132話 不穏
「進路相談ですか?」
「そこまで大層なものではありませんが、クラスの皆さんの将来についてひとりずつお話を聞いているのです」
先日のアリスに続き、アイリスも個室へ呼び出された。
「将来……ですか?」
もちろん学院を卒業した後の進路だ。しかしアイリスはキョトンとした表情をする。
「どうやらあまり考えたことはないみたいですね」
シャロンはアイリスの表情を見て察した。
「まあ、貴女は少々特殊な事情がありますから無理もないのかも知れませんね」
幼くして両親を亡くし、契約精霊に支えられて生きてきたアイリス。特異な出生もあり、時には命すら狙われた少女は他の生徒と同様に先々のことを考えることはなかった。
「正直何も考えてないですね〜。そもそも卒業できないかもと思っていましたから」
学院長代理であるシャルロットの掲げた弱肉強食とも言える実戦教育だ。在学中から魔族やアンデットと戦わせ、生き残った者を精鋭へと鍛え上げ、脱落した者はアンデットとして再利用するシャルロット曰く「合理的」な手法。
「彼女もまた普通ではありませんから。私の指示を曲解……とまではいかなくとも心得違いをしたようですね。ですが私が直接教鞭を執る以上はそのようなことは致しません。どうか安心して下さいね」
「まあそれ以前に私は成績も怪しいですけどね」
「魔法関連以外の教科は軒並み赤点寸前ですね」
シャロンは手元にある資料を目にすると苦笑する。以前に比べて成績は良化しているものの、関心の薄い教科は芳しくなかった。また勉強のサポートをしてくれていたセシリアがいなくなったことも影響していた。
「テスト勉強は頑張っているんですが、如何せん興味が……」
不甲斐ない自身の成績に頭を抱えるアイリス。
「まあ勉強の件はひとまず置いておきましょう。先程ノープランと言いましたが、卒業後も特にやりたいことはないのですか?」
「やりたいことですか……」
腕を組んで考え込むアイリスをシャロンは真剣に観察する。
「ふふふ、思いつかないなら結構ですよ。まだ時間はありますからね」
「正直生活に困ることはないのであんまり真剣に考えたことがないんですよね……」
アイリスの学費や生活費はセントラルにある研究所から捻出されている。その対価としてアイリスは研究に協力する必要はあったが、ラボ自体も安泰で当面の生活には余裕がある。
「それにどこかに所属しても他の人に迷惑をかけるかも知れないですから」
アイリスを狙う刺客のことだ。暗殺という強硬手段すらとる輩もいる。Xの刺客こそ退けたが、他にもまだ良からぬことを企んでいる人間は大勢いるだろう。
「その件ですが、我々の方で手を打たせてもらいました」
「……手を打つとは?」
「貴女にはアイギスの庇護下に入っていただきます。簡単に言えば貴女に護衛をつけたことにします」
「つけたことにする?」
「はい。貴女には既に複数の上級精霊がついています。下手な護衛は必要ないでしょう。ですが対外的に『アイリス・アンフィールドにはアイギスがバックについた』と思わせます。アイギスは現在世界一の軍事力を誇りますからね。相手に対してかなりの牽制になるでしょう。もちろん有事の際には人手も割きましょう」
「いいんですか?」
「可愛い生徒のためです。私はアイギスの部隊を動かせる立場にありますから。それにあんなことはもう、貴女も嫌でしょう?」
一番の友達だと思っていた人物が、実は自分の命を狙う暗殺者だった。最終的に和解して良き友となったが、アイリスの心に暗い影を落としたことに変わりはなかった。
「まあ、そうですね。ありがとうございます先生」
「ですから気兼ねなく進路については考えてみて下さい」
「そうですね〜」
アイリスはまた腕組みをして考え込む。
「亡きお父様の会社を継ぐなどは?」
「今はもうラボしか残っていないので難しいですね……それに私には荷が重いですよ」
「そうですか。お母様は生前は何を?」
「お母さんですか? え〜と働いてはいなかったと思いますが……随分小さい頃に亡くなったのであんまり詳しく覚えていないんです。でも魔女だったことは覚えています」
「そうだったんですね……」
「ええ、とっても凄い魔女だったんですよ!」
アイリスは自慢気に語り出す。
「朧気な記憶ですが、凄い魔法をたくさん見せてくれました! あとマリア達も元々はお母さんの契約精霊だったんですよ」
アイリスの契約精霊達は元々は母、リリィ・アンフィールドの契約精霊だったと彼女は主張する。
「なるほど……それでお母様の死後、貴女の契約精霊となったわけですね?」
「ええ、ですからもう長い付き合いです」
嬉しそうに語るアイリスの言葉を聞き、シャロンはひとつの事実に気づく。
マリアを含む契約精霊達は元々は、母リリィ・アンフィールドの契約精霊だった。そして母親の死後、娘アイリスの契約精霊となったという。
しかし、そんなことは有り得ないということに。
しかしシャロンはそのことを全く態度に出すことはなかった。
「話が逸れてしまいましたね。進路についてはこれからゆっくり考えてみて下さい」
「わかりました」
そう言ってふたりは席を立つ。話はこれで終わりのようだ。
「ではでは失礼しました!」
「アイリスさん」
退出しようとするアイリスに声をかける。
「はい?」
「担任としてこんなことを聞くのはどうかと思いますが……」
珍しくシャロンは言い淀む。
「なんでしょうか?」
「ご両親の『復讐』を考えたことはないのですか?」
質問を聞いたアイリスはキョトンとした顔で答える。
「復讐? あの、両親は事故死ですが……」
その言葉を聞いてシャロンは一瞬目を見開いた。しかしすぐに自分を鎮める。
「そうでしたか……それは失礼しました。変なことを聞いてしまいましたね。忘れて下さい」
「いえいえ、では」
アイリスは気にするような素振りはなく、そのまま部屋を出ていった。彼女の言葉を聞いてシャロンは呟いた。
「なるほど……そういうことですか……」
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