Stage.1 お前はレベル1
これは続けられそうな気がします。かなり。
俺は呆然と立ち尽くすしか無かった。
「んー、あんたのレベル限界は1だね。ご愁傷さま」
それも目の前の彼女……人物鑑定屋により軽く告げられた"成長限界"が有り得ない内容であったからだ。
「レベル1?それは今のレベルが、という訳では……?」
「限界がレベル1なんだから同じに決まってるでしょ」
あたしも一桁台の奴は何人か見てきたけどあんたは別格だわ、といって彼女は手をひらひらとさせる。
仕事は終わったから帰れということだろう。
扱いが雑だ、鑑定士ってのはみんなこうなのか?
現実逃避してる暇じゃない。
彼女の言うのが悪い意味での別格扱いというのだけはわかる。
ショックで言葉が紡げない。
なんて事だ……。
思えば心当たりはあった。
確かに小さい頃から周りと比べ、やれ力が弱いだの貧弱だのと言われ、下に見られたことはままあったが、まさか自分の限界がレベル1だなどと考えたこともなかった。
そこらの一般人でも30程が平均だと言うのに、俺は1。
神父の話では漫然と生きているだけでもレベルはある程度上がり、実際子供でも2から3までレベルを上げることが出来ると聞くのに、俺は、1。
レベル1……。
モンスターと戦うところか逃げ延びることすら不可能ではないか?
一生街から出られないのではと思ってしまった。
終わりだ、足元が崩れ落ちる気分だ。
「落ち込むのはしょうがないけどどうしようもないよー、早く帰りな」
いや、まだだ。
「あの、すみません」
「何?やり直しは受け付けないけど。あたしの目を疑うなら他に行きな」
「違います、これを」
俺は最後の可能性に賭けてなけなしの銀貨十枚を彼女に渡した。
能力鑑定は安くない。レベル鑑定で今まで得てきた金額の殆どが無くなっている。
これを差し出せば手元に残るのはほんの僅かだ。
意味を悟った彼女がさっと銀貨を攫う。
枚数を素早く数えながら。
「スキルに期待しても意味がないと思うけどねえ」
群青色の瞳に幾何学模様を浮かばせた。
運命神の加護。
この力を持つ人間は他者の深層を読む特権を持つ。
本人ですら自覚できない成長限界、生涯培った技能の程度。
そして未知なる異能。
これらはスキルと称される。
万物に宿るといわれる千差万別なスキル、中には絶大な効力を発揮出来るものもあるだろう。
神与の異能が再び俺の深層を見ている。
俺は自身が信じる神に祈って目を閉じた。
「……」
呼吸が荒い。
いつの間にか酷く緊張していた。いや、あの結果を素直に受け止められず更に賭けを重ねたのだから当然か。
これでろくな結果を得られなければ今度こそ、終わりではないか。
それにしても……さっきより長くないか?
「……?」
目を開ける。すると顔を顰めたまま鑑定を続ける彼女の姿が目に映った。
「……んぅうー、、んんんんん」
素人目で分かるほど不可解な様子で唸っている。
ギラついた眼差しが痛い。
え、何、なんなの?
即答でレベル1を告げられた時もショックであったが、これはこれで怖いものがある。
しばらくして彼女の瞳が元に戻った。
何故かとても不機嫌な表情だった。
顔を背けながらボソリと呟く。
「んっとね、あんたのスキルは……盗み、よ、多分……」
盗み?多分?
「今凄く小さい声で多分って言いませんでしたか?」
聞いたままのことを指摘する。
彼女がキレた。
「うっっさいわね!はいはいそーですよ上手く読めませんでしたよッ!悪かったわね半人前で!!」
「いやそこまでは」
「お金も返すわよ!もう最悪!なんで初仕事でこんな変なのが舞い込んでくるの〜!!」
強引にレベル鑑定代とスキル鑑定で渡した銀貨を押し付けられた。
そのまま店の外まで押し出される。
いや、初仕事って何人か見てきたとか言って……。
あ、まさかこいつ。
「今日はもう店仕舞い!」
凄い勢いで扉が閉じられた。
木製だぞ、壊れないか心配だってそんなことより。
「あのー」
「もう終わり!盗みスキルの盗賊被れは来るな!」
ノックしたら怒鳴られた。盗賊被れって、能力差別が酷い。
どうやら初っ端から変なところに当たってしまったようである。
しかし、レベル1か……。
「あの鑑定師の冗談、だと願えたら楽だろうなあ」
神の加護は裏切らない。小さい頃から教団員の人が口酸っぱく繰り返してきた文言である。
強力な加護を得たものは啓示に沿った行動を裏切ることは出来ない。
多大な恩恵には制約が伴う。
故に世の中詐欺師は数多くいれど……加護を詐称する輩は教団から徹底的に潰されてきた過去がある。
加護を得たものにとってそれを乏しめられるのは苦痛にも等しいという。
そのため今では鑑定屋を騙る人物などいない、とか。
つまりはあの女性は本物の鑑定士であって、俺の限界がレベル1というのも覆しのない事実であり……はあ、どうしたものか。
孤児院を出た以上、手ぶらで帰ることは許されない。
手に職を得られなかった俺はこのまま転機を得られなければ野垂れ死にが確定しているので、何とか生活を維持するために冒険者を目指す。
その第一歩で躓いたわけだ。
残ったのは帰ってきた金と――
「盗み、か」
今まで窃盗行為に手を出してきたことは無い。
鑑定でさらけ出した潜在的な俺の才能。
自覚することで確かに自分の中にある力らしきものを感じ取れた。
鑑定師の力は本物だった、完全に把握できる。
盗み……これが俺のスキル。
しかし一抹の不安が頭を過ぎる。
多分、とか言っていたな。
純粋な盗みスキルとは呼べないのだろうか、じゃあこれは、何なのだろう。
スキルは多くあると聞くが、有名なものを除き具体的な内容を俺は知らない。
一体なんのスキルだろうか。
自問自答しても能力を検める術を持たない俺には、答えは見つからない。
存在を知覚しても詳細はわからないとは、なんとも度し難い。
下手に突っ込んで彼女に癇癪を起こさせるんじゃなかったと今更に後悔していた。
俺の悪い癖だ。
聞き直すにしても閉じこもってしまっているし、金を返された以上はしばらく相手にしてくれなさそうだと判断。
やる事がなくなってしまった。
手持ち無沙汰になってしまった。
「ちょっと予定がおかしくなったが、ギルドに行ってみるか」
俺は初心に返った。
本当はある程度レベルを上げてからギルドに行くつもりだった。
ほんの少しの見栄というやつだ。
だがレベルが1から変動しない以上、見栄を張る必要も無くなったわけだ。
張ったところで虚栄だからな。
そもそもこのレベルとスキルでモンスターに渡り合えるのか怪しい。
最悪の場合、冒険者とは名ばかりに冒険とは無縁の雑用として一生を終わるのだろうか。
重い足取りでギルドに向かいながらも、次に思い浮かべるのは最後の希望であるスキルのことばかりだった。
盗み、盗みか……。スキルレベルがいくつだったかも教えて貰ってないな。