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ふと我に返った。

心療内科で検診を受けていた。

ずっと俯いて、白い床をただ見つめていた。

いや、何も見ていない。

何かを見るのが怖くて、何を見ればいいか分からずとりあえず下を見ていた。


心療内科には2年前から通っているにも関わらず、精神状態は悪化する一方で、昔の友人たちは高校を出て大学に進学していた。


昔から変わり者と言われていた私は、いつも1人で絵を描くか空を見上げていた。

そんな時間が多かった気がする。

それでも昔からの友人とは仲が良かった。


しかし、高校には知り合いが1人もおらず、新しい友達を作ることは出来なかった。

誰とも関わらずに過ごしているのが苦痛だった。

周りの人は誰かと常に一緒に居て、楽しそうにしていて、羨ましかった。


私が悪い。

新しい友人を作らない私が悪い。

自分を責め立てる日々が続いた。


何時しか悪口が聞こえるようになった。

孤独で変わり者の私に対する悪口が、私の耳に直接入ってくる様になった。


逆の立場なら、そいつはどうするんだろう。

逆の立場なら、私はそいつの悪口を言うだろうか。

でも現状、私はもう心が限界に達していた。


他人の喋り声全てが、悪口のように聞こえた。

知らない人の言葉まで私の悪口に聞こえた。

怖かった、本当に怖かった。


だんだん外に出れなくなった。

心療内科を転々としたが、病名は発覚しなかった。

どの薬を飲んでも改善しなかった。

それでも時間は過ぎ、気づけば高校は続けられなくなった。


退学せざるを得ない状況まで追い込まれた。

その時には何に対しても無気力で、絵を描くことも出来なかった。

空を見ても綺麗と思えなくなった。


外から蝉の鳴き声が聞こえる。

木々の葉が風で揺れている。

遠くで飛行機の飛ぶ音がする。

1つの音楽のようだ。


ただそこに、何かがあるだけで、空洞のような何かがあるだけで、気分が悪くなって、眠りについて、毎日そんな感じだった。


裸足でベランダに出る。

屋根に登る。

寝巻き姿のまま、寝ぼけた顔でふと思う。


「死んでしまおうか。」







遂に何か病名が診断される気がした。

ずっと診断されずにハッキリとしないままで生きてきた私にとって、病名の診断は希望の光の様で、今日は何か進展があると感じていた。

理由は特に無い、なんとなくだった。


「……入院しましょうか。」


ただその一言だけ告げられた。

診断されなかった事によるショックと、予想外の展開によるショックは、私にとって大きかった。







どこかへ行ってしまおう。

病院から出て薬局に行った帰りの電車、このまま終点まで行こうと思った。

そうすれば何か変わる訳でも無い。

ただどこか遠くに行きたいという欲が働いた。


終点に着く。

その時には体は疲れていて、記憶も曖昧だった。

帰ろうとするが帰りの電車が分からない。

とりあえず改札に入る。

そこから記憶は無い。


気づいた時には、知らない駅名の電光掲示板の下に居た。

プラットホームで横たわっていた私の隣に、知らない男性が鼾を立てて眠っていた。

大学生くらいだろうか、私と同い年か少し年上に見えた。


状況が呑み込めず、とりあえず立ち上がるが、立ちくらみがして吐き気がした。


四つ這いになりながら、線路に向かって吐いた。

結構吐いた。

多分周りには誰もいないから、最後まで吐いた。


すると隣から嗚咽が聞こえる。

1mほど離れた所で、四つ這いで線路に向かって吐いているのは、先程隣で寝ていた男性だった。


彼も結構吐いていた。


ようやく吐き終わったと思ったら、こちらを向いた。

お互いに見つめあった。


彼は暫く間抜けた顔をしていたが、一瞬目を逸らして、取り敢えず私に対して笑った。

歯を見せて笑う彼にどう反応していいかわからなかった。

取り敢えず目を逸らすが、再び彼を見る。

口を閉じて口角を上げて微笑んでいた。

そして、線路の方を見る。


「汚ぇなぁ。」


そう呟いた彼は、立ち上がって改札を出た。

私もとりあえず改札を出ようと、彼を追うように立ち上がる。

しかし、料金不足で改札を通れなかった。


男性はこちらを振り向いた。

すると、財布から1000円札を出した。


「ん。」


改札越しにそれを手渡してきた。

恐る恐るそれを受け取る。


「いいんですか…?」


「そこでチャージして出な。」


言われるがまま、ICカードに1000円をチャージする。

そして改札から出る。


「ありがとうございます。」

「うん、君この辺の人?」

「いいえ。」


彼も私も疲れているようで、言葉に力はなかった。


「うーん、どっか行こうか。」


と言って彼は歩き出す。

困惑した私は、動きが止まってしまった。


「置いてくよ。」


振り向いた彼は案外平然としていた。

私は取り敢えず付いていく事にした。


近くにタクシーが止まっていたので、彼はそれに乗った。


「君も乗りなよ。」


言われるがまま、2人で後部座席に座った。






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