190話 ブラックメイツの忠誠心
変異種の放つ魔導砲をブラッドは剣で受け止める。真っ二つに斬ろうとするも、全く剣が進まない。
(斬れぬなら……せめて軌道さえ変えられたら……)
斬ることができないなら、せめて軌道を逸らせば直撃は免れると最大まで魔力を剣に流し込む。
「ぬ……ぬおおおお――――!!!」
軌道を逸らすために剣を持ち上げる。しかしそこが限界だった。
「ぐおおっ!?」
剣は折れ、魔導砲はブラッドの鎧を飲み込む。幸い軌道は空へ逸れた。魔導砲に吹き飛ばれたブラッドは鎧の破片を周囲に撒き散らしながら、ゴロゴロと本陣まで転がる。
「ブラッドさん!!」
部下が何人か駆け寄る。ブラッドは生きていたが、もはや虫の息だった。
騎士団本部。大広間。
「今のエネルギーは魔導砲!?」
「そのようですね。はっ!」
「くっ!」
シャロンはオリジナルのジークフリードと相対していた。先程倒したジークフリードと違い、魔法が全く通じないことはないが身体能力や剣筋がまるで違う。攻撃を避けるのが精一杯だった。
そんなとき大広間に声が響く。
『隊長! こちらアネット! 大聖堂付近の魔族は掃討完了しました! 部隊に死傷者が多く出ましたが民間人に被害はありません!』
数秒遅れてまた声が響く。
『こちらスナフ! 同じく闘技場付近の魔族は掃討完了致しました! 部隊に損害が出ましたが、民間人は無事です!』
民間人の避難場所に出現した魔族を討伐にいった別部隊からの遠隔魔法での報告だった。隊に被害を出すも民間人はいずれも無事のようだ。
『ご苦労様でした。ただブラッドの部隊の戦況が芳しくありません。動ける者は早急に援護に向かって下さい!』
シャロンはジークフリードの攻撃を躱しながら部下達に次の指示を出す。
「さすがはアイギス。民間人に被害を出すことなく敵を殲滅するとは恐れ入ります」
誰のせいでと、シャロンは口にしたかったが自制する。ジークフリードはホムンクルスだ。人間とは異なる存在で心の機微に疎い。
そしてアネット達の魔法は騎士団本部全体に響いていた。
「大聖堂と闘技場は無事なのか!!」
「よかった……」
騎士団本部1階に待機していた騎士達から安堵の声が漏れる。皆、家族や友人が命の危機に晒されていたのだ。そんな状況下で立ち尽くすしかできなかった自分達に安堵と共に忸怩たる思いが襲ってくる。
「くう……」
「大佐殿!?」
ベルガー大佐は膝をつき、涙を溢す。自分へのなさけなさ、そして身重の妻の安否を知り、感情が抑えきれなかった。
(私はここで何をしているのだ……何をしているのだ……)
騎士団本部。庭園。
「聞いたか!? もう少しで援軍が来る!」
「援軍って言ってもよ……来るぞ構えろ!!」
変異種の2体目が魔導砲を放とうとしていた。
「魔法障壁を目一杯張れ!!」
「そんなもんで防げるわけねーだろ!?」
「やらないよりマシだ!!」
ブラッドのように最後まで抵抗を見せようとする隊員達。だが結果は見えていた。次の一発が直撃すればブラッド部隊は全滅するだろう。
もう体を起こすことのできないブラッドも目だけは開けた。最後の瞬間をこの目で見ておきたかった。人生の最期を悟ったとき――――
『黒衣の騎士団、ポイントデルタに展開。民間の盾となりなさい』
知らない声がどこからか響く。そして黒い影が視界の横を擦り抜けていく。そして自分達の視界を塞ぐように黒い固まりが部隊の前に現れる。黒い何かは魔導砲を完璧に受け止める。巻き上がった土煙が収まると自分達の前にいたのは、大きなシールドを持った黒衣の騎士達だった。
「お前……達……何者……だ?」
何故、自分達を庇ったのか。ブラッドは正体のわからない黒衣の騎士に尋ねた。しかし黒衣の騎士は興味がないのか、ブラッドの問いに答えることはなかった。
「なんだあれは!?」
部下の声で空を見上げる。空には巨大な魔法陣が3つ展開されていた。耳を劈くような轟音とともに魔法陣から闇の上級魔法が放たれ、3体の変異種を一撃で葬る。
「隊……長……?」
ブラッドは魔力を感じた騎士本部の方に首を傾ける。霞んだ視界は3階テラスにいる黒衣の女性を捉えた。ブラッドはこの人物をシャロンと見間違える。
『民間の兵を援護しながら応戦なさい。倒れている者は生死問わず回収するように』
ブラッド達の盾になった10人程の騎士とは別に、さらに20名程が前線に上がる。シャロンではない女性の声にブラッドは心当たりがあった。騎士団にはシャロンと並ぶ程の稀代の魔女がいると、いつだったか聞いたことがあった。
その魔女の名前は――――――――
「大将……クレア……」
ブラッドはひとり言のように呟く。そしてもう一度黒衣の騎士に問う。
「お前達……騎士団じゃないのか……?」
騎士団はこの戦いは傍観を決め込んでいる。現に避難所を襲う魔族にも一切兵を出していない。ましてや敵対するアイギスの兵を助ける理由等ない。ブラッドの質問は至極当然のものだった。黒衣の騎士は、この問いには思うところがあったのかブラッドを見て答えた。
「我らは騎士団の配下ではない。クレア様の配下だ」
淡々と答えるも、その言葉には強い信念のようなものが込もっていた。
「…………そうか」
組織ではなく、信頼できる人間に仕えること。ブラッドにとって得心のいく答えだったのか、一言残すと口元に笑みを浮かべそのまま気を失った。
お読みいただきありがとうございます。
物語も佳境です。
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早坂凛




