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【完結】日曜日のアイリス  作者: 早坂凛
第十五章 開戦
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181話 あの男

 召喚された精霊達は皆、険しい表情でジェノスを見る。特にカルナは今にも殺しにかかりそうな程に殺気立っている。


「なるほど、君は精霊術師か。その歳で上級精霊を使役するとは大したものだ」


 ジェノスは純粋にアイリスを評価した。目の前にいる精霊達の怒りなど、まるで見えていないようだった。そのジェノスの態度にさらに精霊達の怒りのボルテージが上がる。だがルイスは冷静にジェノスに尋ねる。


「ひとつ、貴方の口から聞いておきたい」


「うん? なにかな?」


「我らが主君、精霊王リリィ、そしてその夫ジーク・アンフィールドを殺害したのは貴方でお間違いないか?」


 既に確定事項ではあったが、ルイスは本人の口から聞いておきたかったのだ。無論、心置きなくリリィとジークの復讐を果たすために。


「ふたりを殺めたか……そうだね。そうするしかなかったからね……いや、言い訳はよそう。間違いなくふたりは、私が手に掛けた。君達の主君を殺したのはこの私だ」


 その言葉を聞き、飛びかかりそうになるカルナをルイスは静止する。


「カルナ待て」


「ルイスっ! こいつは!!」


「わかっている。だが息の根は止めるな」


 カルナは不服そうだった。しかし、マリアやエレノラはルイスの意図に気づいていた。


「死ね!!」


 カルナがジェノスに上級魔法を撃ち込む。さらにマリアが追撃の魔法を放つ。「殺すな」と言っても相手は騎士団元帥。手を抜けばこちらがやられる。まずはジェノスを瀕死に追い込むことが先決だった。


「ベルちゃん! 魔力いきますよ!」


「はい!」


 アイリスも加わり、ジェノス相手に6対1で挑む。


(この男はもしかして――――)


 ルイスはある疑念を懐きながら、戦いに身を入れていく。








 騎士団本部。大将執務室。


 元帥達が激戦を繰り広げる中、クレアはひとりどこ吹く風とばかりに淹れたての紅茶に口をつける。


「状況は?」


 クレアはソファーに腰掛けたまま、戦況を配下の黒衣の騎士に尋ねる。


「はっ。現在庭園ではアイギスの部隊と魔族の軍勢が交戦中。今のところアイギスが優勢です。また本部、謁見の間では元帥5名と、アイギス隊長と学院の生徒ひとりが交戦中です」


「学院の生徒?」


「はっ。名前はアイリス・アンフィールドです」


「ああ……ジーク・アンフィールドの娘ね」


「ご存知なのですか?」


「確かランドールが執着していた男の娘よ。父親はもう死んでいるけれど、生前はかなりの剣の使い手だったようね」


「剣の使い手……」


「話が逸れたわ。学院の状況は?」


「まだイレイナ殿からの連絡はありません」


「そう」


 クレアはテラスに出る。庭園ではアイギスと魔族が戦っている。


「大聖堂や闘技場にはうちの兵が向かっているのよね?」


「いえ。騎士団の兵は1階大広間にて待機しております」


「なんですって? 市中にも魔族は出現しているのでしょう?」


「避難所となっている大聖堂、闘技場にはアイギスの別部隊がそれぞれ向かっております」


「呆れた。避難所には自分達の家族もいるでしょうに。それを民間に守らせるなんて……反吐が出るわ」


「必要ならば我らが」


 黒衣の騎士がクレアに跪く。


「いいえ。その必要はないわ」


「出過ぎたことを申しました」


 黒衣の騎士は従順に引き下がる。


「しかし、学院に避難所。ここも庭園と城内と綺麗に兵を割ったわね。策士ランドール、その異名は変わらないわね」


「策士……ですか?」


「ええ、昔の渾名よ。もう10年以上前になるかしら。ランドールは世襲制の恩恵を受けただけの無能な上層部を一掃した。その中にはランドールの父親も含まれていたわ。そうして将官となったランドールは、若く実力のある人間を将校へ抜擢して、組織の再編成を行った」


「そのようなことが……」


「私もランドールに将来を見込まれて、将校となったひとりだったわ。まぁ結果として私は多くのものを失ったけれど」


 クレアは右足を擦る。クレアの右足は大佐の地位だった頃、魔族との戦闘で負傷した。切断もやむを得ない程の重症で、魔法により見た目は完治しているが機能までは回復しなかった。その後、魔力欠乏症の病にもかかり、一線から退くことになった。


「クレア様は、ランドール元帥のことを恨んでおいでなのですか?」


 ジェノスの存在は、クレアにとって常に目の上のたんこぶだった。ジェノスさえいなければクレアは元帥の椅子に座れていたであろう。怪我と病のハンデを差し引いても、クレアには元帥に相応しいだけの実力、実績、政治力があった。だが、それを上回るジェノスの政治力の前に、クレアは後塵を拝することになった。

 だが、クレアの答えは意外なものだった。


「別にランドールを恨んではいないわ」


「…………」


「確かに鬱陶しい存在であることに変わりはないけれど、ランドールの改革があったからこそ、私は今の地位にいる。あの掃き溜めだった組織を、ここまで正常化させた手腕はむしろ尊敬に値するわね」


「クレア様はランドール元帥をお嫌いになられているとばかり……」


 クレアはその問いに答えるまで少し考え込む。そして一度ため息をつき、口を開く。


「今のランドールは優秀なのは間違いないけれど、そのやり口や権力の使い方は、昔いた無能達と大差ないわ。あの男を好き嫌いと評価するつもりはないけれど、はっきり言って今のランドールは気に入らないわ」


「昔は違っていたと?」


「ええ。いい大人が子供じみた理想論を声を大にして、演説して回るような恥ずかしい生き物だったわ」


 クレアはかつてのランドールを思い出す。その脳裏に浮かぶのは、上級貴族にも関わらず権力に固執せず正義を語る若き日のジェノス・ランドールの姿だった。

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