Stage.2 街を歩けばならず者に当たる
都市フォールンの冒険者ギルドに到着した。
この扉を抜ければ俺は冒険者になる――正確には中の受付で手続きをしなければならないが。
手続き料は銅貨二十五枚。鑑定に使った額が帰ってきたお陰で懐の余裕は充分にある。
「失礼します」
何度か来たことはあるので、浪漫も感慨も無くギルドに入った。
昼間は出ている人間が多いのか閑散としている。
来たのは三度目……だから何処に行けばいいのかは何となく覚えているぞ。
一番手前の受付、ここだ。
「ギルド登録はここですか?」
「申し訳ありません、こちらは売却専用の窓口です。登録に来られた方は左奥の白の受付口でお願いします」
綺麗なお姉さんがぺこりと頭を下げる。
恥をかいた俺ははいそうですかと一転してもうひとつの受付とやらに向かおうとして……ぼふんと何かにぶつかった。
壁だ、目の前に壁がある……じゃなくて、上を見上げれば厳つい顔を真っ赤に染めた男がいた。
酒臭い、なんで昼間からこんな所に酔っ払いが。
絡まれると面倒だ、俺は軽く会釈して脇に避けようとした。
すると何故か男の方が俺の進行方向を遮るように立ち塞がる。
更に横へ移動した。
再び遮られる。
思い切ってギルドの外まで駆け出すと、やはり後ろに居た。
ついてきている、穏やかじゃないな。
……これ、絡まれてないか。
ギルドから出たのは失敗だったかもしれない。
もう一度男の顔を見る。目が合った。
よからぬ事を考えていそうな笑みだ。
「おい、ガキ」
もう成人していますけど。
反射的に漏れそうになった声は抑える。
先の一件で俺は学んだのだ、流石に挑発になることくらいはわかった。
ガキとは間違いなく俺の事を言っているのだろう。
男は威圧するように腰の剣に手を当てて詰め寄ってくる。
とても酒臭い。
「見ろよ、お前がぶつかったから俺の鎧が汚れちまったよ」
弁償してもらわねぇとなあ!と、確かに汚れのある皮鎧を見せ付けてくる。
但し血や何かの引っ掻き傷ばかりで、到底俺が付けたものであるとは思えないのだが。
しかし男の様子から冷静に話を聞いてくれるとは思えないし、十中八九言いがかりだろう。
不味いな、今からでもギルドに戻れるだろうか。
「おおっと逃げるなよお?」
本能的に後ずさる俺を男は目敏く察知した。ロングソードを抜き切っ先を胸元に突き付けてくる。
その動きが妙に卓越していたことに嫌な予感が湧いた。
「持ってる分全部出してもらおうか」
俺達を遠巻きに眺めていた野次馬が悲鳴を上げた。悲鳴を上げたいのはこっちだよ。
しかし本当に驚いた。
まさか人の往来のある道端で抜剣するとは思わなかった。
どうする?金を渡せば男は去るだろうが、それでは俺が生きられない。
人目は多い、時間的猶予があれば誰かが衛兵か憲兵を呼んでいてもおかしくは無い。
ここが人気のない裏道だったなら命乞いでもしただろうが――
少し、試したくなってきた。
俺のスキルが盗みであるのなら、この男の剣をスリ取ることが可能ではないのかと。
(いけるか?)
悲しいことに俺はスキルに関する知識を余り持たない。失敗すれば斬られるかもしれない。
だというのに大丈夫だと、奇妙な自信が破滅的な選択を後押ししてくる。
錯覚かもしれない。
盗むか、金を渡すか。
「変なことを考えるなよ、俺の剣術はレベル3だ」
ほう、レベル3ですか。
この男持っているのか、スキルを。
しかも中堅レベルじゃないか。
なんでそんな強い奴がゆすりなんてやってるんだ。
流派次第じゃ俺なんて瞬殺だろ。
だが……出来る。
何故か盗める気が、確信が湧いてきた。
男に接触するまでの道筋が、イメージが脳裏へ鮮明に彩られる。
不意を突けばいける。
根拠の無い自信という幻影に唆され、そして俺は乗った。
懐から財布を取り出す。
「これで全部です……」
男の視線が手元へ向く。
「ふん、出すのが遅せぇよ」
左手で財布を取ろうと男が手を伸ばす。その際に右で突き付けていたロングソードの先端が地面へ降ろされる。
ここだ。
「あっ……」
如何にも思わずといった形で財布が手からこぼれ落ちた。
もちろんわざとである。
「すみません、すみません」
「チッ、なにやってんだ」
男の足元に財布が転がる。
視線が完全に下を向いた。
今――
「あッ!?」
スキルを信じて前に出る。
流れるように男の横をすり抜けた。
盗みなど学んだこともないのに、俺はごく自然な動きを体現した。これがスキルの恩恵だと言うのか。
背後から驚愕の声が聞こえる。
握り締める感覚が伝わってくる。
掠めとった。
手応え、あった。
油断していたのだろう――
まさかこのタイミングで仕掛けてくるとは思わなかったはずだ。
だが男の手にもう剣は……。
「逃げる気かテメェ!」
剣を持っていた。
あれ?