140話 対立
「お前は……」
リオンに話しかけてきたのはリオンと同年代の若い女性だった。長い金髪をひとつ結びにしていてリオンに劣らない美人だったが、目の下にある酷いクマが不健康な印象を与えている。
「イレイナか」
リオンとは顔見知りらしい。リオンは少しだけ表情を和らげイレイナの前に出る。イレイナはリオンの全身を観察するのように見ると小馬鹿にしたように笑った。
「はっ……どうやら民間に堕ちたという噂は本当のようだな」
どうやらイレイナはリオンに対して友好的ではないようだ。
「……見ての通りだ」
「何もしなくても出世できる身分にありながらその地位を捨てて民間に入るとは、下々の私達に対する当てつけか? 首席様」
「姉様。誰なのですか? この無礼者は」
姉を馬鹿にされ、ミーナが苛立った様子でリオンに尋ねる。
「彼女は私の学院時代の同期だ」
(なるほどそれで「首席様」なのか)
「優秀な奴だ。在学中の成績は全てトップクラスだった」
「在学中常に首席だったお前に言われても嫌味にしか聞こえんな。だが、それも昔の話だ」
イレイナはリオンに腕章を見せる。そこには「少佐」の階級を表す記章があった。退団前のリオンの階級である「中尉」よりさらにふたつ上の階級だ。
「少佐……随分と昇進したものだな」
「無論だ。それに私の階級は元帥の娘というだけで地位が与えられたお前と違って実力だ」
イレイナはリオンを挑発するように絡む。既に騎士団とは無関係なリオンに対する態度には個人的な因縁を感じさせる。
「イレイナ? 何をやっているの?」
不意に声をかけられてイレイナは鬱陶しそうに振り返るが、すぐに姿勢を正し直立不動の体勢をとる。
「クレア大将!! なぜここにっ!?」
心底驚いたような声を上げる。嫌味たらしくリオンを煽っていた姿はもうない。クレアは黒衣の騎士を数名引き連れてゆっくりと杖をつく。
「随分と楽しそうにしているわね。あら?」
「ご無沙汰しております……」
リオンもかつての上官、それも大将を目の前にして萎縮する。特にクレアは元帥である父親に剣を向けた瞬間に居合わせている。
「うお、すげぇ……あれ大将だぞ」
「リオン先生は大将とも顔なじみなのか……」
リオンとイレイナのやり取りを遠巻きに見ていた生徒達はさらに距離を置く。単純にクレアやイレイナといった幹部階級の人間が畏れ多いのと、騎士団からの心象の悪いリオンのとばっちりを受けたくないという気持ちがあった。
「ランドール、お前よく本部に顔が出せたものね? しばらく見ない間に随分と面の皮が厚くなったようね」
「…………」
さすがのリオンもクレアの前では立つ瀬がないのか、俯いてしまう。
(大将クレア。かつて父上と並んで元帥最有力候補と言われた人物だ)
ミーナはリオンの話でクレアと関わりがあったことは知っていたが直接目にするのは初めてだった。
「わざわざ民間の隊服まで着て……スパイ行為にしては少し目立ち過ぎるわね」
「違います! 今日は学院の生徒達の本部見学を――――」
「知っているわ。相変わらず冗談が通じない奴ね」
「失礼しました……」
「見学に来るのは自由だけれど、民間の息のかかった生徒を騎士団は果たして何人採るのかしらね? ましてや騎士団を裏切ったお前が教師をしていると知れば、採用には影響がありそうなものだけど」
「そ、それは……」
「まあ、新人の採用なんて私は関わっていないから知ったことではないけれど……ただランドール、お前がしたのはそういうことよ?」
クレアは威圧するような笑顔でリオンを見下ろす。もうリオンのことを身内として扱うつもりはないようだ。有無を言わせないクレアの言葉にイレイナすら口を挟む余地がなかった。
「なんか感じの悪りぃババアだな」
「若さへの嫉妬でしょ」
少し離れた所からマードックとアリスがリオンをいびるクレアへ軽口を叩く。しかしその言葉はクレアの耳に届く。
「がぁっ!?」
「ぐおっ!?」
クレアが右手に持つ杖で軽く地面で突くとマードックとアリスは車に撥ねられたように吹っ飛ぶ。
「クレア様!!」
リオンが叫ぶもクレアは涼しい顔をしていた。
「民間では口の利き方は教育していないようね」
「くっ……」
リオンはマードックとアリスの元に駆け寄る。
「おい、お前達大丈夫か?」
「え、ええ……」
「いってぇな……」
ふたりともダメージはあるが大事には至っていない。さすがにクレアも加減したようだ。
「良かったわね坊やたち。お前達が騎士団の人間ならば腕のひとつでも飛ばしてやるところよ? あら?」
シャロンがクレアの前に立つ。
「…………」
シャロンを前にクレアの顔付きが厳しくなる。
「生徒の無礼は謝罪致します。ですが学院の人間に対する暴力は見過ごせません」
シャロンは厳しい口調でクレアに抗議する。
「はっ! 躾のなっていないガキに少し教育しただけよ。それにしてもお前程の人間が堂々と騎士団の敷地に立ち入るとはね。ランドールの厚顔はお前譲りなのかしらね?」
リオンと同じようにアイギスの人間には辛辣な態度を崩さないクレアだったが、シャロンに対してはリオンとは違い明確な敵意があった。
「騎士団とは中立条約を結んでいます。我々は敵対しているわけではありません」
「そんなものが有名無実なのはお前が一番よく理解しているでしょうに――――」
「おや、どうかしましたか?」
一触触発の不穏な空気の中、ふたりににこやかに話しかける男が現れた。




