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【完結】日曜日のアイリス  作者: 早坂凛
第十三章 両親の過去
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149話 アイリスの夢物語11

「ん〜」


 ジークが地図を見ながら唸る。


「どうしたの?」


「いや、今日中に着くには若干厳しい気がしてな」


「別にいいんじゃない? 急ぎでもないし」


「そうなると山の中で野宿だぞ」 


「いいじゃないたまには」


「お、おう……」


 卒業までにたんまり貯めた資金と道中で稼いだ懸賞金のおかげで金銭的にはかなり余裕があった。夜は大抵どこかの宿に泊まっていたので野宿はかなり久しぶりだ。

 そしてふたりは山中で夜を迎える。焚き火を囲みながらストックしていた携帯食を食べる。


「たまには悪くねえな」


「でしょ〜」


 季節は夏。外で一夜を明かしても問題のない季節だ。揺れる炎を眺めながら虫達の大合唱を聴く。そして視線を上げれば爛々と輝く星空。自然を全身で感じられるここはどんな高級ホテルより贅沢かもしれない。


(星なんて眺めちまって柄にもねえ……)


 風流に浸る自分に笑みが溢れた。


「毛布……毛布……」


 お腹の満たされたリリィは星空などには目もくれず寝支度を始める。


(風情のねえ女だな……)


 だが、それもまた彼女らしいと思った。


「さて、と」


 ジークは剣を持ち立ち上がる。


「寝ないの〜?」


 既に毛布に包まっているリリィが声をかける。


「素振りだ。一応見回りも兼ねてな」


「そんなの大丈夫よ〜。私熊より強いから〜」


 もう眠たいのか少しおざなりに返事をしてひらひらと手を振る。リリィはすぐに眠りにつくだろう。


(起きることはないだろうが……)


 リリィの眠りを邪魔しないように少し離れた場所で剣を振る。ジークは幼少期から剣聖と呼ばれるようになった今でも基本稽古である素振りを日課のように行なっている。強くなるためというよりは、もはやルーティンで何日か空くと無性に剣を振りたくなるのだ。このように常人ならば意識して行う鍛錬を日常の一部にしてしまう辺り、ジークの剣士としての資質を感じさせる。

 1時間程、無心で剣を振ったジークは動きを止める。


「おい、用があるなら出てこいよ」


 ジークは誰もいない茂みに話しかける。ジークが声を発してから数秒間の沈黙があったが、ガサガサと茂みを掻き分ける音がする。そしてひとりの大男が姿を現した。


(でけーな……2メートルはあるか……)


 長身に加えて鍛え抜かれた筋骨隆々とした肉体。年齢は40歳くらいだろうが、男の身体は年齢を感じさせない程に若々しかった。


「野郎を盗み見るとはいい趣味とは言えねーな、おっさん」


「真剣に剣を振っていたのでな。声をかける機会を逸してしまった。だがおかげで良いものが見れた」


「良いもの?」


「貴殿の鍛錬、美しさを感じる程に研ぎ澄まされていた。さぞ名のある剣士なのだろう」


「そりゃどーも」


 外見から好戦的な人間かと思ったが、男の態度は随分と紳士的だった。だが男が発する強者のオーラにジークは隙を見せることなく警戒する。


「剣聖ジーク殿で間違いはないか?」


 ジークの眉がピクリと動く。さらに警戒心を強める。


「その呼ばれ方はあんま好きじゃねえ……で何の用だおっさん」


 やや不機嫌に返答する。男の立ち振る舞いから実力を探るが全く底が見えなかった。これはジークにとって初めての経験だった。


「ふむ。単刀直入に言おう。姫から手を引いてもらいたい」


「姫? リリィのことか?」


「如何にも。本来あの御方は人間と戯れてよい存在ではないのだ」


(姫ねぇ……やっぱりどこかの令嬢だったのかあいつ……)


