129話 姉妹
リオンが地下牢に入れられて3日が経過した。内密に幽閉されているため、1日3回の食事以外に人が訪れることはない。リオンは牢の隅で膝を抱えながら、何もない空間をただ見つめていた。出された食事にもほぼ手をつけていない。
カツンと地面を叩く音に、リオンは僅かに反応を見せる。
「クレア……大将?」
「少し見ない間に随分とやつれたわね」
3日間ろくに食事も摂らず、風呂にすら入っていない。睡眠時間も短く、目の下には大きなクマを作っていた。
「せっかくの美人が台無しね。若い頃からの手入れが歳を取ってからものを言うのよ?」
クレアはくすりと笑いながら軽口を叩く。リオンはそんな様子を見て僅かに平静を取り戻した。
「申し訳ございませんでした。私のせいでクレア大将のお顔を汚すような真似をしてしまい……」
「わかっているならいいわ」
先程の「美人」や「手入れ」は面汚しの比喩のようだ。
それからクレアはリオンと何かを話し、地下牢を後にした。リオンが牢を出たのは、その4日後だった。
「それから私は騎士団を退団した。事務的な手続きだけを済ませてすぐに本部から姿を消したわ」
リオンは長い時間をかけて、妹ミーナに自分の騎士団で経験したことを話した。
「そんな……ことが……」
ミーナは信じられないといった様子で姉を見つめる。リオンはワインを煽る。大きく息をして、話を締める。
「ええ、私は騎士団に絶望して辞めたけれど、騎士としての誇りまで失ったつもりはなかった。信じていた『正義』が崩れ去ったとき、『悪』と決めつけていたアイギスのことを知りたくなったわ。もちろん学院長代理との一件もあってのことだけど」
またボトルが空いたリオンはチェイサーの水を頼む。
「それからアイギスの支部に入隊を申し込んだ。意外とあっさり採用されたわ。支部が1番隊の傘下だったことから、私は本部の主力戦闘部隊1番隊に配属された。そして私のアイギス入隊を知った学院長代理によって、一時的に学院の教師をやることになった。これが去年の夏ね」
「あの、父上はアイギスに入ることについて何と……」
「知らないわ。あの日以来、あの男とは会ってないもの」
「そうですか……」
「もう私に関心はないでしょうね。騎士団を辞めたうえに、アイギスに入隊したのだから。ランドール家の恥晒しもいいとこだわ」
「…………」
ミーナもリオンと同じく、騎士団を『正義』アイギスを『悪』と決めつけていた。だがリオンの話を聞いて、今まで自分が持っていた価値観が揺らぐ。
「どう理解した? これが私が騎士団を辞めた理由よ」
ミーナは納得せざるを得なかった。もし自分が姉と同じ立場なら、助ける人間を選別し、部下まで見殺しにされて尚、組織に忠誠を誓えるだろうか。
「私はあなたの進路に口を挟むつもりはないわ。ただ今話した内容は紛れもない事実よ」
そう言うとリオンは会計の札を手に取る。
「長居したわね。そろそろ出ましょうか」
「はい」
酔っているせいか、口調は一段と柔らかくなっていた。店を出るときリオンの足取りは少し怪くなっていた。席を立ってから一気に酔いが回ったようだ。
「あの大丈夫ですか? かなり飲まれたようですが……」
「たかがボトルを……数本? 空けただけでしょう?」
足元のおぼつかない姉を心配するミーナ。酒豪であるリオンがここまで酔ってしまったのはアルコールだけでなく、今まで溜まっていたものを妹に吐き出したせいもあるだろう。アルコールは口を軽くすると言うが、今日のリオンには効果てきめんのようだった。
「さぁ帰るわよ……え〜と杖は……」
「この状態で箒に乗るのはお止め下さい!」
押し問答があったが、ミーナが箒でリオンを運ぶことになった。
「とりあえず学院まででいいわ……」
「わかりました」
ミーナが箒で空へ上がると、綺麗な夕焼けが目に入った。長い時間姉の話を聞いていたようだ。リオンはミーナを抱き締めるようにしがみついていた。
「悪かったわね」
「はい?」
「騎士クラス……特にあなたには辛く当たっていたわ……」
ミーナからはリオンの表情は分からないが、優しげな顔をしていると思った。
「全ては私達のことを思ってのことでしょう?」
「どうかしら……八つ当たりも入っていたかも知れないわ」
「あはは」
ミーナは笑う。姉の凍てついていた心が溶けたことが嬉しくて堪らなかった。
「姉様。今日はありがとうございました」
「…………」
「姉様の心の内を話して下さって、私は本当に嬉しかったです」
「…………」
「あ、申し訳ありません……姉様にとっては辛い過去なのに……」
「…………」
「あの、姉様?」
「昔から少し思っていたのだけれど……」
「はい?」
「ミーナ、あなた少しシスコンね」
不意のシスコン発言にミーナは赤面する。
「な、なにをいきなりっ!?」
「学院でも姉様姉様って……どうかと思うわ」
「なっ!? それは……申し訳ありません……」
「まあ姉としては、そこが可愛いとも思うけれど」
「っ〜〜! からかわないで下さい!」
夕焼けに照らされながら久々の姉妹の会話を楽しんだ。
「ここで本当によいのですか?」
「ええ。学院で少し酔いを覚ましてから帰るわ」
「わかりました。では」
「気をつけて帰りなさい」
そう言って僅かに手を上げたリオンの優しげな顔は、幼い頃、ミーナが見ていた姉の顔だった。
ミーナを見送ってから、フラフラと中庭を歩く。
「悪くない休日だったわ……おっと」
何かに躓いたのか、カクンと膝を着きそのまま地面に横たわる。
「少し飲みすぎたかしら」
リオンはそう言ってゆっくり目を閉じる。
「でも悪くない気分だわ……」
そう呟いて数秒後には静かに寝息を立て始めた。
そして30分後。
「はっ!? ランドール先生!? いかがされましたか!?」
自主稽古を終えた騎士クラスのシスティナが通りかかる。
「敵襲ぅー!! 敵襲ぅー!!」
リオンが何者かに襲われたと勘違いしたシスティナによって、ちょっとした騒ぎになり、後日シャルロットに小言を言われるリオンだった。
お読みいただきありがとうございます!
リオン過去編完結です。
次話からは新章に入ります。
今後もよろしくお願い致します!




