Stage.3 失敗?
盗めていなかった。
手応えはあったというのにだ。
おいどういうことだ!?
「舐めやがってガキがッ殺してやるッ!」
男は完全にキレていた。
もう脅しではない、明確な殺意を持ってこちらに迫っている。
このまま財布を拾ってはいさようならでは終わらないだろう。
一番重要な局面で失敗した。
所詮錯覚だったのか。
既に打つ手はなかった。
しかし。
「止まれぇぇええいッッ!」
空気が震えるかのような怒声が男の足を止める。
俺の背後からガチャガチャと響き渡る無数の足音。
これは!
「我々は都市憲兵隊である!栄えあるフォールンにて白昼堂々の犯罪行為をしている輩が居るとの報告が入ったッ!」
「これより調査を開始するゥ!この場にいるものは全員武器を捨てて這いつくばれい!従わないものは犯罪者と見なす!」
俺も野次馬も素早く地に伏せた。
このタイミングで来てくれたのか、しかも憲兵隊が来るとは運がいい。
自警団ではなく都市フォールン直属の兵士だ。手荒な真似はされないと聞いている……指示に従えば、だが。
「な、なんだ」
男は憲兵隊の存在を知らない様だった。
惚けた表情で剣を抜いたままだ。
そこらの警備隊と一緒に見ているのだろうか、この男余所者か?
それとも酔いで正常な判断が出来ていないのか。
両方かもしれない。
ただ、無知の代償は身体で支払うことになりそうだ。
「警告は以上だっ!あの男を取り抑えろッ」
ォオオオオ――!!雄叫びを上げて憲兵隊の男達が抜き身の剣を下げた男へ殺到する。
彼らは全員が幅広の盾と長い棒を持った制圧を得意とする兵士だ。複数人で同時に迫って来る。
レベル3の剣術スキルを豪語していた男も流石にこれには対応できなかったのか。
「なんだ!?く、来るなああ!」
喚き暴れるばかりで余りにも呆気なく捕らえられた。
自慢の剣を剣技を披露する暇すらなかったようだ。
憲兵隊、恐ろしいな。
あっという間にお縄に着く。
「連れて行け!」
隊長らしきおっさんの一声で捕縛された男は連れて行かれた。
「では、これで登録が完了となります。ギルド証は紛失しないように厳重に管理するようお願いします」
「分かりました。ありがとうございます」
その後、何事も無く俺はギルドの登録を終えた。鉛色のギルド証を手に受付を去る。
今度はおかしな相手に絡まれることもない。
受付のお姉さんは可愛かった。
財布は憲兵隊の人から渡してもらった。
野次馬の人が証言してくれたらしい。
正直あれを紛失していたら行き倒れが確定していたので助かった。
余談だが……捕まった男は別の都市から流れてきた余所者であったようだ。
最近のフォールンでは外から人が流れてくることが増えてきたという。
なんでも新生の迷宮が近隣で生まれたからだとか。
この街で暮らしているのに知らなかったよ。
加えてあの男はそもそも冒険者ではない。
冒険者以外でもギルドの買い取り・売却手続きが出来るというのは初耳だった。
いや冷静に考えてみれば俺も登録前から買取はやって貰っていたな。
付き添いだったので自覚がなかったが。
絡まれたことについては受付嬢さんからも謝られた。その代わり名前を知れたので良かったが。
ちなみに男の名前では無い。
受付嬢さんの名前だ、アシュリーさんと言うらしい。奇遇だ。俺の名前はアッシュだから語呂が似ている。
まあ灰髪だからアッシュと名付けられた俺の名前と比較するのは失礼かもしれないな。
院長にはもっと凝った名前を考えて欲しかったものだ。
そんな俺の腰にはあの酔っ払い男が使っていた剣がある。
何故あるのかというと、慰謝料としてふんだくってやった。
あの男がこちらに払える金銭を所持していなかったこともある。
彼の持ち物の中でこれが一番値が張りそうだったのと、冒険者になる前にろくな武器も持っていなかったことから剣を頂戴した。
憲兵隊の人は優しかった。
なんと剣を差す為のベルトをくれたのだ。
これで俺もなりだけは剣士だろうか。
レベル1だけど。
「お前は街中で剣を抜くなよ」と、壮絶な笑みで見送ってくれた憲兵の表情が忘れられない。
今にも震えそうだ。というのは冗談だ。
登録も済み、剣を手に入れた。
後は身を守る鎧でも付ければひよっこ戦士の誕生か。
別にモンスター狩りで生計を立てるつもりではなかったのに外側から固められているのは気の所為だろうか。
いやいや落ち着け、俺はレベル1だぞ。
持ってるスキルも大失敗を飾った盗み?だけ。
モンスターと戦えるわけがない。
この剣は護身程度に考えておこう。
武装していないとまた変なのが寄ってくるかもしれないしな。
気持ちに整理をつけて、早速依頼を受ける事にする。
とはいえ登録したての俺なんかが貰えるものにろくなのはないだろう。
だがそれでも構わない。
狙いは常駐依頼。
該当品を持ってくるだけで済む責任少ない依頼だ。
受付嬢さんが言うにはその分報酬は少ないし素人は目的の物を見つけるのにも苦労するというが、俺には一つだけ金策の目があった。
それは――
【常駐依頼:モミモグサの納品】
内容:モミモグサの納品
報酬:モミモグサ十二束につき銀貨一枚
期限:無期限
依頼主:フォールンギルド
備考:ギルドより籠の貸出を行っています。破損の場合は弁償。
これだ。
モミモグサはポーションの材料になる薬草の一種であり、栽培が難しく自生のものが多いのでこのような形で依頼が出ているそうで。
ポーションの材料だけあって常駐依頼の中では飛び抜けて報酬が大きい。
そして、俺はモミモグサの見分け方にだけは自信がある。
盗みの自信は粉々に砕け散った俺だが、これだけは譲れない。
五年、いや八年か?
教団の孤児院で生まれた子の仕事は素質で分けられる。
即ち将来性の見込めない奴は単純作業に従事させられる。
俺の事だな。
出来の悪かった俺は同類とよくモミモグサの採取をやらされていたものだ。
モミモグサにはよく似たモチグサという悪質な偽物があり、こっちは持っているだけでとあるモンスターに粘着される。
お陰で死ぬ気で見分け方を覚えられたがあんな思いは二度としたくないな。
ギルドに行ったという経験も、代理で納品する必要が出てきた時があるからだ。
最も子供の頃は採取だけでギルドには行けなかったが。行っても子供じゃ門前払いだろうな。
そんな理由でモミモグサの採取は得意だ。孤児院を出てもやることが一緒なのは泣けてくるね……。
という事情があった為、モミモグサの納品依頼を受注。長年の経験がある俺には慣れたものだろう……そんな甘い事を言っている自分がいました。
俺は今、森の中でモンスターに囲まれていた。
「なんでだよ!?」