152話 真相追求
「お帰りなさいませ隊長!」
「お疲れ様です!」
アイギス本部8番隊の隊舎を歩くシャロンに8番隊の隊員達は挨拶をする。去年の夏に担任教師として学院に来てから隊舎は留守にしがちだった。
「あまり顔を出せなくてごめんなさいね。変わりはありませんか?」
「は、はい! 問題はありません!」
「それは何よりです」
学院と変わらぬ笑顔で隊員達と接するシャロン。隊員達からの信頼は篤く、尊敬や憧れのような視線が彼女に注がれる。隊長としての実力だけでなく人格者としても通っているようだ。
「あら、いらしていたんですか?」
隊長専用の個室に入るとひとりの少女がソファーに腰掛けていた。
「これ。あの子の契約精霊から。なんか急ぎみたいよ」
「ありがとうございます。お茶を淹れますが貴女もいかがですか?」
隊長自らお茶を淹れて少女をもてなす。それからシャロンは受け取った手紙に目を通す。そこには監視対象の詳細が記されていた。
「由々しき事態ですね」
「アイリスに何かあったの?」
「少々面倒なことになるかも知れません。ステラさん、席官に召集をかけて下さい。取り急ぎ対策会議を開きます」
ステラは心底面倒くさそうな顔をする。しかしせっかく拾った命、無駄にはしたくない。淹れてもらったお茶を一気に飲み下す。
「ご馳走さま」
ステラはそう言って席を立つ。
「大抵は隊舎にいるけど副隊長はいないわよ? いいの?」
「ええ、とりあえずいるメンバーだけで構いません」
「了解」
ステラは足早に部屋を後にする。
「随分素直になりましたね。彼女もよい拾いものでした」
ステラ・アンサンブル。かつて諜報機関「X」の諜報員としてセシリア・グリーングラスと共に学院に潜入していた。目的はアイリス・アンフィールドの監視と暗殺。ステラはアイリス暗殺に失敗して拘束された。その後シャロンからの提案で今度はアイギスの諜報員として協力することとなった。当初は組織を裏切ったところで、今度は自分が殺されるだけと協力に否定的だった。しかし「X」のエースであるセシリアがシャロンにあっさり敗れた事実を聞いて考えを改めた。
ステラの中でセシリアは最も優れた実力者だった。そのセシリアすら簡単に始末するシャロンの実力、そしてアイギスの組織力を思い知ったのだ。これ程の組織ならば古巣も簡単には手が出させない。隠れ蓑としては最適な場所だと損得勘定で判断した。
アイギスに在籍してからは隊長付きの諜報員としてシャロンの配下となった。主な仕事は、普段は学院にいるシャロンと8番隊の伝達役のような仕事だった。てっきり潜入調査や暗殺用の捨て駒にされると考えていたステラには拍子抜けだったが、命の心配のいらない任務は退屈だったが悪い気はしなかった。
(まあ私も長生きしたいしね……)
逆らうことは簡単だったが、それは寿命を縮めるだけだ。ステラは文句を言いながらも忠実に任務をこなしていった。今は言われた通りに席官と呼ばれる幹部階級の人間に声をかけて回る。わざわざこんな面倒なやり方をしなくてもいいのだが、あえてステラに人力で行わせているあたり彼女を試しているのかも知れない。
「揃いましたね」
シャロンを始め、席官が集められた部屋は意外と狭い個室だった。長い机と椅子が置かれているだけの質素な部屋だ。たが、密談をするにはお誂え向きの場所だ。
「隊長、副隊長がまだいませんが……」
第4席、騎士のような格好の男が声を上げる。
「彼女は構いません。ではさっそくですが――――」
部屋に集められた人間はシャロンを含め8名。不在の副隊長を除き、シャロンと7名の席官が顔を揃えていた。普段は学院長代理として学院の管理を任されているシャルロットも第3席の席にいる。
「昏睡していたアイリス・アンフィールドですが本日、目を覚ましたそうです」
席官達はシャロンの報告を神妙な表情で聞く。8番隊の中でアイリスの存在は既に重要事項になっているようだ。
「契約精霊によると目覚めた後に体調不良や記憶障害等はないそうなのですが、少し妙な事を口走っていると……」
「妙なこと?」
「なんでも昏睡していた1週間の間に死んだご両親の夢を見たと」
「アイリス・アンフィールドには一応両親の記憶があるわけですから、特別不思議なことではないのでは?」
死んだ身内が夢に出てくることは決して珍しいことではないと席官のひとりが言う。事実、皆そのような経験があるようで席官の発言に同意した。
「まあ、普通の夢ならそうなのでしょうけど……」
シャロンはエレノラからの報告の詳細を語る。
・夢の内容はアイリスの知らないことだった。
・夢は常にテレビを見るように三人称で両親を俯瞰してみる夢だった。
・夢の内容は全て事実であったこと。
シャロンの言葉に皆言葉を失う。
「それは夢と言うより……」
「魔法、いや魔術に近い。君はそう言いたいのだろう?」
口籠る4席にシャルロットが答えた。
「ええ……1週間も昏睡してそんな内容の夢を見るなど絶対に普通じゃ有り得ません。意図的な介入があるはずです」
「私も同意見です。これが偶然のなせる業とは到底思えません。他者の介入は間違いないでしょう。ですが彼女の近辺には気を配っていました。誰がいつ彼女に手を加えたのか、現在ある情報だけではわかりません」
「彼女には上級精霊もついていますからねぇ〜」
「その契約精霊達が何かしたという可能性は?」
「う〜ん。0とは言えないがないだろうねぇ〜」
「その根拠は?」
普段学院と接点のない席官達はアイリスの契約精霊が怪しいと疑いを持つ。しかし彼らのアイリスに対する忠誠を知っているシャロンとシャルロットはその意見に否定的だった。
「彼女の記憶を元に戻す理由がないからだ。アイリス・アンフィールドが両親の死の真相を知り、復讐を始める。またはそんな世界を恨み、怒りに任せてクーデターやテロ行為を行う。ただ悲しみに暮れる。どれを取っても彼女のプラスにはならない。故に契約精霊がそんなことをするメリットがないのだよ」
「確かに……」
「付け加えるなら契約精霊のアイリスさんへの忠誠心は相当なものです。格上である私に臆することなく立ち向かってきました」
シャロンとシャルロットの言葉には説得力があった。どちらもアイリスや契約精霊達と深く関わった上での話だからだ。
「あの」
「どうぞ」
第5席の女性が立ち上がり発言する。
「私は騎士団元帥ジェノス・ランドールが怪しいのではないかと」
思わぬ名前に全員に緊張が走った。




