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【完結】日曜日のアイリス  作者: 早坂凛
第十五章 開戦
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177話 始まる地獄

 ジェノスは話し終えるとゆっくりと息を吐いた。だが、アイリスとシャロンは固まったままだ。ジェノスの話を聞き、ふたりは同様の感想を抱いた。


『今の話のどこにアイリスの両親を殺害する動機があるのか?』


 アイリスは未だにジェノスの話をなんとか理解しようと、思考を巡らせるがシャロンは違った。


「結局、真実を語る気はないというわけですね」


「おや、私の昔話はつまらなかったかな?」


「戯言に付き合うつもりはありません」


 シャロンは杖を取り出し一歩前に出る。そしてジェノスに向かって杖を向ける。


「アイギス本部主力戦闘部隊8番隊隊長として命じます。ジェノス・ランドール、降伏なさい」


 シャロンの真剣な表情を、ジェノスは無表情で見る。


「降伏……ねぇ」


「はい。他の部隊も間もなく王都に集結するでしょう。仮に全兵を持ってしても騎士団に勝ち目はありません」


 シャロンはブラフも混じえつつジェノスに降伏を促す。だが、彼には焦る様子はなかった。


「何故、我々がアイギスに降伏しなければならないのか……そんな無粋な質問はやめておこう」


 そしてジェノスは不敵に笑う。


「だが君達が我々を武力で屈服させられるというのは、些か疑問が残るね」


「できないとでも?」


 ジェノスが指で魔法陣を描こうとした瞬間、シャロンは攻撃ではなく後退した。コンマ数秒前までいた地点に鋭い斬撃が走る。


「わひゃっ!」


 シャロンの魔法に引っ張られたのか、アイリスも後ろに転がるように後退する。


「ご苦労」


 ジェノスの前にはジークフリードが剣を構える。


「剣聖ジークフリード……」


 シャロンは恨めしそうに彼の名前を呼ぶ。


「申し訳ありません。ランドール元帥に仇なす存在を滅するのが私の役目なので」


 シャロン達に敵意はないが、邪魔立てするなら問答無用で斬る。先程の斬撃は無言でそう語っているようだった。


「さて、さっきの質問に戻ろうか」


 ジェノスは魔法陣から魔水晶を取り出す。


「君達と騎士団の兵力差など(はな)から関係ないんだよ」


 魔水晶に魔力を込めると、怪しく輝き出す。


(いけないっ!)


 シャロンがジェノスを止めようと、テレポートをするとジークフリードが先回りして、彼女の行く手を阻む。


「どいて下さい!」


 シャロンがジークフリードに攻撃魔法を放つ。常人なら一撃で殺せる程の強力な魔法だ。


「え?」


 シャロンの思考が一瞬停止する。完全に想定していないことが起こったのだ。


「申し訳ありません。私に魔法は効かないのですよ」


 ジークフリードは差し出した片手で、シャロンの魔法を全て吸収する。そしてジークフリードが振り下ろした剣は、シャロンが反射的に発動した防御壁をあっさり貫通する。


「ガッ……ハ……」


 シャロンは袈裟斬りにされて地面に倒れる。


「シャロン先生!」


 アイリスがシャロンに駆け寄る。シャロンのローブは既に血に染まっていた。


「さあ、よく見ておきたまえ」


 ジェノスの言葉で、アイリスは顔を上げる。ジェノスの持つ魔水晶は、大広間を埋め尽くす程に激しく発光している。強力な魔法が発動する前触れのようだ。


「革命の始まりだ!」


 ジェノスが叫ぶと激しく光る魔水晶は弾けるように発光した後、急速に光が縮小する。


「え? 何も起きないんですか……?」


「ここではね……」


 ジェノス達のいる大広間では魔水晶は光って消えただけだが、各地では地獄が始まろうとしていた。





 騎士団本部庭園。


「ブラッド4席!」


 中庭で待機していたブラッドは部下の言葉で振り返る。


「なにっ!?」


 ブラッド達アイギスの隊員が待機していた中庭の先、騎士団本部の前門を覆うように、空間に亀裂が入る。そしてその黒く染まった亀裂から這い出るように、魔族の大軍が出現した。


「総員! 迎撃態勢をとれ!」


 待機していた400名の隊員が、出現した魔族に対して攻撃態勢を取る。ブラッドは慌てなかった。目の前にいる魔族の大軍も、仮に騎士団の助力が一切なかったとしても400名いれば十分撃退できると判断したからだ。


「ブラッド4席!」


 違う部下がまたブラッドを呼ぶ。


「なんだ!?」


「王都大聖堂、そして闘技場にも同じく魔族が出現しました!」


「――――っ!? アネット、ジェイは大聖堂へ! スナフ、コール、ケサダは闘技場へ向かえ!!」


 ブラッドは瞬間的に戦力割り振りを考え指示を出す。大聖堂と闘技場は軍事演習のために民間人の避難所となっている場所だ。魔族が出現すれば甚大な被害を出しかねない。

 それぞれの席官が自分の部下を引き連れて、現場に向かっていく。庭園に残ったのは第4席のブラッドと、その直属の部下60名程だ。


「ブラッドさん、これでは……」


「言うな、俺達のやることはひとつだ」


 ブラッドは部下達の前に立ち、剣を抜く。数百を超える魔族の大軍に対して、ブラッド率いる単独部隊60名。あまりにも分の悪い戦いが始まった。





「ベルガー大佐!!」


 騎士団もアイギスよりやや遅れて庭園だけでなく民間人の避難場所に魔族が出現している情報を掴む。


「桟橋を降ろせ!! 二手に分かれ―――――――」


 民間人救出の指示を出そうとした大佐をザトーが遮る。


「あの……ザトー准将?」


「余計なことはせんでええ。待機じゃ」


 ベルガーはザトーが何を言っているのかわからなかった。

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