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【完結】日曜日のアイリス  作者: 早坂凛
第十章 王国騎士団少尉リオン・ランドール
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121話 撤退命令

「う……」


 リオンは意識を取り戻す。いきなりスイッチを切られたように気を失ったため、どのくらい気を失っていたのか、自分の体が無事なのかさえわからなかった。

 まだ混濁している意識の中で、周囲の喧騒でまだ戦闘中であると気がつく。


「早く加勢しなくては……!」


 そう言って起き上がろうとした瞬間、腹部に激痛が走る。


「うぐっ……!」


 出血こそないが、恐らく内蔵にダメージがあるのだろう。リオンは立ち上がることができなかった。さらに右足に木片が刺さっており、こちらはおびただしい量の出血があった。   


「くそ……こんなもの……」


 リオンは止血用の布を用意すると、木片を抜き布を乱暴に巻きつける。最低限の応急処置を済ませると、痛む体に鞭を打ち戦場に復帰する。時間の経過はわからなかったが、戦況は随分変わっていた。


「ぎゃあああ!!!」


「分小隊を崩すな!! 単独で挑むと殺されるぞ!」


 アンドレ小隊の人間は数人を残し逃亡しているために、実質的にランドール小隊のみで魔族に応戦していた状況。開戦時こそリオンの破竹の勢いもあり押していた戦況も時間の経過とともに徐々に追い込まれていった。何より敵の上級魔族は健在だった。


「小隊長!!」


 軍曹のフラーがリオンを見つけ、駆け寄ってくる。その瞬間リオンは気づく。


「フラー!! 来るな!! 避けろ!!」


「えっ!? ……ぐぶっ!」


 フラーは背後から攻撃を受ける。腹部を敵の魔法が貫通する。


「う……あ……小……たいちょ……」


 フラーは意識こそあったが重症だった。早く治療しなければ長くは持たないだろう。


「あら、おねえちゃんもうおきたの?」


 先程の女児が姿を現す。フラーをやったのもこいつだ。


「貴様……人間に擬態していたのか……」


「うん。わたしは『メルバ』っていうの。よろしくね」


 人間の女児に擬態していたメルバは背丈こそ変わらないが姿かたちは魔族そのものの出で立ちに変化していた。


「あはは、おねえちゃんかんたんにだまされるんだから」


 メルバはリオンを小馬鹿にしたよう態度をとる。


「ふぅん……まだ少しは動けるんだ?」


 メルバの口調が子供から大人のものに変わる。


「無論だ。換装」


 リオンはストックしていた剣を取り出す。


(さっさと倒さないとフラーが危ない)


「小隊長!!」


 軍曹のマットが走ってこちらにくる。


「よかった! ご無事だったんですね!」


「丁度良かった。マット、フラーを頼む。まだ治療すれば助かる。それから戦況は?」


「申し訳ありません。近隣の民間人の避難に手間取り、小隊は半数近くやられました……今戦っている者はアンドレ小隊含め20名程です」   


 既に半数近くの団員を失っていた。だが、民間人の避難が完了しているのなら最低限だ。少なくとも民間人にこれ以上の被害は出ないだろう。逃亡したアンドレも応援を呼ぶくらいはしているはずだ。


「マット、もう十分だ。生きている者をつれて撤退しろ」


「しかし!?」


 マットは撤退の言葉に反射的に異を唱えようとするもすぐに思い留まる。リオンに言われた言葉を思い出したからだ。


「わかり……ました……」


 苦渋の表情で命令に従う決意をする。


「私が殿(しんがり)をつとめる。いけ」


 リオンは死ぬ気なのかも知れない。しかしマットは「仲間をつれて撤退する」という任務を遂行するためにフラーを背負いその場を離脱する。


「あら、逃げるんだ?」


 マットには目もくれずメルバはリオンに話しかける。


「心配するな。お前の相手は私がしてやる」


「あっは。ひょっとして私に勝つつもりぃ?」


 メルバは愉快そうに笑う。


「もしかしてさっき倒したアレと私を同列だと思ってる?」


「…………」


「上級魔族もピンキリなんだよ? アレを上級魔族の実力だと思っていたんなら残念だったね」


 リオンは動揺しなかった。先程倒した魔族は上級魔族というにはあまりにも手応えがなかった。あの程度ならロイド中隊があそこまでの大損害を負うはずがない。このメルバこそ、魔族一団の精鋭だろう。


