143話 アイリスの夢物語5
その夜。自宅のリビングでくつろいでいた。水曜日の精霊ベルと一緒に漫画を読む。しかし内容はなかなか入ってこない。昼間のジェノスとの会話が気になっていた。
「む〜……んん……む〜ん……」
「アイリィ〜?」
「むむん……んん……うぅ〜ん……」
変な唸り方をしながらジェノスの言葉を思い出す。アイリスの記憶には父親との思い出はあまりない。いつも険しそうな表情で研究所に込もっていたことが最も鮮明な記憶だった。母親とは違い12歳まで一緒に暮らしていたにも関わらずアイリスには父親との思い出があまりにも少なかった。
「ベルちゃんはお父さんのことは覚えてますか?」
「ふぇっ!?」
唐突な質問にベルは動揺した。
「もちろん覚えてますよー!」
「どんな人でしたっけ?」
「ど、どんな……?」
「ええ。今日お父さんの知り合いだった方に会ったんですが、その人の言ってたお父さんの人柄があまりぴんとこなくて」
「はぁ〜パパさんの……」
「なのでベルちゃん的にお父さんってどんな人でした?」
父親ジークは多忙だったとはいえ、亡くなるまでは一緒に暮らしていたのだ。にも関わらずアイリスは父親のことが不自然な程記憶になかった。
「い、いい人でしたよ〜!」
「…………」
「え〜と……よく研究所に居たと思います!」
「まあそうですね……」
ベルの要領の得ない言葉に適当に相槌を打つ。今思えば精霊達はいつもこうだった。両親の話題を振ると答えてはくれるものの、ぼやっとした曖昧な返答しかない。
「ベルちゃん」
「はい?」
「本当にそれだけしかないですか?」
ずいっとベルに詰め寄る。ジト目でベルを目の前で見る。
「あの、アイリィ〜……」
「他には何も覚えてないんですか?」
「ひうっ!?」
「お父さんのこと、何か覚えてることがあるんじゃないですか?」
「あぅ……あぅ……」
滅多に見せないアイリスの負の感情を受けてベルは涙目になる。
「わ、わたし……まだちっちゃかったので……」
「なんにも……しらないんです……」
「う、うわ〜〜〜ん!!!」
アイリスの圧に負けてベルは泣き出してしまった。
「うわ〜〜ん!! アイリィがいじめてきます〜!!」
ベルは空中をぐるぐる回りながら寝室の方へ姿を消す。
「ちょっ! ベルちゃん! むむむ……う〜ん」
「まあベルちゃんは確かにまだ小さかったですね……」
ベルが産まれたのはアイリスより後であり、ジークと接した時間もアイリスより短い。
「ベルちゃんに聞くのは間違っていましたかね」
その後アイリスはベルの機嫌を取り戻すのに小一時間かかった。
そしてアイリスはまた夢の続きを見る。
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「大天使だぁ?」
ジークは怪訝な顔でリリィを見る。
「そう! 美少女に相応しい素敵な呼び名よね〜」
リリィは両手を組み、豊かな胸を持ち上げながらジークを見る。
(大天使って……この女、頭おかしいのか……)
まるで誘惑するようにパチパチとウインクしながらジークを見るリリィだが、彼には全く効果がないようだ。
「…………アレおかしいわね?」
「あ?」
「こうすれば人間の男は大体落ちるはずなのに……」
ジークの反応が予想外だったのか、リリィはひとりで明後日の方を向いて考え込む。そしてジークの眼前に顔を近づけて彼を見つめる。しかしジークは相変わらず変な生き物を見るような目だった。
「え〜私ってひょっとして魅力ない〜?」
急に涙目になるリリィ。ジークの態度に自信をなくしたようだ。
「何言ってんだ?」
「私って魅力ない? 可愛くない?」
半泣きになりながらジークを見つめる。
「だから何言って――――」
「大事なことなの!!」
「お……おう……」
リリィの勢いに押されながらジークは彼女を見る。細身だが出るとこは出ているスタイル。新雪のように綺麗な純白な髪に造形の整った顔。コイルが言うように美人と言って差し支えない容姿だった。
「まあ……美人だと思う」
「ほんとにっ!?」
リリィは勢いよくジークに詰め寄る。
「ああ」
「ふっふっふ……やっぱり私は大天使に相応しい美貌を持っているのだわ!」
ジークからの美人判定で自信を取り戻したのか、またテンションが上がる。
(情緒不安定な奴だな……)
「まあいい。それと礼に飯だったか?」
「ん? ああ、それは別にいいわよ。見たところあなた学生? なんでしょう? お金のない人にはたかれないわ」
助けた礼に金品を要求するがめつさを見せたリリィだが、ジークの財布を気にしてか前言を撤回する。
「変なところで真面目な奴だな」
「仮にも大天使だもの。品格を落とす真似はできないわ」
ジークは助けた相手に金品をたかるのは品格を落とす行為ではないのかと思ったが口には出さなかった。
「だが、今の俺は割りかし金持ちでな。飯くらいならいくらでも奢ってやれるぞ」
「あら、あなたは貴族というやつなの?」
「なわけあるか。助けられた手前、説得力に欠けるが剣の腕には覚えがあってな。その賞金で潤ってんだよ」
「へえ……でもそういうことならご馳走になるわ!」
リリィの表情がぱぁっと明るくなる。
「少し歩くがいい飯屋を知ってる。そこでいいか?」
「飯屋……そこは人間がたくさんいるの?」
「は? まあ時間帯によるがそれなりに」
「そうなのね……」
リリィは腕を組み悩み始める。
「なんだ? 人がいるところは嫌か?」
「そういうわけじゃ……」
リリィは否定するがどう見ても人混みに難色を示している。
「なら俺んちにくるか?」
「え?」
「俺は一人暮らしだからな。家には誰もいねえ。それに簡単な料理くらいはできる」
「料理できるの!?」
「男の自炊だ。味は期待するなよ」
「大丈夫! それでいいわ行きましょう!」
リリィは快諾してふたりはジークの自宅へ向かう。




