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「どうして、どうして?」


私は何故か涙を流していた。

嗚咽混じりの汚い声で彼に問う。

彼はそのまま優しく私の肩を撫でる。


彼の顔を見上げる。

目を合わせるのが怖くて、口元までしか視界に入れることは出来なかったが、優しそうに微笑んでいた。


タクシーの運転手は異常事態である事には気づいていたが、気づいていないふりをしていた。


「どうして、こんなに優しくしてくれるんですか…?」


鼻をすすると、彼は私の涙を指で拭う。

涙を人に拭われたことがなかったので内心驚いていたが、その優しさにも余計涙が出てきた。


私の肩を撫でて抱き寄せる彼は、私に何も答えなかった。


彼が再び口を開いたのは、車が到着する時で、「あ、そこのホテルの前に停めてください。」と、お金を払って直ぐに降りた。


降りた先に見えるのはラブホテルだった。

と言うか、ラブホ街の中心だ。



有無を言わず、そのままホテルにチェックインした。

部屋の中にも入った。


「俺、先にシャワー浴びてくる。」


部屋に入り、荷物を下ろしながら彼は言う。

よくある典型的なアレだ。

アレと言うのは、よくアダルトビデオで見るようなやつだ。

いや、アダルトビデオなんてしっかりと見たことは無いが、多分こんな感じなのだろう。


「じゃあゆっくりして待っててね。」


この後きっと有無を言わずに変な事をされてしまうのだろう。


こんな事は初めてだから、怖くて仕方がないし、初めて出会った人…しかもさっきゲロを吐きまくっていた人とそういうことをするのか。


と考えると、普通ならこの場から逃げたりするのだろう。


ただ、彼はタクシーで情緒不安定のまま泣いている私を、抱き寄せ、涙を指で拭った。

彼は多分優しい人。


どうせ変な事されるなら彼でもいい。

それに、最近どうせ生きていても仕方がないから、もう死んでしまおうと考えていたところだ。


処女のまま天国に行くのは勿体ないから、誰かの性欲の捌け口になって、誰かの為になって、その後で死ぬのも悪くない。


ふと、彼のカバンがテーブルの上に置かれているのを見つけた。

悪いが、少し漁って彼の名前だけでも把握しておこう。

何かあった時の為に。

いや、何かあってもどうせそのうち死んでしまおうと思っているしどうでもいいんだが、念の為。


と思い、彼のカバンの中を漁った。

中には、大量の酒、煙草、財布、スマホ、名刺入れ、ノートパソコン、ファイリングされた書類。

どうやら会社員だ。


名刺入れから名刺を1枚取り、それを読んで見る。


『株式会社○○』

有名な大企業の名前だった。


『稲目要佑』

こんな名前なのか、意外と珍しいかもしれないな。


名刺は一応ポケットの中に入れて置いた。


次に財布の保険証を見た。

住所は東京都内、多分都会の方だ。

年齢は26歳で、私よりは5つ歳上。


ガチャ。

風呂場のドアを開く音。


私は慌ててカバンのものを元通りにする。


廊下を歩く音、そして何事も無かった様な顔をする私、少しの緊張を含めたドアは開いた。


「風呂出たよ。」


彼が部屋のドアを開けた。

バスローブ姿に首からタオルをかけていた。


「次、入りなよ。

風呂沸かしてあるけど、俺入ってないから、湯船にもゆっくり浸かりな。」


どうしてこんなに優しいんだ?

と、思ったのも束の間。

やっぱり体目的で私を見ているのでは無いかと疑った。


彼は心の中でこう思っているのだろう。

「早くその汚い体を洗って出て来い、そしたらお前を襲う、お前の事なんてただの使い捨ての人形だ。」

とか?

どうせそういう風に思ってる。


取り敢えず無言で風呂場に向かう。

その時の彼はベッドに腰をかけて、優しい笑顔で私を見ていた。


「シャワー、行きます。」


自分の荷物は脱衣所まで持って行った。



その笑みの理由も、その優しさの理由も分からない。

風呂でずっと考えた。

脱衣所で服を脱ぐ時も、シャワーをしている時も、湯船に使っている時も、バスローブを着る時までずっと。

解せなかった。



「出ました。」


部屋のドアを静かに開ける。

バスローブ姿の私は、彼に告げた。


「おかえり。」


思いがけない言葉に驚いた。

彼の笑顔は優しかった。

でもその笑顔の裏には何かがある。

そう悟った。

いやその悟りは間違いか。


掴めない人。




「こっち座りなよ。」


彼は座っているベッドの隣をポンポンと叩く。


私は少し距離を開けて彼の隣に座った。

ずっと俯いていてよく彼の表情は見えなかったが、口元がやや笑っているように見えた。


不安という感情が私を取り巻く。

もちろん期待は無い。

完全に無いとは言いきれない気もするが。


「緊張してる?」

「え?」


彼が急に話しかけてくるので、少し動揺した。


「まあ、多少。」


暫く2人は沈黙した。


彼は私のように俯いて、唾を飲んだ。


「君さ、」

「はい。」

「名前なんて言うの。」


そう言えば互いの自己紹介がまだだった。


「ミ、ミオ。」


咄嗟に思いついた偽名を名乗った。

小学校時代に私を虐めてきた性格の悪い女の名前だ。


「可愛い名前だね。」


彼は私の名前を褒めたが、嬉しい気はしなかった。

本名じゃないし。


「僕はカイト。」


え?

カイトなんかじゃなくて、さっきの名刺には稲目要佑と書いてあったはず。

どうなっているのだ。


「カイト…。」

「そうだよ、なに?」


保険証だってその名前ではなかった。

私のように嘘をつく。

彼も私も名前を偽り、これから何をしようと言うのだ。

大体は察しがつくが…。


「ねぇミオちゃん。」


ああそうか私のことだ。

いつもと違う呼び方に違和感を覚えた。

この空間ではそれに慣れよう。


「ミオちゃん、リスカしてる?」


思いもしない質問に「え?」とつい聞き返してしまった。


「いや、さっきちょっとだけ袖から見えたから。」


私は右手の袖を左手で隠す。

バレていたか。

いつも人と会っていないせいで、油断してしまった。


「気に触ったらごめんね、ただ…。」


そこから先は彼は無言だった。

だが、ゆっくりと立ち上がってバスローブを脱いだ。


私は慌てて、手で目を覆った。


「隠してるから、見て。」


彼の声に重々しさを感じた。

恐る恐る目から手を離し、彼の姿を見た。


彼はバスローブを脱ぎ、パンツ一丁になったていた。

彼の太ももには幾つもの傷跡があった。

明らかに、故意的に刃物で傷つけたものだろう。


驚いた。

彼もどうやら私と『同じ人間』みたいだ。


再びバスローブを着ながら彼は口を開いた。


「どうやら、君とは『同じ人間』みたいだ。」


私は何故か安堵した。

彼は先程の笑顔とは変わって、暗い顔をしていた。




『同じ人間』か。





同じ人間ってなんだろう。

と、書いて終わった後に終わりました

そもそも人間って皆同じだろう、けれど人種や個性などで差別化してしまい、他人を『違う人間』、つまりは全く別の物のように捉えてしまうのは何故なのか、疑問だけが残りました………


語彙力が無くて伝わりにくいんですけど、ニュアンスだけでも伝わりましたかね?


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