「まあお姉ちゃんボロボロだし、私が相手をするまでもないかな」


 パチンとメルバが指を鳴らすと無数の魔法陣が展開される。そしてその魔法陣から這い上がるように複数の中級魔族が姿を現す。その数約30体。満身創痍のリオンには絶望的な相手だ。


「あっれ〜もしかしてやる気?」


 メルバは大勢に囲まれても闘志を見せて剣を構えるリオンをケラケラと笑う。


「こい」


 リオンは凛とした構えで魔族の大軍と相対する。


「ふぅん。やっちゃって」


 メルバの言葉に召喚された魔族達は一斉にリオンに襲いかかる。


「おおおおおっ――――!!!」


 リオンも仲間の逃げる時間を稼ぐため、玉砕覚悟で敵に向かっていった。

 





 マット含むランドール小隊の生き残りは市街地を警備していた他の2小隊の元へ向かっていた。伝達役以外はその途中で馬を降りて怪我人の治療をしているときだった――――


「てめぇランドール少尉を置いてくるとかどういう了見だぁ!?」


「見殺しにする気かっ!?」


「何で黙ってやがった!?」


 リオンを置いてきた事実に気づいた団員達が、撤退命令を指示したマットを避難する。だがマットは団員達にはあえてリオンがあの場に残ることを伝えなかった。


「皆さんに言えば小隊長と一緒にあのまま現場で戦っていたでしょう……」


「あたりめぇだろうがぁ!!」


「いくら少尉でもひとりで魔族をどうにかできるわけねぇだろ!?」


「だからですよ!!」


 マットは今まで聞いたことない程の大声を出す。その声に感情的になっていた団員達も押し黙る。


「あのまま皆で戦っていたら部隊は全滅する! 全滅すれば誰がこの状況を他の部隊に伝えるんですか!? これ以上被害を出さないためにもあそこで撤退する他なかったんです!!」


 マットは涙を流しながら話し続ける。


「僕だって正しい判断をしたなんて思っちゃいないですよ!? でも部隊を生かすにはこうするしかなかったんです!!」


 全員で戦っていても全滅は時間の問題だった。それならば最も実力のあるリオンが現場に残り敵を抑えて時間稼ぎをし、部隊はその隙に離脱する。リオンの命令は考えられる限り、合理的で多くの人間を生かすものだった。

 マットはそれが理解できてしまった故に忠実に指示に従った。感情抜きにすればこの選択が最適解なのだ。


(これで……これでよかったんでしょうか? ランドール少尉……)


 








「もう終わり? つまんない……」


 リオンは数メートルはある中級魔族に摘み上げられるように逆さに吊るされる。中級魔族の肩に乗っているメルバは退屈そうにリオンを見る。マット達が去って、数分もしない内にリオンは動けなくなった。


「前回同様に騎士団って大したことないのね……」


 メルバにとって殺人はゲーム感覚だった。自分は人間の子供に擬態して、時には人間達に守られながら魔族と人間の戦いを眺めて楽しんでいた。しかし一方的な展開に退屈しているようだ。興味を持ったリオンもメルバ自身がほとんど手を下すことなく戦闘不能に追い込んだ。


「うぐっ……」


 リオンは中級魔族に地面に落とされうめき声を出す。しかしもう逃げる力も残っていない。


「ねえ騎士団って皆こんなものなの?」


 リオンは答えない。もはやメルバの言葉が耳に届いていないようだ。


「ほおぅ? 強い相手をお望みかな?」


 闇夜から不意に声が聞こえた。


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