18話 魔法クラスの剣士
ジョージの長剣を受け止めたのは、魔法クラスの女子生徒だった。フーラと変わらない身長の少し小柄な女子生徒は、身の丈に合わない立派な日本刀を手にしている。金髪の毛先には癖のあるウェーブのかかったショートヘアー。そして敵を射抜く鋭い目つきが特徴の少女だ。
「貴方、やりすぎですよ?」
少女はジョージと鍔迫り合いをしながら低い声で言い放つ。
「何の真似だ? 神聖な戦いに割って入るなど無礼だぞ!」
そう言ってジョージは乱暴に刀を弾くように引く。どうやらジョージは勝負を邪魔されたことで、騎士のプライドを傷つけられたように感じていた。少女に対して明確な敵意をぶつける。
「もう彼女に戦意はありませんでした。それをまるで見せつけるかのようにとどめを刺そうとするなんて、騎士の風上にも置けませんわ!」
丁寧な口調だがはっきりと言う少女にジョージがついにキレる。勝負を邪魔したことですら腹立たしい行いである。さらにあろうことか「騎士の風上にも置けない」という発言はジョージに対して侮辱以外の何物でもなかった。
「このアマがぁ~!!!!」
長剣を少女目掛けて振り下ろす。しかし少女はフィギュアスケートのようなスピンを自身にかけて、紙一重で攻撃をかわす。ジョージの長剣は地面に突き刺さる。そしてそのままスピンの遠心力を利用してジョージの後ろを取る。
「その喧嘩、高く買いましてよ?」
その言葉で、ジョージはようやく後ろを取られたことに気付く。少女は表情を変えることなくジョージの首元に日本刀を正確に振り下ろす。ジョージは体勢が悪く回避行動がとれない。
「殺った」
そう呟き少女がわずかに不敵な笑みを浮かべた瞬間。またも甲高い金属音が闘技場内に響く。
「……」
自身の斬撃を防いだ相手を無言で見る。少女の斬撃を防いだのは騎士クラス、ミーナ・ランドールだった。少女はミーナを睨む。ミーナは少女よりもさらに小柄で、身長は150センチもない。まだあどけなさが残る幼い顔立ちだが、少女を見る表情は険しい。
「勝負に割って入るのはこれでおあいこだろう?」
ミーナは冷静に少女に言った。敵意はないと主張するためにレイピアを鞘に収める。ミーナには場を荒らすつもりはなく、純粋にジョージを守るためだけに割って入ったようだ。
「そこまでだ!」
ヒカゲとジーナが仲裁に入る。そんな2人を前に少女が一度頭を下げる。
「神聖な勝負を邪魔立てした私が全ての原因です。処罰なさるならどうか私1人を」
先程までの好戦的な様子とはうってかわり慇懃な態度をとる少女。少女とミーナは、あくまで仲間を守るために勝負に割って入った。そのため素直に頭を下げられるとヒカゲ達も強くは言えなかった。口頭の注意のみで、その場は収まる。
踵を返してすぐに舞台から降りるミーナとは反対に、ジョージは舞台に仁王立ち。彼の怒りは頂点に達していた。そんなジョージに少女は煽るように言った。
「いいですね、弱いもの虐めをするくせに分が悪くなると強い人間に守ってもらえて。実に気高い騎士道ですわね」
ぐるりと首を回し少女を睨み付けるジョージ。常軌を逸した表情でアルバーナを少女にけしかける。
「レスリー!!」
ミーナの声に一瞬体を硬直させるジョージ。アルバーナもそんな主人の気配を感じとったのか攻撃を中断する。
「おんなぁ~お前だけは絶対に許さねぇ……必ずぶっ殺してやる……」
腹の底から低い声で言い残し、ジョージは舞台から降りていく。その言葉に少女は何の反応も示さず、腰を抜かし放心していたフーラの元に向かう。
「立てますか?」
そう言ってフーラに手を差しのべる。フーラも少女の手を取りなんとか立ち上がる。
「す、すみません……私のせいで」
「いいえ、私が勝手にしたことです」
笑顔なく少女は言い残し舞台を降りる。この試合は「場外からの干渉」によりジョージの勝利となった。
「びっくりしました~」
