147話 アイリスの夢物語9
その日の夜。
「ふ〜ん。それで騎士団に」
「ああ。毎度のことで気が滅入る」
「別にいいんじゃない? 毎日美味しいご飯が食べられそうじゃない」
食卓を囲みながらリリィはジークの愚痴を聞く。
「手堅い職なのはわかっているんだが、今までは魔法が使えるようになることしか頭になかったからな」
「でも魔法は使えるようになったんだから真剣に考えてみてもいいんじゃない? 食い扶持は大事よ」
人間社会で生きていくには金を稼いで生活をしなくてはならない。現代では完全な自給自足のみで暮らしている人間はほとんどいない。皆何かしらの手段で生活費を稼いでいるのだ。王国騎士団に入団すれば生活は保証される。さらにジークの実力ならば厚待遇で入団でき、昇進も期待できる。そうなればもう金に困ることはないだろう。名門王立魔法魔術学院を卒業していればあらゆる職業が選択可能であるが、王国騎士団に勝る職場は多くはない。将校の息子であるジェノスというコネも考えれば非常においしい選択肢だ。
「まあそうなんだがな……」
今まで一匹狼のような生き方をしていたジークは組織に属するということに抵抗があった。そんなジークの考えを見抜いたようにリリィはぽつりと言う。
「でもまあ好きに生きればいいんじゃない。これはあなたの人生なんだから」
リリィは普段、子供みたいにはしゃいでいると思えば、時折こうした達観したかのような物言いをする。
「お前はどうなんだ?」
「私?」
「目標とかないのか?」
「美味しいご飯を食べること?」
「…………お前らしいな」
答えたくない質問だったのかリリィはとぼけたような回答をする。ジークもそれを察してそれ以上の追求はしなかった。リリィは少し申し訳なさそうに口を開く。
「魔法や面白い物を探しながらふらふらすることかしら。ああ王都という所にも一度行ってみたいわ」
「王都? そんなもん鉄道列車ですぐ行けるだろう」
「人が多い所は好きじゃないの」
「人混みが嫌なのか?」
「そういうわけじゃないけど……ほら他人ってその土地の人間じゃないと根掘り葉掘り聞いてくるでしょ? アレが得意じゃないの」
確かにリリィが自分以外の人間と一緒にいるところは見たことがない。
(なるほどな……)
「安心しろ。都会の人間は知らない奴にいちいち話しかけたりしない」
「え? そうなの?」
「当たり前だ。どれだけ人がいると思ってんだ? 知らない人間にあれこれ詮索するのはむしろ田舎者のやることだ」
「そうなんだ……」
(どんだけ世間知らずなんだこいつ……)
「まあそういうわけだ。王都に行きたいなら週末にでも連れて行ってやるぞ?」
「本当?」
「ああ。俺も色々買いたい物があるしな」
「やったぁ!!」
リリィは飛びつくように抱きついてくる。最近は随分と馴れ馴れしくなってきたものだ。
それからもふたりの半同棲生活は続いた。リリィはジークに魔力を供給しながら魔法の使い方を教えた。後にわかったことだが供給されたリリィの魔力で放つ魔法は学院の教師より遥かに強力なものだった。
王都剣術大会
「ふっ! らあっ!」
無駄のない動きで相手の剣を弾き落とす。そして喉元に剣を寸止めする。
「参った。俺の負けだ」
その瞬間、会場は割れんばかりの歓声が響く。それもそのはず、たった今倒した相手は騎士団大尉だ。もはや幹部階級の人間ですらジークの敵ではなかった。
「ふふふ。こっちの方はまさに天賦の才ね」
会場の片隅から見守っていたリリィから笑みが溢れる。
「ふう……今回は稼がせて貰ったな」
約1年分の生活費に相当する賞金を手に入れてジークはご満悦だった。
「やあ、おめでとう」
「よおコイル。観に来てたのか?」
「まあね。いやぁ一方的過ぎて応援のしがいがなかったよ」
「いただいた賞金で飯でもどうだ?」
「いやいや蜜月を邪魔をするわけにはいかないからね。今度学食でもご馳走してよ」
コイルは当たり前のように脇にいるリリィを見て苦笑いを見せた。リリィとの生活はもう1年近くに及ぶ。外出先で一緒にいるところを見られたこともあり、学院の人間には「ジークが自宅で女を囲っている」と周知の事実になってしまった。
(くっ……なまじ事実だから反論できねぇ)
「おう。じゃあまた学院だな」
コイルが去った後、リリィが尋ねる。
「ねぇ騎士団の勧誘を断ったのにこんな大会出てもいいの?」
ジークはジェノスの再三に渡る勧誘だけでなく、ひと月程前に騎士団本部から正式にスカウトを受けたのだ。騎士団本部勤務で階級は少尉、提示された条件は貴族でもないジークに対しては破格だった。その好条件をジークはあっさり蹴ったのだ。
「いいんだよ。それにやりたいこともできたしな」
「そう」
リリィは柔らかく微笑んだ。彼のやりたいことを知っているからだ。
「そのためにはまずは軍資金がいるからな。卒業まで稼がせてもらうぜ」
最近のジークは剣術関係の大会や魔族討伐など資金集めに奔走していた。力を誇示するような大会には興味がなかったが目的があれば楽しさすら感じていた。
だが、それを是としない人間も少なからず存在していた。
「アレが魔女。剣聖を狂わせた忌まわしい生き物め……」




