Stage.4 真髄に触れる
「なんでだよ!?」
「グルルルァウッ!」
嘆いた俺に飛び掛ってくるモンスター、フォレストハウンド。
森狼の牙を剥く突進から俺は辛うじて逃れる。
モンスターの爪牙と咄嗟に振るった剣が互いに擦れ合う、力負けした俺は更に後ろへと弾かれた。
手に入れた剣がなんとか役に立った訳だ。
早速使う羽目になるとは……全然嬉しくないね。
(そもそも……)
何故こう簡単にモンスターから見つかるのか。
アレに見つかるのならまだ分かる。
モチグサ中毒のクソモンスだから。
だがフォレストハウンドは普通森の奥に居るモンスターだ。
こんな浅い層では滅多に見ないし、俺も目にするのは二度目だ。
その時は酷い目にあった。
次に出会えば死ぬだろうと散々思っていた。
なのに――
「がァァあっ」
「うぉおお!?」
3匹の森狼は周囲を囲み常に死角を狙って来ている。速い、そして重い。
レベルが俺以上なのは間違いない。
背後から迫る狩人の牙に遅れて剣閃が跳ねる。
大口を開いた森狼の頭部を斜め下より一閃、鈍色の刃が切り裂き、モンスターの血が飛び散る。
「きゃいんっ!」
どんな幸運が舞い降りたのか、返しの一太刀が綺麗に決まった。
残りの3匹が警戒して包囲を広げる。
「グルルル……」
「バウ!バウ!」
「うそだろ」
対応……出来ている、できているぞ。
普段見ないモンスターに出会うのも奇妙だが、おかしいのはそれらに対抗できている俺の方だ。
剣は振ったことがある。
だが素質無しと断定されてからは延々とモミモグサ集めだった。
フォレストハウンドはそこそこ強いモンスターと聞く。だがその度合いを決めているのはレベルを上げている戦闘者達の基準だ。
俺にとっては絶望的な相手のはず、普段は森の奥にいるというが森の奥に棲むのは大抵強力なモンスターだから。
それをカウンターで殺った?
偶然にしてはできすぎている話だ。
レベル1の俺が何故。
思考の隙間を縫うように影が迸る。
考えるのは後だ、次が来るッ!
再び森狼が迫る。
今度は抜かりなどしないと二匹同時に。
1匹相手なら対応出来ると感覚で理解していた。
しかし相手は3匹だ。
連携して迫るモンスターの身のこなしは鋭い。
加えて1匹だけ突出して素早い奴が混じっている。
厄介だ。
剣を構える。
武器を持っただけで自分が急に強くなったような気がするから不思議なものだ。
今なら身体の一部のように剣を振るえる、そんな気がする。
右を斬れば左から食い付かれ、左を突けば右から押し倒され喉を食いちぎられるだろう。
両方に対応出来ても手負いのモンスターが背後でチャンスを伺っている。
隙がない。
剣は操れる、だが足りない――この数を打ち負かすには速さが足りない!
土壇場で剣の才能に目覚めたところで俺には圧倒的に速度が欠けていた。
緊張で高まる意識が再び、あの時の感覚を呼び起こしてくる。
まただ、これは男に剣を突き付けられた際と同じ。
右から来る飛び抜けて素早い個体の森狼から感じる。
いけるぞ、盗めるぞ。
異質な思考誘導、一度は失敗した幻覚。
何を盗めと言うのか。
こいつらの牙と爪は自前のものであって、剣士の時のように剣をひったくることと同一ではない。
そもそも剣は取れなかった。
ここに違和感があった。
極限状態の俺は既に動き出している。
剣を握る腕に力が篭もる。
刹那、繰り出された強烈な突きが左側から来ていた森狼の頭を割る。
自分でも分かる。一連の動作は洗練していた。
まるで最初から覚えていたかのような理のある動き、『剣技』。
剣術スキルを持たず、そして剣の修練をしていない俺には使えないはずの術理。
いや、もう感覚で識っている。
現実に使えているのなら相応の理由があるのだ。
だから今はそれに頼るだけだ。
右手に異常なまでの集中力が宿った。
こちらは未だに得体の知れない『盗み』。だがそれが出来る以上、流れに身を任せる。
横から覆い掛かる森狼と交差した。
あの時と同じ、当然の如く俺の手には何も無い。
しかし……何も盗めていないわけでは無さそうだぞ。
森狼を1匹仕留め、もう1匹は回避した。
俺の身動きが一瞬硬直した瞬間に背後の手負いが動く。
「グルァッ!」
強烈な殺意でモンスターが迫る。
がら空きの背中をズタズタにせんと牙を剥く森狼の……喉を剣が穿った。
2匹目。
これまで以上に速く、鋭く繰り出された刺突に森狼は呆気なく沈んだ。
まだ最後に1匹残っている。
互いに睨み合う。
「……がう」
残った森狼は消沈した様子で鳴くと踵を返して木々の間へ姿を消した。
俺も。
「お……終わったぁ……っ」
どっと流れ出す汗に頬を濡らしながら木を背にして座り込んだ。
目の前には横たわるモンスターの死体が2つ。
信じられない思いで自分の手のひらを見る。
「フォレストハウンドを2匹も、俺が?」
実際有り得るのだろうか。
冒険者の強さの基準というのを俺はいまいち知らない。とはいえレベル1であの数のフォレストハウンドを撃退できたのは、快挙じゃないか。
「レベルも上がって……ぁあ」
今更だが限界レベルが1であることを思い出した。
いや、駄目元で行ってみるか?
俺としてはレベルもそうだが、もうひとつ。
「やっぱり、軽いよな」
全身の具合を確かめる。
剣で初めて暴れ回ったせいか疲労が凄い。
しかし身体は軽かった。
軽い、軽すぎる。今なら前の倍以上に素早く動けそうだと思う程に。
気のせいか感覚も鋭くなっている。
「絶対あれのせいだろうな」
盗み。人物鑑定士に教えられた俺のスキルだ。
これを使って以降、俺は身に覚えのない剣の技を繰り出したり、あの素早かった森狼のように鋭い身動きが可能になった。
まるで俺がその力を得たかのよう、否、実際にこの身に会得している。
今もある。
これはなんだ?
こんなスキル、聞いたことがない。
もう一度会うべきだろう。
俺は木の根元に置いた籠を背負い直す。単純な採取作業の筈が酷い目に合ってしまった。
一応報告すべきか。
モンスターの死体に目をやる。
確か討伐証明というのがあったはずだ。森狼どころかモンスターと戦う予定なんて無かったので調べていなかったが、確か魔石は売れる。
それだけでも取っておこう。
モミモグサ採取用に買っておいたナイフだがその気になれば解体に使えない訳でもない。
手元を血で濡らしながらも2つの魔石を取り出すことが出来た。
「ふぅ……早く離れるか」
血の匂いに誘われて他のモンスターが来ては目も当てられない。
手を洗うのも早々に俺は帰路を急ぐことにした。