12話 知らされた真実
大混乱の末、入学式を終えてクラス分けの後にそれぞれのクラスの教室へと別れていく。アイリスとセシリアは2人共「魔法クラス」だった。
魔法クラスの人数は30人。「騎士クラス」も同じだと考えれば新入生は合計60人。シャルロットの話が真実ならば卒業できるものはこの内15人前後になり、卒業は狭き門だと言える。
教室の席には特に指定はなく各々が自由に着席していっているようだ。アイリスとセシリアは教室の中央辺りに上下で席に着く。担任の教師はまだ教室に来ていないが、アイリスは小声でセシリアに話しかける。
「あ、あの先程の話は本当のことなんでしょうか?」
「先程の話?」
「ほら、4分の1しか卒業できないって……」
「ええ、その話なら――」
セシリアがそう言いかけたときだった。
「皆揃っているかな?」
1人の青年が教室に入ってくる。青年は正門で新入生の出欠を取っていた男だ。まだ外見は20代半ばの爽やかな好青年だ。青年が教壇に立つと生徒達は全員正面を向く。
「まずは皆入学おめでとう。僕はこの『魔法クラス』の担任をすることになったヒカゲと言います。これから長い付き合いになると思うからよろしく」
「さて、学院長代理の話にもあったようにいきなりで申し訳ないが、明日に君達新入生は交流戦を行ってもらう。ようは模擬戦と言えばわかりやすいかな?」
ヒカゲは交流戦の内容を黒板に箇条書きにしていく。
・対戦は1対1
・武器や魔装具は使用可能
・組み合わせはクラス混合のランダム
・勝ち抜き戦のトーナメント形式
・勝敗は「降参」「気絶」「死亡」「場外」
・リング外からの干渉は禁止
「死亡」の文字に生徒達は動揺する。しかしヒカゲは構わず板書を続ける。書き終えると生徒達の方へ向き返る。何か質問はないかと生徒に問うと、セシリアは遠慮気味に手を上げる。ヒカゲに質問を促されセシリアは律儀に立ち上がり話す。
「あの、過去に交流戦で……その死亡した生徒はいるのでしょうか……?」
恐らく皆が気になっているところだ。本当はシャルロットの言葉が事実かどうか聞きたいが、まずは核心に触れず質問をする。ヒカゲはセシリアに着席を促し腕を組んで話し出す。
「皆そこが気になるようだね。いいだろう。その辺りをまず詳しく話そうか」
「まず結論から言うと学院長代理の言うように卒業まで辿り着ける生徒は全体の4分の1程度だ。正確な数字を言うなら直近の卒業率は23.8%だね。この辺りは皆大体知っているよね?」
(私は知らなかったんですけどね……)
アイリスは心の中で突っ込む。ヒカゲは話を続ける。
「そして卒業できなかった者の多くは卒業までに命を落としたり、再起不能になった者だよ。これも本当のことだ」
「そんな……」
セシリアは無意識に小さく呟く。どうやら卒業が困難なことは知っていたが、その理由までは知らなかったらしい。一般的に学院を卒業できない理由としては成績不振や試験落第が一番に考えられる。
だがセシリアは学業面に関してはかなりの自信を持っていた。例え落第率75%だろうと自分は25%の側に入れるだけの努力と実績があると。しかし卒業できない理由が在学中の「死亡」や「再起不能」となれば話は変わってくる。セシリア同様に狼狽えている生徒を制してヒカゲは話を続ける。
「ではなぜ在学中に命を落とすのか。その理由を話しておくよ。簡単に言うと、学院の生徒は時期がくると実戦に投入されるからだ。この世には「魔人」「魔族」「妖魔」など地域によって呼び名は様々だが人々に害を為す存在がいるのは知っているね?」
「あの……それが何の関係があるんでしょうか?」
女子生徒の1人が不安そうに質問する。「実戦」と「魔族」がうまく結び付いていないのだろう。
大昔より人間が住む人間界、精霊が住む精霊界、そして魔族と呼ばれる生き物が住む「魔界」というものが存在する。魔界に住む生き物は人間を殺戮の対象としてみており、人間に仇為す生き物として人々に認知されている。
そしてそんな魔族から人々を守る為に人間は防衛組織をいくつも作り上げた。代表格は王都に常駐している「王国騎士団」と世界最大の治安維持組織「アイギス」である。また各国が各々自衛のための戦力を保有している。
「君達、王立魔法魔術学院の生徒は王都の予備戦力でもあるんだ。もし有事の際には王都防衛のために王国騎士団やアイギスの隊員が動く。そして人が足りなくなれば、君達学院の生徒が王都防衛のために駆り出される。国が君達に多額を投資して育成する理由のひとつだね。そして君達は有事の際にきちんと「戦力」になれるよう在学中に魔族と戦う訓練を受ける。つまり魔族との実戦も学院のカリキュラムに含まれている」
ヒカゲの言う「魔族との実戦」という言葉に生徒達が冷静さを失う。
「え? 私達魔族と戦うの……?」
「聞いてない……」
口々に不満を漏らす生徒達。
「恐怖を感じるのは無理はない。魔族に立ち向かえば王国騎士団や、プロの傭兵であるアイギスでさえも命を落とすことがある。それを君達学生が魔族を相手にするのはどれだけ勇気のいることか……」
過去に死んでいった生徒を思い出したのか、ヒカゲは口惜しそうに唇を噛む。一度ふうと呼吸を整え正面を見据える。
「この学院は『実戦教育』こそが理念でありそれを乗り越えた者には輝かしい未来がある」
輝かしい未来について皆よく知っているところだ。だがそこに至るまでの道のりは想像よりも遥かに険しい。静まり返る教室でセシリアがまた手を上げる。
「卒業までの経緯はよくわかりました。ですがなぜこのような事実を入学してから聞かされるのでしょうか? このことを知っていたら進路を考え直した人もいるかも知れません」
セシリアの質問はごもっともだ。卒業まで「死亡率75%」と聞いていたら合格しても入学を思いとどまった者もいるだろう。アイリスと違い、セシリアは入学案内や学院関係の資料には隅々まで目を通している。だが学校側はこの事実を一切公表していない。
「うん。もっともな質問だね。だが公表していない理由はちゃんとある。それは『即時性』を鍛えるためだよ。戦争はある日突然始まる。魔族だっていつ攻めてくるかわからない。それを聞いてなかったから対応できませんでしたでは話にならない。また実戦ではその瞬間瞬間で適切な判断が求められる。判断を誤った者がどうなるか君達も実際見ただろう?」
クラス全員がハッとなる。学院長代理であるシャルロットに悪態をついた男子生徒だ。彼は不適切な発言でシャルロットに一撃で沈められた。
「彼は判断を間違えた。学院長代理を見くびり暴言を吐いた。結果は見ての通りだよ」
これが実戦ならどうなるかわかるよね? という視線を生徒に向ける。
「そして最初の質問に戻ろう。過去に交流戦で死亡した生徒はいるよ。新入生と言えど個人の力量は様々だからね。ただ僕達教師も生徒が死ぬことを望んでいるわけではないから必要なら止めに入る」
「話を戻すよ。君達はさっそく『即時性』が問われる事態になった。選択肢は2つある。命を惜しんで卒業後の輝かしい未来を捨てて今すぐ退学するか、早ければ明日の交流戦で命を落とすリスクをとり自分の夢を叶えるために卒業を目指すか」
アイリス達新入生はいきなり究極の2択を迫られた。




