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【完結】日曜日のアイリス  作者: 早坂凛
第十章 王国騎士団少尉リオン・ランドール
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113話 歩み寄り

 先日の事件から数日後。担任のリオンから雷を落とされた騎士クラスにようやく平穏が戻りつつあった。


「伝達事項は以上だ。先日のような醜態を晒さぬように各自鍛錬に励め」


「うぅ……」


 生徒達にはどうやら苦い思い出になったようだ。解散する前にリオンはひとりの生徒に声をかける。


「ミーナ・ランドール、お前は残りなさい」


「え、はっ……はい!」


「以上。解散」


 先日の訓練で、醜態を晒した張本人のミーナはリオンから呼び止められる。クラスメイト達は同情の視線を向けるが、ミーナから「気にするな」と目配せされ、そそくさと教室を後にする。

 教室内にふたり以外いなくなるとミーナは即座に頭を下げる。


「申し訳ありませんでした!!」


 ミーナはリオンに対して90度頭を下げて誠心誠意謝罪する。


「先日の失態は全て私に責任があります! ランドール先生の顔に泥を塗ってしまい弁解の言葉もありません!」


 深々と頭を下げる妹ミーナを、腕を組んだまま厳しい表情で見る姉リオン。しかしリオンの口から発せられた言葉は予想外のものだった。


「何をやっているの?」


「えっ?」


 想定外の言葉にミーナは思わず顔を上げる。


「私は残りなさいと言っただけよ。謝罪の言葉なんか求めていないわ」


「いや、しかし……」


「先日の件については既に叱責と反省は終えているでしょう? それに騎士クラスの失態は担任である私の失態。その点についての謝罪はいらないわ」


 リオンは淡々と述べる。彼女の中では既に片付いた事案のようだ。


「では……なぜ?」


 先日の一件以外に、ミーナはリオンに個別に呼び止められる理由が思い浮かばなかった。赴任して以来、リオンは学院内ではミーナを一生徒として扱い、姉妹としてのコミュニケーションはなかった。ミーナもそれをわかっていたため、リオンに対しては教師と生徒としての距離を保つようにしていたのだ。ミーナは学院以外ではリオンとの関わりは一切なく、彼女が今どこに住んでいるのかさえ知らなかった。


「今週の土曜日、何か予定は?」


「え? 予定ですか……?」


 今までプライベートに関する質問はリオンからされたことがなかったため一瞬狼狽えてしまう。


「ご、午前中は練兵場で剣術の稽古をする予定です。午後は特に……」


 ミーナはリオンの質問の真意がわからず、たどたどしく答える。


「そう、なら昼から空けておいて」


「え?」


「何? 予定はないのでしょう?」


「は、はい……」


「なら土曜日の昼に。場所は学院内にいてくれればいいわ」


「わ、わかりました……」


 リオンは用は済んだとばかりに足早に教室を出ていく。リオンからの休日の誘いに、ただただ驚きミーナはしばらく教室に立ち尽くしていた。




 土曜日午前中。


「はあっ!」


「せいっ!」


 ミーナはイサミと剣術の稽古をしていた。夏季休暇以降、休日の予定が合えばこうして共に汗を流すことが恒例になっていた。


「はあ……はあ……さすがだな。速さではイサミに敵わないな……」


「そちらこそ……手数の多さには毎回驚かされます……」


 両者共、肩で息をしながら互いの長所を褒め合う。ふたりはクラスは違えど、よきライバルとして認め合っているようだ。


「それより時間はよいのですか? 確か今日はお姉さんと約束があるとか……」


「あ、ああ……そうだな」


 ミーナは時間を確認する。時刻は11時40分を過ぎた頃だった。切りがいいので稽古を終えると柱の影からひとりの女性が姿を現す。


「姉様っ!?」


 リオンはどうやらふたりの稽古を見ていたようだ。


「ミーナ・ランドール。休日とはいえ学院内で『姉様』はやめなさい」


 咄嗟に出てしまった言葉遣いを注意される。


「うっ……申し訳ありません……」


 ミーナはしゅんと子供のように小さくなる。


「それよりも魔法クラスのイサミ……だったかしら?」


「はい。イサミ・K・クローバーと申します」


「見させてもらったわ。見事な剣術ね」


「身に余るお言葉です」


 イサミはリオンと直接話すのは初めてだったため畏まった口調で言葉を返す。


「あなたのその剣術は魔法クラスに置いておくには惜しいわ。どう? 騎士クラスに転科するつもりはないかしら?」


「えっ!?」


「騎士クラスに……?」


 リオンの言葉にイサミ以上にミーナが驚いた。しかし当の本人はあっさりと返す。


「大変魅力的なお話ですが、私には魔法クラスが性に合っていますので」


 笑顔で返す。イサミにとって魔法クラスは、今では大切な居場所になっているようだ。


「そう……無理強いはしないわ。ただ気が変わったらいつでも声をかけてくれて構わないわ」


 リオンもあっさりと引き下がる。そしてミーナに目線を向ける。


「稽古は終わったようね。汗を流してから校門にいらっしゃい」


「は、はい!」


 リオンは休日だからなのか、いつもより柔らかい口調で告げた。シャワーで汗を流した後、ミーナは校門に向かう。

 ミーナを見つけるとリオンは魔法陣から箒から2本取り出して片方をミーナに渡す。   


「それなら飛べるでしょう?」


 少し含み笑いをしながら箒をミーナに手渡す。渡された箒は穂の部分に鉄製フックの足場があった。本来は高速移動する際に術者が安定するように作られた物だが、飛行練度の低い者が上手く飛ぶための補助器具のような役割も果たしていた。

 ミーナは幼い頃、飛行訓練が苦手だった。理由はシンプルに高い所が得意ではないからだ。低空では安定して飛行できるが、高所では精神的負担が魔力にまで影響して上手く飛ぶことができなかった。


「いつの話をしているのですか!? 今はどんな場所でも問題なく飛行できます!!」


 急に子供扱いされたことに顔を赤くしながら反論する。


「それは失礼。となり町まで飛ぶからついて来なさい」


 ミーナの反論をさらりと交わす。リオンは箒に腰掛けて学院を飛び立った。そしてミーナもブツブツ文句を言いながら箒に跨がり、リオンを追いかけていった。

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