騒動からすっかり蚊帳の外だったアイリスとセシリア。魔法クラスでありながら、日本刀を武器にしている少女に皆の視線が集まるが、人波から外れた場所でぽつんと佇んでいる。
「刀を持ってるのに魔法クラスなんですね」
「ええ、それに持っている刀は東洋のものだわ」
「確かにあまり見ない形ですね」
少女は騎士の鎧や魔法使いのローブといったものは身に付けず、学院の制服の上下を着ただけのシンプルな服装だ。そして左腰には立派な日本刀が鞘に収まっている。腕を組み鋭い表情で周囲を見渡す彼女は、どこか近寄り難い空気を醸し出している。
そして交流戦は続きまたも魔法クラス対騎士クラスの組み合わせとなる。
「魔法クラス! イサミ・K・クローバー」
「騎士クラス! スティーブン・モイヤー」
先程の少女が舞台に上がると両クラスがざわつきだす。今しがたの騒ぎで良くも悪くも注目を集めている。そして対戦相手もまた注目の要因となっていた。騎士クラスのスティーブンは全身を完全に鎧で覆う完全武装だった。恰幅のいい体格で身長は2メートル前後あり、その長身と並ぶ程の巨大なアックスは威圧感の固まりだった。対するイサミは身長155センチ程。女性の中でも決して大きくはなく、スティーブンと並ぶと余計に小さく見えた。
「大丈夫ですかね……これ?」
「彼女の動きは素晴らしかったけれど相手が悪いですね……」
ジョージ相手には素晴らしい動きを披露したイサミだが、今回は端から見ればさすがに相手が悪いように思われた。
「はじめ!」
試合開始が宣言されてもお互いに出方を窺って動かない。スティーブンも魔力を解放して全身を強化しているがイサミの実力を警戒しているのか仕掛けてこない。
「こないのですか? ではこちらから」
イサミは刀を担ぎ上げるように構える。
「はああああ――」
イサミの刀が黄色く光り始める。原型が見えなくなるほど濃い光が刀を覆い尽くす。
「はあっ!!」
刀をスティーブンに向かって振り抜くと、三日月の形をした黄色い閃光が高速で放たれる。スティーブンはアックスを上段に構え、閃光に向かい力いっぱい振り下ろす。スティーブンのアックスは閃光を真っ二つに破壊する。しかしアックスは勢いそのまま地面に刺さる。すぐに引き抜こうとするも、一瞬で間合いを詰めるイサミ。「斬られる」そう直感したスティーブンは地面にアックスを捨て後方に下がる。イサミはアックスの柄を真っ二つに破壊して、スティーブンに向かいまた閃光を放つ。
「ぐっ!?」
武器を失い、両手で頭部を覆い閃光を防ごうとする。けたたましい爆音を上げて、閃光は直撃するが鎧のおかげでダメージは少ない。しかしイサミは無防備となった胴体を横一文字に斬りつける。
「おおおっ!?」
咄嗟に後ろに飛びダメージを殺すも鎧にはぱっくりと穴が空いた。幸いにも生身の部分は無事らしい。
「はあ、はあ、はあ――」
尻餅をつきスティーブンは何度も腹を触り、自分の肉体の安否を確かめる。イサミは踵を返し武器を失い反撃のできないスティーブンを襲う。イサミは顔面に向けて刀を突き出し突進してくる。
「ひぃっ!」
スティーブンは恐怖の声を漏らした。自らの生命の危機を感じ取ったのだ。
「突きぃぃーー!!」
イサミの雄叫びと共に突き出された刀はスティーブンの兜を抉りとる。抉られた兜が勢いで後ろに飛んでいく。がらんがらんと鈍い音をさせて地面に転がる。恐怖で硬直したスティーブンにイサミは刀を上段に構え振り下ろす。
「まて! まいった! 降参だー!!」
その声にイサミの振り下ろした刀は、スティーブンの頭皮に触れた瞬間止まる。頭からつーっと血が垂れる。イサミは冷たい眼でスティーブンを見下ろしたまま刀を鞘にしまう。
「そこまで! 勝者イサミ・K・クローバー!」
「あ、あ……」
声にならない声をあげるスティーブン。イサミはスティーブンにはもう関心をなくしたようにくるりと回れ右して舞台を後にした。




