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【完結】日曜日のアイリス  作者: 早坂凛
第十五章 開戦
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187話 一時休戦

 割れた一撃玉からは、海をひっくり返したような大量の津波が魔族達を飲み込みながら、重力に逆らい森を上っていく。そして森を半分程飲み込んだところで、水が凍り始める。

 広範囲に渡る大魔法は、完全に戦場の動きを停止させた。


「凄い……」


「てか寒……」


 高さ数メートル、範囲100メートルを超える氷塊は周囲の気温すら下げていた。飲み込まれた魔族はおそよ200体。その全てが絶命しているようだ。


「待って」


 アリスが空中に浮かび森の様子を窺う。


「やっぱり……」


 アリスがスコープを覗くと、魔法の及んでいない範囲ではまだ魔族が健在だった。氷を叩き割りながら進軍を続ける。


「敵はまだいるわ! でも少しは時間を稼げそう! 今のうちに体制を立て直しましょう!」


 東門、西門ともに一時休戦に入る。


「今のうちに休息を取れ! 負傷者は治療を受けろ! いいか、休めるときに立ち上がるんじゃない!」


 リオンは騎士クラスに休息を指示する。そしてひとり、氷漬けの森に入ろうとする。


「姉様?」


「アリューシア先生とマハード先生を回収する」


 そう言って剣を抜いたとき、目の前の氷が砕ける。


「ふ〜〜寒いったらありゃしない!」


「モリー先生!?」


 モリーの肩にはアリューシアとマハードが背負われていた。


「ふたりとも死んじゃいないよ。ただ戦線復帰は難しいだろうね……」


「そうですか……先生、ありがとうございました」


「私は戦いはからっきしだからね……氷がなくなったら正念場だ。頼んだよ」


 モリーはリオンの肩を叩く。リオンはモリーの思いに力強く答える。


「お任せ下さい」



 魔法クラスも休息を取り、次の戦いに備えていた。


「すげぇな、その刀。あれだけ斬って刃毀れしねーのかよ」


 イサミが手入れをする刀を見ながらマードックが呟いた。


「ああ、この虎徹ですか? この虎徹は最上大業物ですからね。その辺のなまくらとは違います」


「さいじょ……? なんかわかんねーけどすげぇんだな」


「はい。この虎徹は剣術を始めたときに父上が買って下さいました。普段ねだり事をしない私からのお願いということもあって、最高の物を用意してくれたのです」


「へぇ、やっぱりいいもんは違うんだな」


 武器は戦いの道具、それ以上の認識を持たないマードックにはイサミの刀に対する想い入れは新鮮だった。


「ひょっとして刀に興味がおありですか?」


「え? おう、まぁ少しな……」


 マードックの言葉を聞き、イサミの目が輝く。


「よいですか? まず刀には――――――――」


 何かのスイッチが入ったのかイサミはマードックに対して刀の講釈を始める。普段口数少ないイサミとは思えない饒舌な語り口だった。


「イサミってあんなに喋るんだ」


「ふたりとも最前線だったのに元気だよね」


「私達だってまだやらなきゃね!」


 他の生徒は体力や魔力はモリーの魔法薬によりまだ余力があったが、精神的な摩耗が激しかった。だが最も過酷な環境で戦うふたりが見せる笑顔を見て、自分達を奮い立たせる。


「怪我人の手当てが終わったわ」


「ありがとうロリ」


「風よ」


 ロリは風の魔法でアリスと同じ東門の上まで浮いてくる。


「あの氷はいつまで持つかしら?」


「1時間持てばいいくらいじゃない」


 後方まで見渡すと魔族がまだ多くいるのがわかる。そして風に乗ってシャロンの魔法でできた氷塊を砕く音が聞こえてくる。


「先生の魔法で敵を削って、こうして戦いの中でインターバルが取れたのは大きいわ。でもこちらの戦力が増えたわけではない。まだ不利なのはこっちね」


 アリスは紙に自分の考えを殴り書きしていく。しかし思考はうまく纏まらない。


「アリス〜!」


 地上からリンリンが声をかける。


「なに?」


 アリスは地上に降りる。ロリは未だに敵の軍勢を眺めていた。


「一撃玉はまだ数発あるネ」


 カバンからゴソッと中身を見せるリンリン。


「一番いいやつ使っちゃったけどね。けどこのタイミングでよかったかも。皆悲壮感なく休息が取れているわ」


「戦いには気力も必要だからネ」


「残りの一撃玉は予定通り、終盤のヤバいときに使いましょう」


 アリスの言う「ヤバいとき」とは2パターンだ。


・戦死者が出そうなとき

・東門、西門が破られそうなとき


 学内に魔族の侵入を許せば、避難している民間人にも被害が出る。それは事実上の敗北である。魔法の最高学府が魔の者に陥落されたと触れ回られたら、王立魔法魔術学院の名は名実ともに失墜することになる。

 そして戦死者が出そうなとき。戦いに死人は付き物であるが、今戦っている者の大半は学生だ。それも苦楽をともにしてきた友人同士である。誰かひとりでも死者を出せば士気は一気に傾くだろう。そうなれば敗北に大きく近づく。


「先生達が王都でケリをつけてくれれば、応援も期待できるはずよ。それまでは何としても守りきるわよ」


 数十分後、あれだけ遠かった氷塊を砕く音が、すぐそこまで来ていることに気づく。


「戦いの続きだ。全員剣を抜け」


「皆、杖を構えて。来るわよ」


 リオンとアリス。それぞれの指揮官が指示を出した数秒後、敵の一陣が氷塊を突破する。学院防衛の後半戦が始まった。

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