178話 学院教師陣の活躍
「待機? 何を言っておられるのですか? 魔族が王都に出現しているんですよ!?」
「そんなことはわかっとる」
ベルガー大佐は、ザトー准将に詰め寄る。しかしザトーは取り付く島もないという様子だった。
「ふざけるな! 魔族が避難所を襲っているんだぞ!? それでなぜ待機命令なんだ!!? 我々の家族だって避難所にいるんだぞ!?」
不可解な命令を出すザトーに、ベルガーが激昂する。当然だ。彼の言うように避難所には騎士団の家族も大勢いる。それを見殺しにしろと命令されているのだ。
「家族? お前は自分の家族がおるから、いの一番に助けたいゆうのは筋が通らんじゃろ。待機は元帥命令じゃ。黙って従わんかい」
「ぐっ……」
組織の一員として上官の命令は絶対だ。ベルガーには理不尽だろうが命令に従うしか選択肢はなかった。
「安心せえ。民間の連中がそれぞれの避難先に向かって行ったのはお前も見たじゃろ? わざわざご苦労なことじゃのぉ」
「あの、ベルガー大佐……」
部下の将校がベルガーに指示を求める。だが、ベルガーは部下の望む命令を出すことはできなかった。
「総員……待機だ」
項垂れながら心にもない命令を口にした。
(メアリー……無事でいてくれ……)
ベルガーは忸怩たる思いで避難所にいる身重の妻を案じていた。目の前の庭園ではアイギス8番隊、第4席ブラッド率いる部隊が魔族に応戦を始めていたが、ベルガー達、騎士団の団員はそれを黙って眺めているしかなかった。
王立魔法魔術学院。西門。
「来たか!?」
リオンは森の異変に気づく。まだ目に見える範囲には敵はいないが森の木々は不気味に揺れていた。大軍がこちらに移動しているようだ。
「全員、抜刀! 戦闘態勢に入れ!」
リオンの言葉で騎士クラスの生徒達は剣を抜く。生徒達の緊張感が一気に高まる。
「遠距離魔法を仕掛けますか?」
「いいえ、敵の姿が見えるまでは引きつけるわ」
王立魔法魔術学院。東門。
「おい、どんだけいるんだよ……」
「姿が見えないのが不気味ですね」
「少なく見積もって1000ってとこかしらね」
「1000って……」
直前の試練の森での魔族討伐数は一週間かけて200だった。目の前にはそれを遥かに上回る魔族の大軍が徐々に迫ってきている。生徒達は、もはや生きた心地はしなかった。
(まずいわね……皆の士気が下がってる)
アリスが魔法クラスを奮い立たせる言葉を考えていると、頭上から拡声された声が響いた。
「ご機嫌いかがかな〜? 生徒諸君〜!」
この期に及んでも一切空気を読まないシャルロットの能天気な声に、生徒達は辟易した。
「気分は最悪よ」
アリスは皮肉を込めて言う。もちろんこの声はシャルロットには届いていない。
「現在確認できる魔族の数は1000〜2000だ。ゆっくりと我が学院を目指して進軍している」
シャルロットは屋上から生徒達に敵の情報を伝える。しかしこれは逆効果だった。
「2000って……冗談だろ……なあ、おい」
「ははは……ですよね」
マードックはコリンに同意を求める。魔族2000体という現実離れした数字が、生徒達を現実逃避させる。そして森の木々の揺らめきで魔族が確実に近づいてきているとわかる。それを見て生徒達に動揺が走った。
そんな生徒達を察してか、シャルロットは言葉を続ける。
「安心したまえよ。私は結界の維持があるから戦場には出れないが、助っ人を用意させてもらったよ」
「助っ人?」
生徒達の陣の前方、森の入り口付近に大量の魔法陣が展開される。もちろんシャルロットの魔法だ。
「いでよ! 我が配下達よ!」
シャルロットの声で魔法陣は大きく光り、中からアンデットの大軍が現れる。その数は数百体。アンデットが召喚された直後、魔族の第一陣が森を抜けて学院へ突進してくる。
「ゆけ! 我がアンデット軍団よ! 学院に仇なす愚か者達を討ち滅ぼすのだぁ〜!」
いつもと変わらない、芝居のかかった声でアンデットに命令する。森から迫る魔族に対して、森へ向かって進軍していき、魔族と激突する。
「すげぇ……」
大軍対大軍の戦いはまさに大合戦だ。数百のアンデット達は完全に魔族の大軍を塞き止める。
「これでしばらくは大丈夫だろう。では先生方、後は任せたよ」
シャルロットは教師陣に後を託して、結界の維持に戻る。
「ん? あれはアリューシア先生?」
ミーナは上空で箒に乗っている女性教師を見つける。アリューシアは20代後半の学院の教師だ。主に空中戦闘や魔法陣を用いた召喚魔法を担当している。無口でクールな彼女だが、その実力はシャロンからも高く評価されている。
「確か、魔族を殲滅できれば森はどうなっても構わないというお話でしたよね」
「幻影分身」
幻影魔法でアリューシアは20人に分身する。そしてその20人が一斉に魔法陣を展開、森へ向かって攻撃魔法を放つ。
「合体魔法 雷神の灼熱の魔矢」
炎と雷を纏った矢が森へ次々と撃ち込んでいく。燃え上がる森と共に、魔族の断末魔が聞こえた。今の魔法でかなりの数の魔族を仕留めただろう。
「いけませんなぁ、アリューシア先生。自然はもっと大切にしないと」
背中の広いドラゴンに乗った男が現れる。30代後半のスーツを着た男性教師、魔法史や魔法呪文を担当する自称紳士のマハードだ。
「水の魔法 巨人の波乗り」
自身の魔力に加えて、周囲の川からも水を巻き上げ、数メートルの水壁を作り上げる。
「さぁ、いきなさい!!」
マハードが杖を振ると水の壁は激流となり、アンデットと交戦中の第一陣以下の魔族を大きく後退させる。さらにアリューシアの魔法で炎上していた森を鎮火させる。
「偉そうなこと言って、敵の数が減っていないじゃないエセ紳士」
ぼそりとマハードに辛辣な言葉を浴びせるアリューシア。
「森が炎上したままでは戦況に影響が出ることが理解できないのかな? ビッチ」
「あ?」
「あ?」
互いにガンを飛ばし合うふたり。しかしアンデットや教師陣の活躍もあり戦況序盤は学院優勢となった。