 ジークはリリィの身なりや普段の言動から、彼女は名家の出身ではないかと勘繰っていた。ずば抜けた魔力と豊富な知識は幼少期からの英才教育の賜物だ。そして世間に異常に疎いこと、そして自らの出自をあまり話したがらないことから「家出したどこかの令嬢」ではないかとジークは考えていた。


(まぁ知ったことじゃないが……)


「そういうことは本人に言えよ」


「再三言って聞かぬからこうして貴殿の前にいる」


「なるほど」


(ちょくちょくいなくなっていたのはそういうことか)


 ジークの家に通うペースは週の半分程。一緒に旅を始めてからも理由をつけ不意に姿を消していた。詮索はしなかったがおそらくこの男とコンタクトを取っていたのだろう。


「悪いが相談には乗れない。あいつとの旅は結構気に入っているんだ。リリィが自ら去るなら何も言わないが、他人に詮索される謂われはねえ」


「それが姫を不幸にするとわかっていたとしてもか?」


「何が幸せかを決めるのはリリィ自身だ」


「そうか……残念だ」


「――――っ!?」


 男が僅かに視線を落とした瞬間に、今まで感じたことのない悪寒がジークを襲う。反射的に後ろに飛び退くも、地面が爆ぜたように盛り上がりジークを空中に放り飛ばした。


「魔法か!?」


 空中で男に視線をやると、何かを唱えながら腕を振る。すると地面から信じられない速度で樹木が生えて、その伸びた蔦がジークを襲う。


「らあっ!!」


 空中で舞うように回転して四方から襲い来る蔦を斬り落とす。木の枝を軸に男から距離を取り地面に着地する。


「ほお見事な剣技だ」


 男は攻撃を防がれたにも関わらず、素直にジークを称賛する。


(やっぱりこのおっさんは魔法使いか)


「もう一度聞くが引く気はないか? 貴殿を殺したくはない」


「あ?」


「我も姫のために引くことはできん。だができるだけ事を荒げたくはない」


「その物言いが気に入らねえ」


「?」


「本気を出せば俺ごとき、いつでも殺せるっていうその舐めた態度だよ!」


 ジークは高く跳躍する。ちらりとリリィの眠っている場所を確認する。巻き込まないだけの十分な距離があることを確認してから魔力を一気に練り上げる。


怒濤の業火ヘル・グランドスヴェル!」


(――――っこれは姫の!?)


 男の視界はジークの放った魔法に包まれる。闇を纏った黒炎弾がうねりを上げて男を襲う。周囲の木々を飲み込みながら地面を抉り取り、地中深くで大爆発を起こす。地上10メートル以上の火柱を上げ、辺りを昼間のように照らす。リリィの火、闇、風の3種の複合魔法だ。


「嘘だろおい!!」


 想定外の威力にジークは狼狽える。敵意を見せられたとはいえ、相手は恐らくリリィの臣下だ。彼を殺すつもりはなかった。だが、この有り様では骨も残らないだろう。


「やっちまった……」


 ジークは魔法で空いた穴を覗く。闇夜もあり底は全く見えない。ただ落下する瓦礫の音から察するに十数メートルはあるだろう。


「なんつぅ威力だよ……」


 自身が放った魔法とはいえ、魔力はリリィのものだ。この圧倒的な魔力にジークは僅かながら恐怖心を抱いた。


「戻るか……」


 これだけの爆発音だ。リリィも流石に目を覚ましただろう。殺めてしまった彼のことを報告しなければならない。その時――――


「フッハッハッハ…………」


 闇夜に空いた巨大な穴から地響きのような低い笑い声が聴こえた。男の声に似ていたが明らかに人間のものではなかった。


「なんだ!?」


「まさか貴殿が無色の魔力の持ち主とは……姫が気に入るのも無理はない……」

 

「は?」


 間抜けな声が出た。地震のような地響きを起こしながら男が這い上がってきた。ただジークの眼前に姿を現したのは人間ではなく、巨大な岩石がいくつも連なった大蛇だった。


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