158話 苦い真実
「私の両親が殺された……?」
「そうだ。お前の記憶の上では事故で亡くなったことになっているが真実は違う。お前の両親は殺されたんだ。ある男の手によって」
「お父さんとお母さんが殺された……」
アイリスはルイスの言葉を復唱するように呟くがまだ真実を受け入れられていないようだ。
「順を追って話そう。リリィ様は俺達を連れて人間界へ降りた後、ジーク・アンフィールドと合流した。そしてリリィ様は自身の身代りとなって戦ったユグドラシルを探そうとしたがそれは叶わなかった」
「当時の我は全ての魔力を失い、人間界では羽虫も同然の存在に成り下がった。姫の力を使っても探し当てることは容易ではなかっただろう」
「ああ。さらにすぐ大きな問題に直面した」
「問題……ですか?」
「魔力の供給だ」
「あっ……」
「リリィ様と一緒に人間界にきたのは俺とマリア、カルナとまだ卵だったベルだ。俺達は追放されたわけではないから精霊界に戻って魔力を回復することができた」
「でもお母さんは……」
「そうだ。リリィ様は精霊界を追放された身。いかなる理由があっても精霊界に再び足を踏み入れることは禁じられていた。リリィ様自身も我儘を通した手前戻る気はなかったようだ」
「でも魔力が……」
「リリィ様は精霊の王であらせられた方。特別に魔力を消費しなければ人間界でも長く生きることができた。それこそ人間の寿命と同じ程度にはな」
数十年と言えば長く感じるが、本来ならリリィは数百年以上は問題なく生きられる。だが奇しくもジークと同じ程度の寿命となったことをリリィは当時喜んだ。
「長旅はリリィ様の体に障ると俺達はセントラルに定住するようになった。ジークは魔装具を扱う会社を興した。リリィ様の慧眼とジーク自身の優秀さもあって会社はすぐに大きくなった。同時にジークは魔法研究所も立ち上げた。こちらはリリィ様のためだ」
「お母さんの?」
「ああ。リリィ様はゆっくりとではあるが日々魔力を失い消耗していったからな。それを食い止め、魔力を供給する方法を探すためだ。幸い会社が儲かっていたこともあり、莫大な資金で研究者を集め開発を進めた。そうしてできあがった魔具をお前も知っているだろう?」
「魔力供給装置……」
「そうだ。あれはジークがリリィ様のために作ったものだ。ジークはリリィ様を救うため様々な研究を行った。その副産物として生まれたのが人工精霊であるエレノラだ」
エレノラはルイスからの視線ににっこりと微笑み返す。
「魔力供給装置はリリィ様には気休め程度の効果しかなかったが、ないよりはましだった。会社もどんどん大きくなり研究所も現在のラボを建設できる程に成果を上げていた。だが、ある出来事で歯車は狂いだした」
「ルイスそれ以上は……」
マリアがルイスの口振りに思うところがあったのか咎めるように言う。
「マリアいいんです。ルイス君続けて下さい」
アイリスはマリアを制して続きを促す。
「ある出来事とは出産。アイリス、お前を産んだことだ」
「…………」
アイリスはわかっていたがショックを隠せないという表情だった。
「リリィ様は魔法で肉体を人間と同じように変え、妊娠してアイリスを産んだ。もちろんその過程である程度の魔力消費は計算していたが、実際はリリィ様の大半の魔力はこの時失われた」
アイリスは母親のことを思い出す。今の記憶が真実かどうかはわからないが、アイリスの記憶にある母リリィはベッドに入り半身だけ起こしている姿だった。
「お母さん……」
「すぐさま命の危機に瀕したわけではないがリリィ様の衰弱は確実に進行していった。ジークも研究を進めたが魔力供給装置以上に有効な物を開発することはできなかった。それから数年、自らの死期を覚ったリリィ様はアイリスに忘却の魔法をかけたのだろう。自分が死ねば母親の記憶を全て忘れるようにな」
「なんで……どうして忘却の魔法なんかかけたんですか? 私はお母さんのことを忘れたくなかったです!」
「…………」
ルイスが憐憫を帯びた目でアイリスを見る。
「さっきマリアが言っただろう? 人間と精霊とでは根本的に考え方が違うと。愛する娘が母を思い出して悲しい思いをするくらいならば、記憶から全て消してしまった方が娘は幸せになれる。そんなところだろう」
人間からすれば死んだ後も自分のことを覚えておいてほしい、思い出してほしいと思うのが一般的だが精霊は違うようだ。
「そんな……」
「だがリリィ様の魔法は正しく作用しなかった。記憶の書き換えという煩わしい効果と、中途半端にアイリスから悲しみという感情、そして魔力を奪った」
アイリスは記憶の書き換えの影響か完璧に使えていた魔法が使えなくなった。
「そして殺される少し前、エレノラを含めた契約精霊達はリリィ様に集められた。そこでもし自分に何かあれば、アイリスの契約精霊となり娘を守ってほしい。そう頼まれた」
「それで……」
「リリィ様は最期までアイリスの心配をされていた。それにここにいる契約精霊達はリリィ様に恩のある者ばかり。最後の願いだけはなんとしても叶えたかった。まあそのことはまだ幼かったカルナやベルはよく覚えてないかもしれんがな……」
ルイスの声が僅かに上ずる。一言で言った「恩がある」には万感の思いがあるのだろう。
「うっ……」
マリアも袖で目を拭う。
「ちゃんと……覚えているの……」
「はいです……」
カルナとベルも記憶にあるようだ。エレノラも4人の気持ちは理解できるようで悲しげな表情をしている。
「俺達にその話をされた数日後にリリィ様は凶弾に倒れた」




