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【完結】日曜日のアイリス  作者: 早坂凛
第十三章 両親の過去
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144話 アイリスの夢物語6

 ジークの自宅は村外れにある古い小屋だった。


「ここだ。遠慮せずに入ってくれ」


「ふ〜ん。ここが……」


 リリィはまじまじと小屋を眺める。リリィの知ってる建物のイメージよりかなり小さく古ぼけていた。中はベッドに机。調理器具に食料の貯蔵庫、丁寧に手入れされた剣が数本あった。そして予想外なことに魔法、魔術に関する蔵書が多くあった。


「悪かったなボロくて」


「え?」


 図星を突かれリリィは動揺する。


「廃屋だった小屋をタダ同然で買ったんだ。これでも結構手入れしたんだがな」


 ジークは貯蔵庫から食材を取り出し調理を始める。


「そうなんだ〜。ん? 学生なら学院側が住む所を用意してくれたりしないの?」


「寮はあるが生憎、集団生活は苦手でな。ボロ屋だがここの方がよっぽど落ち着くんだ」


「あ、それはわかる気がする〜」


「わりぃけど机にある魔術書を適当に片してくれ」


「は〜い」


 世間話をしている間にジークはあっという間に調理を終える。


「できたぞ」


 そう言って丼ぶりをふたつ机に置く。


「もうできたの!?」


「まあ具材乗っけるだけだからな」


「すご〜い!」


 リリィは物珍しそうに丼ぶり飯を眺める。


「ねえ食べてもいいの?」


「おう」


「いただきま〜す」


 リリィはお腹が空いていたのか景気良く丼ぶり飯を掻き込んでいく。女性としては珍しい豪快な食事スタイルにジークは呆気にとられる。ジークが半分程食べた頃にはリリィの丼ぶりは空になっていた。


「ご馳走様でした〜!」


 笑顔で手を合わせるリリィ。どうやらジークの料理にご満悦のようだ。


「旨かったなら何よりだ」


 自分の料理を褒められてジークも悪い気はしないようだ。食べ終わると上機嫌で洗い物を始める。


「あなた料理の才能あるわよ。いっそ料理人を目指したら?」


「抜かせ」


 リリィは舌鼓を打ったがジークが作った物はどこにでもある大衆料理だ。


「そうかな〜? 使えもしないのに魔術書を読み漁るよりは有意義だけと思うけど」


「うるせーよ……って待て。何でお前は俺が魔法使えないことを知ってんだよ?」


 ジークは振り返りリリィを凝視する。リリィには自分が魔法を使えないことは話していない。


「え〜だって……」


 リリィはジークの顔をじっと見つめる。その視線はジークの顔だけでなく、さらに深いところまで見ているようだった。


「あなた、『無色の魔力』でしょ?」


「は?」


 ジークには聞いたことない言葉だった。


「おいなんだよ……その無色の魔力って……」


 幼い頃から村の老人に魔術書を読み聞かされ、自身も魔法が使えるようになる為にありとあらゆる書物に目を通してきた。だが『無色の魔力』という言葉には覚えがなかった。


「え〜と……」


 リリィは無色の魔力について説明しようとするが上手く言葉が出てこないようだ。


「頼む!!!」


「わひゃっ!」


 ジークはリリィの両肩を掴む。リリィは驚いて素っ頓狂な声を出す。


「その無色の魔力ってやつを教えてくれ!! 俺は魔法が使えるようになりたいんだ!!」


「え、と……」


「頼む!!」


「あ、うん。わかったから……」


「じゃあ!!」


「うん……教えるから……一回離れて……ちょっと……近い」


「うおっ! わりぃ!」


 ジークはようやく鼻先同士がぶつかる程にリリィに迫っていることに気づく。


「全く人間にはデリカシーがないんだから」


「お、おう? 悪いな」


 リリィは赤面した顔を落ち着かせ立ち上がる。


「またご飯食べさせてくれる?」


「え? ああ飯くらいならいつでも……」


「ふふよろしい。ではレクチャーしてあげるから外にいきましょう」


 ふたりは庭に出る。リリィは氷の魔法で氷柱を作り、木に向かって放つ。氷柱は木に当たっても砕けることはなく、木の中心部付近まで深く刺さっていた。


「すげぇ……」


 ジークの口から思わず感嘆の声を上げた。


「ふふん」


 リリィは少し得意気になったようだ。


「さあ、あなたもやってみて」


「いや、だから魔法使えねーんだよ」


「い・い・か・ら」


 ジークは無駄と分かっていても魔力を練る。体内で魔力が循環する感覚はある。それを手の平に集中させて木に向かって一気に放出する。


「はあっ!」


 剣術のように気合の入った声を出すも、練り上げた魔力は体から離散していく感覚だけが残り何も起こらない。


「ぐっ……」


「いつもこんな感じ?」


「ああ……魔力の流れつーのか、そういうものは感じるんだが魔法になって発動してくれねえ」


「はい、じゃあこっち向いて」


 リリィは自身の手をジークにかざす。


「おい何を――――っ!?」


 ジークは人生で初めて感覚に陥る。リリィの手から大量の水が体に流れ込んでくるような不思議な感覚。そしてその水が砂に染み込むように体に浸透していく。


「ふふふ、どうわかる?」


 リリィは笑顔を見せる。


「ああ不思議な感覚だ……」


「では景気良く空に向かって魔法をどうぞ〜!」


 ジークは空に向かって手を構える。根拠はないが魔法が放てる気がした。


「うおおおぉ!!!」


 ジークは空に向かって咆哮を上げながら魔力を練り上げる。リリィから流れてきたものが手に向かって集約されていくのがわかる。そして直径2メートル程の火炎玉がジークの両手から放たれる。


「うおっ!!」


 火炎玉の熱気と、魔法を放った際の風圧で尻餅をつく。


「危ないから消すね」


 リリィが腕を一振りするとかまいたちのような一閃が空を裂き、ジークの火炎玉を破壊する。


「ふふっ。できたね魔法」


「……」


 この時の弾けた火炎玉の光に照らされたリリィの屈託のない笑顔をジークは生涯忘れることはできなかった。



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