171話 正義対正義
「なるほど軍事演習ねえ……」
ジェノスはアイギス8番隊から届いた書状を見ながらくつくつと笑う。書状の内容は「○○日、対魔族を想定した大規模な軍事演習を行うため、演習中に市民や騎士団団員が巻き込まれないように避難しろ」というものだった。
「もっと卑怯な手段に出ると思っていたが、まさか正面突破でくるとはねえ……」
「しかしこの規模ですと、かなりの範囲を封鎖しなくてはなりません。民にも日々の生活があります。簡単に応じるのはいかがなものかと」
ジークフリードは、一方的な理由で都市機能を停止させられ、市民の生活へ影響が出ることを懸念していた。
「普通ならそれを理由に断るところなんだけどねえ……」
ジェノスは書状の2枚目をジークフリードへ渡す。
「尚、当日の軍事演習により発生する損害については、全てアイギス8番隊が補償する――――馬鹿な……」
たった一日とはいえ、都市機能を停止するのだ。それにかかる損害は莫大な金額になる。
「いやぁ〜金持ちの民間は違うね……ただここまで言われてしまっては簡単に拒否もできない」
「しかし」
「ジークフリード。余計なことは考えなくてもいい。要するにこの日に決着をつけよう、ということだ」
「決着……」
「アイギスは軍事演習と称して、当日は真っ直ぐに騎士団本部に乗り込んでくるはずだ。お目当ては私と、君達元帥の首くらいかな?」
「どんな理由で我々の首を取ろうと?」
「理由なんて首を刎ねてからいくらでも考えればいい。大事なのは我々を武力で制圧することだ」
ジェノスは大切そうに魔水晶を取り出す。
「まあ我々も痛くない腹を探られる、とはいかない」
「しかしそれは我々が正義を為すために必要なもの」
「正義の尺度なんて人それぞれさ。我々の正義も、立場が変われば悪にだって成り得る。その逆も然りさ」
お互いの正義を貫けば、どちらかが悪とある。いつか悪は滅ぼさなければならない。そしてその時がきたのだ。
「魔族だけじゃない。こちらには『神』がついているんだ。間違っても負けはしない」
ジェノスは絶対の自信を持っていた。そしてアイギスの軍事演習の提案に「承認」のサインを記す。
数日後。アイギス8番隊隊舎
「騎士団より軍事演習の許可が下りました」
その言葉は聞いて集まっていた席官は驚く。
「まさか本当に許可されるとは……」
「相手は相当の準備をしているのでは?」
口々に意見を言い合う席官達。しばらく静観していたシャロンは不意に唇の前で人差し指を立てる。それを見た席官達は一斉に会話をやめ、彼女を見る。
「我々が王都に常駐してから、騎士団に対して様々な情報を収集、分析してきました。ですがこれらはどこまでいっても憶測の域を出ません。真実を知るには敵陣へ切り込まねばならないのです」
「戦いは避けられないと?」
「残念ながら、話し合いでは腹の探り合い以上のことにはなりません」
「8番隊単独で騎士団本部を叩くには戦力が足らないのでは?」
「ならば我々支部の人間も使って下さい!」
中年の男性が立ち上がる。8番隊傘下の支部、その支部長を務める男だった。この男以外にもそれぞれの支部長が数人会議に参加していた。
アイギス本部主力戦闘部隊には魔法、魔術、剣術のエキスパートが揃っている。剣術による肉弾戦がメインの騎士団と比較して兵士ひとりひとりの質はアイギスが勝っている。また集団戦における連携も8番隊の得意とする戦術だ。
しかし「数」という部分でみれば騎士団が圧倒的だった。支部の人間も含めれば数でも対等以上になるが、支部の人間は魔法が使えない一般人も多く、戦力としては心許ない。
「支部の方々には私達に変わり、隊舎の警備をお願いします」
「我々も戦えます!」
「お気持ちは嬉しく思います。ですが数だけの集団は戦況次第では烏合の衆となるでしょう。王都へは本部の人間だけで参ります」
「わ、わかりました……」
「心配しなくても大丈夫です。王都では大規模な戦闘を行うつもりはありません。可能ならば頭同士で片をつけますから」
後々の影響を考えれば王都を戦場にするわけにはいかない。シャロンとジェノス。それぞれの組織トップの戦いで決着がつくならそれに越したことはない。
「シャルロット」
「はい」
「貴女には学院及び、近隣住民の守護を命じます」
「お任せ下さい。既に準備は万全です」
「学院は王都以上の修羅場になるかもしれません。万が一のときはパンドラの転送を――――」
「お任せを」
いつものように張りついたような笑顔を見せる。彼女には気負いや余計なプレッシャーはなさそうだ。
「此度の作戦は命運を分ける戦いになるでしょう。皆さんどうかよろしくお願い致します。そして身勝手なお願いですがどうか死なないで下さい」
シャロンは立ち上がり、頭を下げた。彼女とてこの戦いで死人が出ないとは思ってはいない。だが、自分の命令ひとつで危険な戦いに身を投じる部下に対する彼女なりの誠意だった。
(あ〜あ、逃げづらくなっちゃったな〜)
扉の向こう側で会議の様子を盗み聞きをしていたステラはそんなことを思う。命の危機になれば一目散に逃げ出してやろうと考えていたステラだったが、その考えを改める。
そして手紙を持たせた鳩を一匹、夜空に放った。




