134話 推論
夜の学院長室。報告書を読みシャロンは、アイリスの両親の死について推論を述べる。
「アイリス・アンフィールドの両親はそれぞれ暗殺されています。当局の捜査では決定的な証拠はありませんが、状況から鑑みて間違いはないでしょう」
シャロンは捜査資料を机に置いて、シャルロットに向かって語り始めた。
「両親の死の間際、彼女はどちらの場合も両親のそばにいました。家族ですからそこについては疑問を挟む余地はないでしょう。しかし彼女はいずれの場合も両親が殺される瞬間を見ていないのです」
「親と子、一緒に行動していてもひとりになるタイミングくらいあるのでは? ましてや暗殺です。私が暗殺者ならば極力ターゲットがひとりのときを狙いますがね。殺しの瞬間の目撃者などいないに越したことはありませんからねぇ〜」
シャルロットはシャロンの言葉に、彼女が納得できるような回答をする。
大切なのはアイリス・アンフィールドが、学院ひいてはアイギスの監視下にあることだ。既に亡くなっている両親の死の真相などどうでもいいとシャルロットは考えていた。
だがシャロンには引っかかることがあるようで独り言のように当時の考察を進めていく。
「母親が亡くなったときは彼女は3〜4歳。状況が理解できず、幼さ故に記憶にも残っていないのは頷けます。ですが父親が亡くなったとき彼女は12歳、しかも第一発見者です」
シャルロットはふたり分の紅茶を淹れながらシャロンに尋ねる。
「そばにいたのですから別におかしくはないでしょう。マスターは何にこだわっておいでなのです?」
シャルロットの問いに一拍置いて答える。
「彼女の……アイリスさんの普段の言動、いえ思考……とでも言いましょうか」
「アイリス・アンフィールドの思考?」
シャルロットはシャロンが何が言いたいのか理解できなかった。
「彼女は幼くして両親を亡くしています。それも『暗殺』という形で。さらに報告書によれば父親の件では死の瞬間にも立ち会っています。当時彼女は12歳。父親の身に何が起こったのか十分理解できる年齢です」
「…………」
結論から話さないシャロンだったがシャルロットは彼女の話に聞き入る。
「先日、アイリスさんに『両親の仇討ちはしないのか?』と尋ねました。しかし彼女は――――」
『復讐? あの、両親は事故死ですが……』
「と答えました。つまり――――」
続きを言いかけたところでシャルロットが言葉を被せる。
「アイリス・アンフィールドは両親の死因を隠している。あるいは本人すら死の真相を知らない――――と仰りたいのですか?」
「ええ。父親の死後、彼女の様子は普通ではありませんでした。母親に続き、父親までも亡くなってしまった。彼女には過度な心的ストレスがかかったことでしょう」
「そのショックから両親の死を記憶から消したと?」
「ここが理解が及ばない点です。先日の彼女との会話では、両親の死を認識していました。故に記憶から消えていると言うことはないでしょう」
「まあそうでしょうね」
「また彼女自身が両親の死因を隠している場合ですが、以後の彼女の態度を見るに考えにくいですね。何より死因を偽る理由もありません」
「つまりアイリス・アンフィールドの記憶は何者かによって改竄されている。両親は暗殺ではなく、事故によって亡くなったと」
冒頭にシャロンの意見を結論としてシャルロットが言った。
「ええ。その通りです。物証はありませんが彼女には『影』がありません。人の死を知る者特有の影が」
親友の死に傷心して学院にきたイサミ、一族の大半を魔族に殺されたマードック、組織に見殺しにされる形で部下を大勢失ったリオン。皆理由は違えど「親しき者の死」を経験している。そしてそういった者達は、死を知らない人間とは違う雰囲気がある。具体的な定義はないが特有の空気を纏っている。
また一流の暗殺者であったセシリアは強靭な理性でその影を抑え込んでいたが、彼女のような例は稀だ。
そしてアイリスにはその影が全くなかった。一番親しい肉親を『暗殺』と言う理由で亡くしているにも関わらず彼女には『死』を纏うオーラが全くないのだ。
「確かに能天気を具現化したような娘ですからねぇ〜」
少し愉快そうにシャルロットは笑う。
「ええ、もし彼女が秘めたる感情を抑え込んであの笑顔を見せているならセシリア・グリーングラス以上の役者ですね」
「…………」
セシリアに痛い目に合わされたシャルロットは何とも言えない表情になる。
「さて、話を纏めると現状、アイリスさんは何者かによって記憶を改竄されている可能性が高いです。そして次の疑問は誰が、何のためにそのようなことを行ったのか?」
シャロンは問題を出したような目でシャルロットを見る。
「両親を殺した暗殺者では?」
「なぜそう思うのです?」
「犯行の瞬間を目撃された、あるいは目撃されたと思って記憶を改竄したのでしょう。かなり高度な魔法ですが、『剣聖』を殺めるような輩です。それくらいできても不思議ではないでしょう」
記憶を改竄するという行為は、当然改竄しなければ都合の悪い出来事があるからだ。当時の状況から考えて犯行を見られた暗殺者がアイリスの記憶を改竄したという考え方は間違っていない。
「その考え方が普通でしょうね」
「普通? ではマスターのお考えは違うと?」
「ええ。私は記憶改竄は暗殺者の仕業ではないと考えています。理由は至ってシンプルです。犯行の現場を見られたなら殺せばこと足りるからです。『剣聖』や『大天使』を殺害するような猛者です。幼子ひとり殺めるくらいわけないでしょう」
「アイリス・アンフィールドを生かす必要があったのでは?」
「それならば両親を殺害した段階で連れ去っているでしょう。彼女を放置した理由は、彼女自身には用がなかったからではないでしょうか」
「なるほど……」
アイリス自体に価値がない以上、わざわざ高度な魔法で記憶を改竄するくらいなら殺してしまった方が手間がかからない。シャロンの説明の方が合理的だった。
「では誰が何のために記憶の改竄を?」
「それはアイリスさんのためではないでしょうか」
「アイリス・アンフィールドのため……」
「先程も言いましたが相次ぐ両親の死は彼女に大きな心的負担をかけたことでしょう。もしかしたら心が壊れてしまうほどに」
「心が……」
しっくりきていないシャルロットを尻目にシャロンは続ける。
「つまり記憶の改竄を行った者は、不都合な真実を隠すためにそれを行った。ただその理由はアイリスさんの心を守るためだった」
「それならば『両親は死んでいない』や『両親という存在そのものの記憶を消す』にするべきでは?」
「両親が亡くなった事実を変えられない以上は『死んでいない』は無理でしょう。隠してもいつかは露呈します。そしてこれは貴女には少し難しいかも知れませんが――――」
「……?」
「記憶を改竄した者にとって、『両親の記憶を消す』という行為は許容できるものではなかったのでしょう」
「はあ……それで誰がそんなことを? 暗殺者以外に誰が高度な記憶改竄魔法を行使できたと言うのですか?」
シャロンの言葉が理解できないシャルロットは少し困った表情で結論を催促する。
シャロンは机から立ち上がり、机の後ろにある窓の外を見る。そしていつかの戦いを思い返しながら呟いた。
「いるではありませんか。高度な魔法を扱うことができる主人想いの精霊が何体も」




