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【完結】日曜日のアイリス  作者: 早坂凛
第十四章 軍靴の音
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167話 イレイナの苦難1

「イレイナ、まだ起きていたのか?」


「お帰りなさい!」


 私は夜な夜な帰りの遅い母を、目を擦りながら待っていた。母は騎士団の将校だった。父は早くに亡くなったため、母は女手一つで私を含む4人の子供を育てていた。騎士団では立場ある人間でありながら娘4人を育てることがどれだけ大変なのか、子供だった私でも容易に想像できた。

 だからこそ長女である私は母の負担を減らすために率先して家事を行い、妹達の面倒を見た。


「ふうー」


「お母さん。タバコは体によくないよー」


「そう言うな。帰ってからの一服が至福の時なんだ。上手い料理もあるしな」


 母の体を気遣い苦言を呈するも、私はタバコの匂いが嫌いではなかった。だってあの匂いは母の匂いだから。母はタバコを吸いながら、不出来な私の料理を美味しそうに食べていた。


「お母さん、あのね――――」


 母を独り占めにできるこの時間が私はたまらなく好きだった。

 母は多忙を極め、家に帰れない日も少なくなかったが、妹が3人もいれば寂しさも和らいだ。将校である母の稼ぎは悪くなく、毎日不足なく生活もできた。十分幸せだと言える毎日だった。 


 だがそんな幸せの日々は呆気なく終わりを告げた。母が亡くなったのだ。殉職だった。騎士団の上役が家にきて母は部隊を敵から逃がすために犠牲になった、騎士として名誉ある立派な最期だったと説明された。しかし当時の私達姉妹にはそんなことはどうでもよかった。殉職ということで多額の弔慰金を貰い、食っていくことには困らなかったが金は有限だ。いつかは無くなってしまう。私は母に代わり妹達を食べさせていかなければならない。中等魔法学校に入学したばかりだったが私は将来について真剣に考えた。


 私は母と同じ騎士を目指すことにした。亡き母の想いを継ぎたいという気持ちと、王国騎士団に入れば生活の心配をしなくてもよいからだ。私は死に物狂いで努力を重ねて、名門王立魔法魔術学院に合格した。首席になれば学費は全て免除になると聞いていたがそれは叶わなかった。家族4人、数年間の生活費と私の授業料で弔慰金はほとんど使い果たしてしまった。学業や訓練の合間に妹達への仕送り分を稼がなくてはならなくなった。新生活はかなり重い気持ちでスタートした。幸い私は優秀な部類に入り、学業と訓練はなんとかなりそうだった。

 そして初めての剣術の授業を終えた日だった。


 私があいつと出会ったのは――――――――




「はっ!!」


 イレイナは騎士団の宿舎で目を覚ます。初夏の暑さもあり全身にびっしょりと汗をかいていた。


「ちっ……嫌な夢を見た……」


 イレイナは洗面台で顔を洗う。鏡に映った顔は色白で美しい容姿だったが、目の下のクマが酷く不健康な印象だった。

 イレイナはそんな自分の容姿を気にする素振りもなく身支度を整える。

 そして騎士団本部へと出勤する。彼女の階級は少佐であり、騎士団本部の情報部副室長だった。しかし彼女に仕事らしい仕事はない。副室長の立場の人間はもうひとりいて、その人間が実務を全て行っている。イレイナの仕事は情報部に上がってくる各地の戦況や人事、果ては人間関係や噂話に至るまで、あらゆる情報をまとめ上げて大将であるクレアに報告することだ。バタついている情報部の団員を目の端で見ながらコーヒー片手にゆっくりとクレアに上げる報告を精査する。


(アイギスに関するものは全て伝えた方がよさそうだな……)


 イレイナは資料をまとめて席を立つ。そして忙しそうな団員に声をかける。


「これから将官の執務室へ行くが何か渡す物はあるか?」


「あります、あります! これと……あとこれも……」


 団員からいくつかの報告書を預かる。


「以上だな。私から渡しておく」


「ありがとうございます! 助かります!」


「では失礼」


 イレイナは情報部を出てクレアのいる将官執務室へ向かう。イレイナが出ていった後に情報部内ではひそひそと彼女について陰口のような言葉が囁かれる。

 しかしイレイナは全て承知の上だった。学院出身とはいえ、平民のイレイナが貴族を凌ぐ尋常ではないスピードで昇進していったこと。実質的な実務をせずに大将であるクレアの子飼いのような存在であること。それらは全て非難の対象になることだと賢い彼女は理解していた。


(面と向かって嫌味を言われないだけましか……)


 諦めにも似たため息をついてクレアの執務室に辿り着く。




「報告は以上になります」


「そう」


「あの……」


「何かしら?」


「先日クレア様がおっしゃっていた、ランドール元帥が魔族と関係があるというのは本当のことなのでしょうか?」


「確証はないけれど間違いないでしょうね」


「…………」


「前にも言ったはずよ。ここ最近の魔族の出現場所、出現頻度は明らかにおかしいわ。まるで誰かがコントロールしてるみたいじゃない」


「アイギスの拠点ばかりが襲撃されている件ですよね」


「そう。騎士団もカモフラージュのためか多少は被害を出しているようだけど民間の連中と比較したら雲泥の差ね。それに民間が潰れて一番喜ぶのは誰? あのランドール(たぬき)でしょう」


「しかし一体どうやって魔族と手を組んだんでしょう……」


「それが知りたいからお前を使っているのだけれど?」


「も、申し訳ありません。ランドール元帥の周辺は極端に情報がなくて……」


「まあ向こうも私がお前を使って情報収集していることくらい気づいているでしょうしね」


「いかがなさるおつもりですか?」


「何もしないわよ」


「え?」


「今更ランドールに楯突くようなことをしても無意味だもの。いずれアイギスもランドールと魔族の繋がりには気がつくでしょう。もしかしたらもう戦いの準備を始めているかもしれないわね」


「でしたら!」


「ランドールが民間を潰せばライバルが消えて騎士団は安泰。反対に民間が勝っても上の首を挿げ替えるだけでしょうね。これだけ大きな組織を解体はありえないわ。それに大将の私はともかく少佐のお前ならお咎めはないはずよ」


「しかしそれでは……」


「甘い考えだけど、まあ殺されはしないでしょうに。仮にそうなっても逃げるくらいはしてやるわ」


「御身の危機には必ず我々が――――」


 部屋の隅に佇んでいた黒衣の騎士がクレアの前で膝を折る。その所作には彼女に対する忠誠心が窺える。


「ふん。くだらないことを言ってないで、その時はさっさと逃げなさい」


 黒衣の騎士の言葉をつまらない冗談と受け取り、そっぽを向く。

 

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