのです」
「なんでステラ……」
「そんなことより……アレ、先に片付けてしまいますね」
大技を放つために魔力を溜めていた上級魔族を軽く指差す。
「あの程度の魔法を防いだくらいで調子に――――」
「宇宙魔法 悪魔の方舟」
セシリアは上級魔族の言葉を遮るように、強力な宇宙魔法を放つ。上級魔族が放った魔法ごと飲み込んで、生を奪い塵と変える。上級魔族を消し去っても、尚消えない宇宙魔法は敵陣ど真ん中に着弾して魔族を巻き込み爆発する。
「凄い……」
「嘘……セシリアってこんなに強かったの?」
制限のある戦いとはいえ、アリスが倒すことができなかった上級魔族を一撃で葬るセシリアの実力が信じられなかった。アリスの中では、セシリアは魔法クラスの中で優秀な部類という認識しかなかったからだ。
「積もる話はありますが、まずは戦況を覆してからにしましょうか」
セシリアは優しく微笑み、ゆっくりと前線へと向かっていく。その余裕のある佇まいはシャロンを彷彿とさせるものがあった。
東門。最前線。
「オオオッ!」
イサミは愛刀で中級魔族が振り下ろす斧に立ち向かう。力は拮抗して鍔迫り合いになるも、徐々に押されていく。
(もう、腕に力が……)
「ぐっ!?」
なんとか敵の斧をいなすも、刀は落としてしまう。別の個体がすぐに無防備なイサミに襲いかかる。
「イサミさん!」
フーラの魔法による援護で、事なきを得たイサミだったがその場に座り込んでしまう。
(魔力切れ!?)
様子を察したフーラが、イサミの元に向かう。
「イサミさん! しっかりして下さい!」
「くっ……大丈夫です」
平静を装うイサミだったが足元が覚束ない。イサミに肩を貸すフーラだったが、あっという間に魔族に囲まれてしまう。
「う……ひっ!」
イサミを抱き締めて目を瞑る。だが、攻撃は飛んで来なかった。
「?」
恐る恐る顔を上げると、頭部を失った10体の魔族が力無く倒れていく。
「困るなぁ……可愛い僕の教え子に酷いことをしないでくれるかい?」
バスケットボール大の闇の手毬が、戦場を縦横無尽に飛び回り、狙いすましたように魔族の頭部を次々と破壊していく。そして飛び回る魔法の中心から、どっぷりと闇に浸かっていた男が地上に浮上してくる。
「「「ヒカゲ先生!?」」」
魔法クラスの面々から驚きと歓喜の声が上がる。
「やあ皆。久しぶりだね」
生徒達が知るヒカゲと比べ、少々影があったが柔和な笑顔と優しげな声は変わっていなかった。
「皆疲れただろう? 後は僕がやろう」
そう言うとヒカゲの周囲の闇が深くなる。アンデットなのか、ホムンクルスなのか、その存在は定かではないが「闇使い」ヒカゲ・ハーネットが参戦する。
西門。最前線。
「あああっ!」
イレイナが力尽くで敵を斬り捨てる。
「くそっ! どれだけいるんだ!?」
リオンと肩を並べる実力者のイレイナの加勢により、一時的に戦況を覆したが、時間と共に押され始めていた。
「ぜぇ……ぜぇ……」
(ランドールも限界か……不味いな。どうする? 一旦広範囲魔法で距離をとるか)
「イレイナ……お前は学院とは無関係なんだ。無茶はするな」
「なに?」
リオンなりの気遣いだったが、かえってイレイナに火をつける。ひとりで大軍に飛び込もうとしたときだった――――
「なんだ?」
明後日の方から、地響きと馬の鳴き声が聞こえた。その方向を見ると30名程の騎士がこちらに向かってくる。
「騎士団? そんな馬鹿な……」
イレイナは困惑する。クレアは援軍を送るとは言っていたが、彼女に正規部隊の指揮命令権はない。個人的な依頼にしてもランドール元帥や上官の将校を裏切ってまで、ここに駆けつける人間が存在するはずがない。
「奴ら……何者だ……」
イレイナが謎の集団を怪しんでいると、立ち尽くしていたリオンの手から剣が落ちる。その音でイレイナはリオンに視線をやる。
「お、おいランドール?」
イレイナが顔を覗き込むと、リオンの顔からは大粒の涙が溢れ落ちる。
「は……はは……あの馬鹿者共が……」




