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【完結】日曜日のアイリス  作者: 早坂凛
第十一章 虚構の正義
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129話 姉妹

 リオンが地下牢に入れられて3日が経過した。内密に幽閉されているため、1日3回の食事以外に人が訪れることはない。リオンは牢の隅で膝を抱えながら、何もない空間をただ見つめていた。出された食事にもほぼ手をつけていない。

 カツンと地面を叩く音に、リオンは僅かに反応を見せる。


「クレア……大将?」


「少し見ない間に随分とやつれたわね」


 3日間ろくに食事も摂らず、風呂にすら入っていない。睡眠時間も短く、目の下には大きなクマを作っていた。


「せっかくの美人が台無しね。若い頃からの手入れが歳を取ってからものを言うのよ?」


 クレアはくすりと笑いながら軽口を叩く。リオンはそんな様子を見て僅かに平静を取り戻した。


「申し訳ございませんでした。私のせいでクレア大将のお顔を汚すような真似をしてしまい……」


「わかっているならいいわ」


 先程の「美人」や「手入れ」は面汚しの比喩のようだ。  

 それからクレアはリオンと何かを話し、地下牢を後にした。リオンが牢を出たのは、その4日後だった。










「それから私は騎士団を退団した。事務的な手続きだけを済ませてすぐに本部から姿を消したわ」


 リオンは長い時間をかけて、妹ミーナに自分の騎士団で経験したことを話した。


「そんな……ことが……」


 ミーナは信じられないといった様子で姉を見つめる。リオンはワインを煽る。大きく息をして、話を締める。


「ええ、私は騎士団に絶望して辞めたけれど、騎士としての誇りまで失ったつもりはなかった。信じていた『正義』が崩れ去ったとき、『悪』と決めつけていたアイギスのことを知りたくなったわ。もちろん学院長代理との一件もあってのことだけど」


 またボトルが空いたリオンはチェイサーの水を頼む。


「それからアイギスの支部に入隊を申し込んだ。意外とあっさり採用されたわ。支部が1番隊の傘下だったことから、私は本部の主力戦闘部隊1番隊に配属された。そして私のアイギス入隊を知った学院長代理によって、一時的に学院の教師をやることになった。これが去年の夏ね」


「あの、父上はアイギスに入ることについて何と……」


「知らないわ。あの日以来、あの男とは会ってないもの」


「そうですか……」


「もう私に関心はないでしょうね。騎士団を辞めたうえに、アイギスに入隊したのだから。ランドール家の恥晒しもいいとこだわ」


「…………」


 ミーナもリオンと同じく、騎士団を『正義』アイギスを『悪』と決めつけていた。だがリオンの話を聞いて、今まで自分が持っていた価値観が揺らぐ。


「どう理解した? これが私が騎士団を辞めた理由よ」 


 ミーナは納得せざるを得なかった。もし自分が姉と同じ立場なら、助ける人間を選別し、部下まで見殺しにされて尚、組織に忠誠を誓えるだろうか。


「私はあなたの進路に口を挟むつもりはないわ。ただ今話した内容は紛れもない事実よ」


 そう言うとリオンは会計の札を手に取る。


「長居したわね。そろそろ出ましょうか」


「はい」


 酔っているせいか、口調は一段と柔らかくなっていた。店を出るときリオンの足取りは少し怪くなっていた。席を立ってから一気に酔いが回ったようだ。


「あの大丈夫ですか? かなり飲まれたようですが……」


「たかがボトルを……数本? 空けただけでしょう?」


 足元のおぼつかない姉を心配するミーナ。酒豪であるリオンがここまで酔ってしまったのはアルコールだけでなく、今まで溜まっていたものを妹に吐き出したせいもあるだろう。アルコールは口を軽くすると言うが、今日のリオンには効果てきめんのようだった。


「さぁ帰るわよ……え〜と杖は……」


「この状態で箒に乗るのはお止め下さい!」


 押し問答があったが、ミーナが箒でリオンを運ぶことになった。


「とりあえず学院まででいいわ……」


「わかりました」


 ミーナが箒で空へ上がると、綺麗な夕焼けが目に入った。長い時間姉の話を聞いていたようだ。リオンはミーナを抱き締めるようにしがみついていた。


「悪かったわね」


「はい?」


「騎士クラス……特にあなたには辛く当たっていたわ……」


 ミーナからはリオンの表情は分からないが、優しげな顔をしていると思った。


「全ては私達のことを思ってのことでしょう?」


「どうかしら……八つ当たりも入っていたかも知れないわ」


「あはは」


 ミーナは笑う。姉の凍てついていた心が溶けたことが嬉しくて堪らなかった。


「姉様。今日はありがとうございました」


「…………」


「姉様の心の内を話して下さって、私は本当に嬉しかったです」


「…………」


「あ、申し訳ありません……姉様にとっては辛い過去なのに……」


「…………」


「あの、姉様?」


「昔から少し思っていたのだけれど……」


「はい?」


「ミーナ、あなた少しシスコンね」


 不意のシスコン発言にミーナは赤面する。


「な、なにをいきなりっ!?」


「学院でも姉様姉様って……どうかと思うわ」


「なっ!? それは……申し訳ありません……」


「まあ姉としては、そこが可愛いとも思うけれど」


「っ〜〜! からかわないで下さい!」


 夕焼けに照らされながら久々の姉妹の会話を楽しんだ。




「ここで本当によいのですか?」


「ええ。学院で少し酔いを覚ましてから帰るわ」


「わかりました。では」


「気をつけて帰りなさい」


 そう言って僅かに手を上げたリオンの優しげな顔は、幼い頃、ミーナが見ていた姉の顔だった。

 ミーナを見送ってから、フラフラと中庭を歩く。


「悪くない休日だったわ……おっと」


 何かに躓いたのか、カクンと膝を着きそのまま地面に横たわる。


「少し飲みすぎたかしら」


 リオンはそう言ってゆっくり目を閉じる。  


「でも悪くない気分だわ……」  


 そう呟いて数秒後には静かに寝息を立て始めた。        




 そして30分後。


「はっ!? ランドール先生!? いかがされましたか!?」


 自主稽古を終えた騎士クラスのシスティナが通りかかる。


「敵襲ぅー!! 敵襲ぅー!!」


 リオンが何者かに襲われたと勘違いしたシスティナによって、ちょっとした騒ぎになり、後日シャルロットに小言を言われるリオンだった。

お読みいただきありがとうございます!

リオン過去編完結です。

次話からは新章に入ります。

今後もよろしくお願い致します!


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