175話 昔話
「ランドール元帥はこちらにいらっしゃる」
前回訪れた、最上階の元帥執務室ではない、本部上層階へ通される。ウォーレンは大きな扉の前までふたりを案内すると、踵を返し立ち去っていった。
「アイリスさん、覚悟はいいですか?」
「はい」
「では参りましょう」
シャロンは扉を開けて中へ入った。集会所のような場所なのか中は広い。そして大広間の最奥に玉座のような椅子が5つ並んでおり、5人の男が腰を下ろしていた。
「やあ、よくきたね」
中央に座るは、王国騎士団元帥、ジェノス・ランドール。以前と変わらぬ柔らかい表情でアイリスとシャロンを迎えるも、その目つきだけは鋭かった。
「これはこれは……元帥総出でお出迎えいただけるとは光栄ですね」
シャロンはゆっくりと大広間の中央まで歩く。アイリスもシャロンの少し後をついていく。
「やあ、また会えたね」
ジェノスはアイリスに笑いかける。
「ええ、お久しぶりですね……」
アイリスも挨拶を返すが、その表情は険しい。ジェノスもアイリスの表情を見て気づく。
「なるほど……君はどうやら真実に辿り着いたようだね」
「ええ」
アイリスは一歩前に出る。
「あなたが私のお父さんとお母さんを殺した張本人ですね!」
アイリスはジェノスを指差してはっきりと言った。本来なら騎士団元帥という立場のある人間が、罪無き民間人を殺めたなどと簡単に認めるわけにはいかないだろう。しかしジェノスは一度息を吐き立ち上がる。二、三歩アイリスに近づき笑みを浮かべた。そして――――
「如何にも、君の両親は私が殺めた。私自身の手によってね」
ジェノスはジークとリリィを殺めたこと、それがまるで正義であったかのように堂々としている。微塵も悪びれた様子のないジェノスにアイリスは憤る。だが、一度深呼吸をして、自分を落ちつかせてからジェノスに尋ねる。
「あの、聞いてもいいですか?」
「何でも聞きたまえ」
「どうして……どうしてふたりを殺したんですか?」
アイリスは真っ直ぐな瞳でジェノスを見る。
「何故ふたりを殺した……か」
アイリスの言葉を聞き、ジェノスの表情は憂いを帯び、手で頭を押さえ葛藤しているように見える。そして顔を上げる。その表情には覇気はなく、悲しげにさえ見えた。
「少し、昔話をしてもいいかな?」
「昔話……ですか?」
アイリスはシャロンを見る。
「お聞かせ願えますか?」
シャロンの言葉でジェノスは話し始めた。
「君のお父さん……ジークと初めて出会ったのは学院の入学試験のときだった。僕は上級貴族ランドール家の跡取りとして幼少期から様々な英才教育を受けてきた。手前味噌だがそれなりに優秀でね、同世代の中では一番できると思っていた。そう、ジークの剣技を目にするまではね」
ジークのことを語るジェノスはどこか誇らしげに見える。
「ジークを見てすぐにわかった。天才とは彼のためにある言葉なんだと。そして僕は彼ならば、腐った組織を変えられると思ったんだ」
「腐った組織ですか……?」
「決まってるじゃないか。この騎士団のことだよ」
元帥であるジェノス自ら、騎士団を「腐った組織」と呼んだことにアイリスとシャロンは僅かに動揺する。
「私が騎士団を貶すのが不思議かい?」
「そりゃあ……まあ」
「騎士団は、外から見ている分には清潔な組織に見えるかもしれない。だが内情は酷いものだった。無能な貴族による世襲制。無能だけならまだしも、自身の保身のために、互いに足を引っ張り合い組織を上から腐らせていった。いくら優秀な兵を集めても、トップがアレでは精鋭集団も烏合の衆へと成り下がる」
長年の鬱憤を晴らすようにジェノスの言葉は止まらない。
「その無能の最たる例が私の父親だった。奴はたまたまランドールの家に生まれただけの凡夫に過ぎなかった。だがそんな凡夫も、ただ上級貴族の家に生まれたという事実だけで騎士団では要職についていた。はっきり言って貴族の家に生まれたこと以外は、何も取り柄のないような人間だったよ。にも関わらず、己の分を弁えることもなく傲慢不遜に振る舞い、王国騎士団という歴史ある組織を内側から壊していった」
父親に対する憎しみが深いのか、ジェノスの言葉に熱が入る。
「当時、出自や血筋ではなく、実力のある者が上に立つべきだという流れがあった。当たり前だ。魔族一匹殺したことのない者がトップに立つほうがどうかしている。だが、無能な父親は自分の保身のために、その時流に最後まで抵抗した。おかげで私が入団した頃には、まだ旧態依然とした人間が多くいたよ。私は一騎士団の人間、そして上級貴族ランドール家の人間として、この腐った組織の立て直しを胸に誓った」
ジェノスはかつてジークに語ったように騎士団への思いを口にする。アイリスとシャロンは彼の話を聞き、ジェノスは決して私利私欲に駆られて行動しているのではないと思った。
「改革を誓ったとはいえ、私の目標は苦難の道だった。だが私には希望があった。それがジーク・アンフィールド、君の父親だ」
「私、知ってますよ。何度もお父さんを騎士団に勧誘してましたよね?」
「ほお、よく知っているね。その通りだよ。ジークの剣の才は腐敗した騎士団さえも変えてしまう、そのくらい特別なものだった。ジークが騎士団へ入団していれば、改革は10年は早まっただろうね」
「でもお父さんは魔法を覚えるために学院に入学したわけで、別に騎士団に入りたかったわけじゃないんですよ」
アイリスの言葉でジェノスの顔色が僅かに変わる。
「本当によく知っている。まるで見ていたようだ。ひょっとしてジークからその話を聞いたのかい?」
「いえ、別に……」
「ジークの心は君の言うようにいつも魔法だった。だから私は待つことにした。魔法さえ使えるようになれば満足して私と共に剣の道を歩んでくれると……」
ジェノスの表情が強張る。
「だが、それは叶わなかった。君の母親、あの魔女がジークを誑かしたせいでね」




