11話 学院長代理
大聖堂の最奥にある壇上から、わずかに人間の頭が覗いている。随分と小柄なのか頭頂部以外はこちらから姿が全く見えていない。声も幼い女性のものだ。
「あ~諸君! まずは入学おめでとう!」
自分の姿が見えないことなどお構い無しに話し出す女性。慌てて教師だろうか年配の女性が踏み台のようなものを持って壇上に走り出す。
「いや失敬。諸君改めて入学おめでとう!」
踏み台に登り胸から上が新入生達に見えるようになる。同時に新入生の座る席からはざわざわと動揺の声が上がる。
それもそのはず「入学おめでとう」と颯爽と現れたのは、まだどうみても外見は10歳程度の女の子だ。可愛いらしくあどけない顔立ち、そしてお姫様のような子供用のドレスを身に纏っている。新入生のざわつきなど意に介さず少女は言葉を続ける。
「まずは自己紹介をしておこう。私はシャルロット・シルバリア。この王立魔法魔術学院の学院長代理だ」
「えええー!?」っと大聖堂内のざわつきが頂点に達する。しかし無理もない。ここは国が誇る由緒ある名門校だ。そこにいきなり現れた、年端もいかない少女があろうことか「学院長代理」を名乗ったのだ。
アイリスはもちろん、隣に座るセシリアも理解が追いつかないという顔をしている。
「ひょっとして学院長の娘さんなのかも知れませんよ」
思いついたようにアイリスが言うとセシリアは自分を納得させるように
「あ、あぁ……そういうことも……あるのかしら……」
アイリスの根拠のない思いつきだが、セシリアはとにかく納得できる理由が欲しかった。アイリスとセシリアのような会話を皆がしているのだろう、大聖堂内は喧騒に包まれている。
「静粛にーーーー!!」
壁際に控えている教師の1人が声を上げる。魔法を使用しているため、声はマイクを通したように大聖堂内に響く。そして笑みを浮かべたままシャルロットは話を続ける。この声に新入生達は一瞬で静まり返る。
「いやいや、君達新入生の慌てふためく姿は、何度見ても痛快だねぇ~。この私のあまりにも愛くるしい姿に、諸君らの理解が及ばないのは仕方のないことだ。しか~し、私が学院長代理であることは決して揺らぐことのない事実だよ」
自信たっぷりに言い放つシャルロット。大聖堂の脇に控えている教師陣と思われる人達は全く動揺を見せておらず、彼女が学院長代理だと言うのは恐らく事実だろう。
新入生達がなんとか自分を納得させようとしていると1人の生徒が声をあげる。
「ふんっ……あんなのが学院長代理だと? ジョークかなんか知らねえが、この学院も大したことなさそうだな」
式典の最中なのを考慮したのか、やや抑え気味の声で悪態をついた声の主は男子生徒だ。立派な体格に恐らく騎士を志しているのであろう、制服にはマントを羽織り、席には銀色の大刀が立て掛けられている。
「聞こえているよ?」
男子生徒は大聖堂の一番入り口に近い位置に座っており、シャルロットとはかなり距離があったが、彼の言葉は彼女の耳に届いたらしい。抑揚のない声でそういい放つシャルロットは手を伸ばし人差し指と中指を男子生徒に向ける。
その瞬間、衝撃波のような突風が大聖堂内に轟く。衝撃波は一直線に男子生徒に向かう。
「なっ!?」
男子生徒が異常を察知する頃には時すでに遅し、衝撃波は石製の長椅子の一部ごと男子生徒を吹き飛ばす。男子生徒は何回転か地面を転がりながら壁に勢いよく打ちつけられ、そのまま倒れる。壁の装飾も少し剥がれ、ばらばらと男子生徒に降り注ぐ。
静まり返る大聖堂。皆が倒れている男子生徒に目を向けるが反応はない。意識を失ったかあるいは――――
「安心したまえ。気絶しているだけだよ」
シャルロットの声に反応して一同壇上に振り返る。
「彼もこの学院に入学できた人間だ。あの程度で死にはしない」
「い、今の風の魔法……かしら?」
「みたいですね~」
「信じられない威力と速さだったわ……」
シャルロットの実力に驚くセシリア。周囲の新入生達も同様の反応をしている。しかしシャルロットの実力を目の当たりにしたせいか先程までの喧騒はない。
男子生徒は脇に控えていた大人達に担がれ退場していった。
「さて、これで私のことは信用してもらえたかな? 彼のようにイキがるのは勝手だが、私は中途半端な馬鹿は好きじゃない。君達も慢心することなく魔法の修練に励んでくれたまえよ」
シャルロットはそう言うと悪巧みでも思いついたように口角を上げ言う。
「なんせ、卒業まで辿り着けるのはこの中の精々4分の1くらいだろうからねぇ~」
「!!!!????」
かろうじて声にこそ出さなかったがアイリスは衝撃を受ける。全くの初耳だ。アイリスは咄嗟に隣にいるセシリアを見る。セシリアは神妙な面持ちでシャルロットの話に頷いていた。どうやら彼女は知っていたようだ。アイリスは周囲を見渡すも、アイリス以外に驚いている人間はいないようだった。
(これはやばくないですか……?)
アイリスが人知れず狼狽えている間もシャルロットは話を進める。
「卒業できなかった者の多くは在学中に命を落としている。または再起不能になった者だ。あとは行方不明になったまま見つかっていない者も少なからずいる」
この一言に新入生は今日一番の衝撃を受けた。教師陣の「静粛に!」という声も届いていないようだった。
「そんなこと聞いてねぇよ…」
「ウソでしょ!?」
口々に新入生達は不満を漏らす。普通はどんな名門校であっても、在学中に命を落とすことなどそうそうあることではないからだ。
セシリアもこの事実は知らなかったのか目を見開いて狼狽えている。
(なんか不幸な単語が飛びかってますよ!?)
(てか私は補欠合格なんですから死亡組筆頭じゃないですか!?)
つい昨日までは入学さえすれば、あとは実力でなんとかなると高を括っていたが現実を知りアイリスは冷や汗を流していた。
もはやシャルロットの話など頭に入っていない。何分か経ってシャルロットが語尾を強めて「最後に」と言うとようやくアイリスは我に返る。
「毎年恒例の新入生交流戦だが、諸々の事情により急遽明日執り行うこととする。新入生諸君は必要な魔装具などを準備しておくように。詳しくはクラス分けの後に担任から説明があるのでよく聞いて万全の状態で挑んでくれたまえ」
「交流戦?」




